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お引越ししようよ!

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「ねえ、桜花ちゃん。ちょっとお引っ越ししてみない?」

翌日。
あたしたちは再び桜の木の下へやって来た。

「引っ越し? 妾はここを動かんぞ? ここから、町の、民の平和を見守るのだ」

不思議そうに首を傾げる桜花に、そうだよね、と相槌を打ちながら、ちょっと話を聞いてほしい、と促し、一緒に桜の木の下に腰を下ろした。

「この場所さ、周り見てよ。なーんにもなくない? かつては学校なんかもあって賑やかだったみたいだけど、学校もね、お引越ししちゃったんだって。ここからだとさ、せっかく桜花ちゃんが守ろうとしてる民も子どもたちもよく見えないでしょ? だから。学校やここに住んでた人たちがお引っ越ししたように、桜花ちゃんもお引越ししようよ!」
「いや…それはそうなのだが…」

困ってしまった桜花を見て、幽霊陣によるあたしへのお説教が始まった。

「あかねさー、勢いよく捲し立てすぎ。どっかの詐欺師みたいだぞ。警戒させてどうするよ」
「三流詐欺師やな」
「詐欺詐欺言ってると余計に警戒されてしまいますよ。桜花さん、胡散臭い言い方に聞こえてしまったかもしれませんが、あかねはともかく、我々は幽霊です。人間の思惑とか利権とかどうだっていいので、正直工事が進もうが進むまいがどうだっていいんですが。見渡す限り誰もいない、誰も来てくれないこの場所にお一人でいるのは寂しくないですか?」
「桜花ちゃん、あのね、この町のね、小学校のね、桜の木がね、台風で折れちゃったんだって。子どもたちがとっても悲しんでるの。今から桜の木を植えても春までに間に合わないって。今度春までに間に合うお花の種を植える会にお招きされたんだけどね。桜花ちゃんもどうかなって思ったの。台風でもびくともしなかったこんなに立派な桜花ちゃんが来てくれたら、きっと子どもたちも喜ぶよ!」
「同じ町内で場所もさほど離れてるわけじゃないしさ。この町を守る、っていう桜花の信条にも違反しないんじゃないか?」
「これからはこの町と子どもらを見守ってもらえたらって思ってんけど、どうやろ?」
「子どもたちの成長か…ちょっとの距離をお引越し…」
「大丈夫!! 桜花ちゃんには傷一つつけずに運ばせるから!! 任せといて!!!」

もうひと押し! と口を開いたあたしだったが、途端に幽霊陣から睨まれた。え、何?あたし何か変なこと言った?

「あかねはちょっと黙っとけ」
「なんやろなあ、なんかあかねが言うと胡散臭く聞こえるねん」
「桜花さん、すみません。あかねは悪い人じゃないんですよ? むしろこの中で一番桜花さんのことを思っています。先程はああ言いましたが、この中で一番利権とか工事とかどうでもいいと思ってると思います」
「桜花ちゃん、お引っ越し作業するのが人間で、人間は嘘をつくから心配なんでしょ? 大丈夫! 私たちがちゃんと見張ってて、変なことしたら呪っちゃうから」

かわいい顔してさらっと怖いこと言ったな、この子。
まあ、もうあたしは喋るなと言われてたから、ひたすら頷いてただけなんだけど。

桜花と月乃は歳が近そうだからか何やら楽しげに話している。あたしはこの場はこいつらに任せて一旦事務所に戻ることにした。
桜花も引っ越し了承してくれそうだし、ここから先はあたしにしかできないあたしの仕事。
よし、頑張るぞ!

「あかねさん、私もご一緒しますよ」
「ゆーさん?」
「あちらは若い人たちに任せておけばいいでしょう。それより工事関係者、またあの人たちに会われるんですよね? 何もできませんが、少しは心強いでしょう?」
「あはは、ありがとう。まあ、連絡してすぐ来るかはわかんないけどね。確かにちょっとありがたいかも」

笑いながら、あたしたちは改めて事務所へと足を向けた。
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