下町育ちの侯爵令嬢

ユキ団長

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春節祭[ヴィンセント・ジーンエイデン視点]

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  その日、精霊がうるさかった。他の精霊は喋らないみたいだけど、闇の精霊はときどき、直接語りかけてくる。

  春節祭の日、闇の精霊はコーサイス侯爵家に行けと言う。理由は語らない。精霊はいつもそうだ。
  僕は家宰に精霊の用事をすると伝えて城を出た。我が家では精霊の用事より優先されることはない。これについては嘘をつくことが出来ないから、疑われることもない。

  春節祭の準備で忙しいなか迷惑だとは思ったが、僕はコーサイス侯爵家を訪ねた。
  まずレイモンドが顔を見せた。彼とはクラスメイトだから話すこともあるけど、仲が良いというほどではない。レイモンドが訝しげに僕を見つめた。
 「こんな日に迷惑だと思ったけど精霊がコーサイス侯爵家に行けとうるさいんだ。」
 「精霊が喋るのか?」
  レイモンドが驚いた顔をした。それだけで彼が血族魔法持ちでないと分かる。継承者には伝えられる事実だから。
 「闇の精霊はたまに喋るんだ。極秘事項だからよろしく。」
 「ああ、初代九家の秘密か。」
  それだけで伝わるのだから彼も初代九家の人間だ。

  やがて侯爵夫妻が顔を見せた。
 「精霊の用事で来ました。」
  クリスティーナはその一言だけで全てを察してくれた。
 「そう、精霊が何と言っているのか聞いてもいいかしら?」
 「今日はコーサイス侯爵家の人間と一緒にいるようにと、それだけです。」
 「何かが起こるのかもしれないわね。」 
  僕は姿変えの魔法で自分の容姿を誤魔化した。元々持っていた焦げ茶の髪と瞳にすると落ち着いた気持ちになる。
  レイモンドを見つめると、極秘事項だねと言った。察しがいい人間が相手だと楽だ。
 
  コーサイス侯爵家一家の移動ともなると護衛の数も多いし侍女などもつく。紛れこむのは簡単だった。
  
  午後から三公爵五侯爵の精霊への感謝の儀式が始まる。
  精霊に感謝するのも変な話だと思う。だって精霊達は人間を守っているわけではない。
  ジーンエイデン王国の何処かに精霊の宝物がある。精霊達はそれを守るためにジーンエイデンの人間を使っている。
  結果的にジーンエイデンの人間に強大な力を貸し与えているが、それは自分達の目的のために過ぎない。
  闇の精霊に守護された者が王族なのは、闇の精霊がものを隠したり守ったりすることに優れているからだ。

  僕が闇の精霊に選ばれた時、ウィリアム兄さんが激昂した。
 「どうしてヴィンセントみたいなぼんやりした人間が選ばれるんだ。」
  そう兄さんが叫んだけれど、まさにそのボンヤリしたところが精霊に気に入られたのだ。
  精霊は人間を使って精霊の宝物を守っている。その宝物の在り処を誰にも知られたくない。好奇心の旺盛な人間は真っ先に排除される。次に従順な人間が選ばれる。最後に少しの有能さが求められる。
  ウィリアム兄さんは勘のいい優秀な人間だ。その勘の良さを精霊に嫌われた。

  午後四時を少し過ぎた頃、コーサイス侯爵家の休憩室に王国騎士団の副団長を務めるエドガー・アンベールが現れた。ユインティーナ・コーサイスが誘拐された可能性を示唆した。
  すぐに騎士団員だと言うダグラス・オーエンが飛び込んできて、ユインティーナの護衛をしていたギルバートからの情報を報告した。
  この時のために自分はここにいたのだ。
  僕が前に出ようとすると、まだだと精霊が止めた。

  休憩室の扉が大きく叩かれた。
 「アンベール副団長、クーデターです。リチャード王がウィリアム王子に殺されました。ただ今、ほかの王族が見つからず誰の判断を仰げば良いのか分かりません。」

  騎士団員の報告を聞いた時、やられたと思った。
  父は精霊に見限られたのだ。四つ年上のアーサー兄さんはどうだろう。精霊に言われて何処かに隠れているならいい。でも兄さんは精霊の声を聞いたことがないと言っていた。優秀過ぎて嫌われた可能性がある。

  僕は本来の姿を現して言った。
 「王族はここにいる。ヴィンセント・ジーンエイデンが今後の指示を出す。王国騎士団は王都騎士隊だけ此処に集めろ。王城騎士隊は城外に待機させる。バーナード・カミエールは見つけ次第拘束だ。」
  全員の視線が僕に集まった。
 「ウィリアム・ハイデルはもう王族ではない。ただの反逆者だ。騙されるな。」


  


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