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たぶん最終章、レースの魔法の女神様の再来と呼ばれるのは また別のおはなし。
その19
しおりを挟むわたしと同じ顔、同じ声。間違いない、本物のお姫様だ。
ど、どうしよう。
シオハさんとお姫様は、互いに駆け寄り抱きしめあった。恋人同士の再会だから、当たり前かもしれない。
「ひ、姫様が二人?」
ゼンダさんは当然驚いて、目を見開いている。
そしてクロモは、動揺するわたしを安心させるように肩を抱き寄せてくれた。
「どういう事ですか?」
ゼンダさんの声に気がついたシオハさんが振り向き、わたし達を見る。
「それはこちらが訊きたい」
クロモはあくまで演技を続けるつもりみたい。だったらわたしも記憶喪失のふりを続けよう。
クッと顔を上げて、お姫様とシオハさんを見る。お姫様も驚いているけれど、毅然とした態度で声を張る。
「わたくしの名は、ニシナ。この国の元第六王女です。貴女は?」
「わ、わたしは……」
「偽物! よくもニシナ様の名を騙ったな!」
「何故そちらが本物だと分かる? 私には見分けがつかないが」
「貴女がニシナだと名乗るなら、今までどこに行っていた」
それぞれが言いたい事を言い出して、収集がつかなくなりそうになった時。
「うるさいわ。何事ですの?」
家の中からお姉さんが出て来ると同時に、わたし達全員に沈黙の魔法をかけた。
みんな声が出なくなって口をパクパクしている中、さすがクロモはその魔法を解いてお姉さんへと向かう。
「何をするんだ、姉さん」
「冷静になりなさい、クロモちゃん。こんな玄関先でわあわあ怒鳴りあってどうしますの。皆様も。お茶を入れますからまずはお上がり下さい」
魔法をかけたまま、お姉さんはみんなを家に招き入れた。
お姉さんは言葉通りみんなを客間に通すと、お茶を入れてきた。元々クロモはあんまりお客を呼ぶ人じゃないので、椅子の数が足りない。だからわたしとクロモとお姉さんは立ったまま。
ニシナさんの傍にいた老夫婦は、何が起こったのか分からない様子でオドオドとしている。
「同じ顔の女性が二人。一人はここで暮らしていた妹ちゃん、もう一人はそちらの御夫婦と暮らしていた女性ね」
お姉さんがゆっくりとわたしとニシナさんの顔を見る。
「まずはこちらの妹ちゃんの話をさせていただきますわ。ニシナ姫が行方知れずになった翌日、崖の下で傷だらけになったこの子をクロモちゃんが見つけましたの。近くには侍女の遺体もあったそうですわ」
お姉さんの話を引き継いで、クロモが喋り出す。
「怪我はしていたが、命に別状は無かった。だが目を覚ました時彼女に記憶は無かった」
あくまで演技を続けようとするクロモとお姉さん。そうだよね、ゼンダさんにバレたら嘘ついてた事が王様にもバレちゃう。お姫様を探さないでわたしを身代わりにしてた事がバレちゃうって事だもんね。
でも、嘘を吐き通したとしても向こうは本物のお姫様。わたしの方が分が悪いと思うの。
「まずは冷静でいられたあなた方にお伺いしますわ」
そう言ってお姉さんは、お姫様と一緒にいた老夫婦の魔法を解いた。
「あなた方はどちら様かしら。あちらの女性との関係は?」
老夫婦は少しの間、オドオドとしていたけど、声が出るようになったと気づくと恐る恐る話し始めた。
「私らはここから歩いて半日のところに住んでいるものです。ここと同じで集落とは離れた場所に住んでいますので、村の名前とかはございません。こちらの女性は、かれこれ半年になるでしょうか、怪我をして川に流れついてたところを助けました」
そう言って老夫婦がお姫様を見る。お姫様はそれを肯定するように頷いた。
「そうですか。では次に貴女に伺いますわ。貴女はクロモの所に嫁いで来たニシナ姫だと名乗りましたけれど、どうして今まで連絡してきませんでしたの?」
そういえば。怪我して動けなかったにしても、助けてくれた老夫婦にお願いして連絡することくらい出来たはず。なんで今になって連絡もなく戻って来たんだろう。
お姉さんが魔法を解くと、ニシナさんは大きく息をついてわたしを見た。
「そちらの方と同じく、わたくしも記憶を失っておりました。微かな記憶を頼りにここへとやって来て、シオハの姿を見て全てを思い出したのですわ」
毅然とした態度でニシナさんは告げる。
そうか。崖から落ちたって理由でわたしが記憶喪失になってて不自然じゃないって事は、本当に崖から落ちたニシナさんが記憶喪失になってても不思議じゃないよね。
「そうですの。ところでそちらの商人と、どういうご関係かしら。彼を見て記憶を取り戻したとおっしゃいましたけれど。ああ、そういえば先程抱きしめあってもいらしたわね? ニシナ様は確か、クロモちゃん……うちの弟のところに嫁いで来たはずですけれど……」
お姉さんの言葉に、ニシナさんとシオハさんがハッとなって青くなった。
そうだよ。本当ならニシナさんはクロモのお嫁さんなんだから、他の男の人と抱き合うなんて不自然。この世界の倫理観がどうかは知らないけど、お姉さんの口ぶりじゃ浮気は許されない感じだよね。
ゼンダさんもお姉さんの言葉は顔をしかめている。何か言いたそうだけど、ゼンダさんはまだお姉さんの魔法が掛かっているせいで声が出ない。
そして、シオハさんもまだ魔法を解いてもらってないから、ニシナさんを庇いながら何か言おうとしたけど、声が出なかった。
そんな中、口を開いたのはクロモだった。
「彼女はまだ記憶を取り戻していない。貴女の言い分を信じるのなら、彼女は別人で貴女がニシナなのだろう。しかしそんな事はどうでも良い。俺は彼女を妻として迎え、俺なりに愛を育んできたつもりだ。例え貴女が本物のニシナで彼女が偽物だとしても、俺の妻は彼女だ」
かあぁっと顔が熱くなるのが分かった。
どうしよう。お芝居の一端の台詞だって分かってるのに嬉しい。
「まあ、クロモちゃん……。そうよね。実際ここでクロモちゃんの奥さんとして暮らしてきたのはこっちの妹ちゃんですもの。今更それをなかったことには出来ませんわよね。ゼンダさんはどう思われます?」
そう言うとお姉さんは、ゼンダさんの魔法を解いた。
ゼンダさんは声が出るようになると、大きく息を吐いて、その後咳払いをした。
「そうですな。そちらのニシナ様は確かに姫様らしからぬ事がありました。記憶を失ったせいかと思っておりましたが……。しかしそうなりますと一つ疑問が。本当に貴女は記憶喪失ですか? もしや本当の姫様を崖から突き落とし、成り代わろうとしたのでは?」
えええ? まさかのわたしが犯人説っ?
ぶんぶんと首を振る。口でも否定したいけど、実はわたしまだ魔法が掛かったままで声が出ない。だから必死に首を振って否定した。
「彼女はそんな人ではない」
「妹ちゃんはそんな子ではありませんわ」
クロモもお姉さんも否定してくれるけど、ゼンダさんは騙されているのでは? という顔をして見ている。このままわたしが悪者になっちゃったらばどうしよう?
するとお姉さんがパッとシオハさんを見た。
「シオハさんはどう思われます? この子、わたくし達を騙すような悪い子でしたかしら?」
そう言ってシオハさんの魔法を解く。
シオハさんはじっとこちらを見て、それから考えゼンダさんを見た。
「こちらに出入りさせてもらっていた商人として言わせてもらいますと、彼女は悪い人ではありません。これまで色々な商品をこちらにお持ちしましたが、高価な品を強請った事はございませんし、それどころかご主人様が買おうとするのを似たものがすでにあるからもったいないと止めていたくらいです」
元とはいえ王女様だ。悪意があって成り代わったのなら、きっと贅沢な暮らしを望むはず。そうシオハさんは考えたのかもしれない。
「贅沢は望まなくても、クロモ殿でなければ出来ない魔法を望んでいるのかもしれぬ」
ギロリとゼンダさんに睨まれて、わたしは思わずクロモの背に隠れた。
「やめて下さい。彼女はこれまで一度たりとも魔法を望んだ事はない」
クロモがわたしをかばってくれる。
「それどころか彼女は俺に魔法の新しい可能性を教えてくれた。ゼンダ殿、今日貴方をお呼びしたのもその話をする為です」
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