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たぶん最終章、レースの魔法の女神様の再来と呼ばれるのは また別のおはなし。

その12

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 ちゃかちゃかと、レースを編む。

 今日はお姉さんも来ていて、二人してお喋りしながらの手芸日だ。

「シオハさんがニシナちゃんを知ってるかも、ねぇ……」

 先日の話をお姉さんにすると、お姉さんも考えるように呟いた。

「クロモはそう言うんですけど、もしシオハさんがお姫様の事を知ってたんなら、初めてここに来た時に『お久しぶりです』とか『ご結婚おめでとうございます』とか言いそうな気がするんですよね。けどあの時そういう事は全然言わなかったし……」

「そうねぇ。最近彼が持ってきた品物を見る限りでは、王族の屋敷に出入り出来るような商売はしてないと思うんだけど……。まあ、ニシナちゃんのお母様のご実家はそんなに身分が高くないから、そちらで知り合ったって可能性はなくはないわね」

 ちなみに今日は、クロモも家にいる。もちろん仕事があるからここじゃなく、自分の部屋にいるんだけど。

「それでもやっぱり『こちらに来られてたんですね』とか言いそうだと思うけどなぁ」

 シオハさんは若いのに商売熱心な商人さんというイメージがある。あんなふうに言い寄られるっぽい事さえなかったら、良い商人さんだな、ずっと取引したいなって思えてたと……。

 言い寄られる? 違う、そうじゃない。

「もしかしてシオハさん、お姫様の恋人なんじゃ……」

 王様の命令でクロモの所に嫁いできたニシナ姫。だけど彼女にはすでに恋人がいて、だからここから逃げ出して、崖から転落した。

「ああ。そういえばクロモちゃんがそんな事言ってたわよね。つまりあっちからすると、駆け落ちしに来るはずのニシナちゃんが来ないから様子を見に来てみれば、記憶を失くしてここで奥さんやってるって事か……」

「シオハさんからしてみれば、自分の事を思い出して欲しい、自分を愛してることを思い出して欲しいって思うの、当たり前ですよね。もともとあのネックレスも、お姫様にあげるつもりで持ってたのかもしれない。……でもわたしはお姫様じゃないから、思い出せないし好きにもなれない……」

 シオハさんに対して可哀想とは思うものの、同情以外の気持ちは湧いてこない。

「……て、あれ? もしかしてクロモ、危ない? いやまあシオハさんただの商人だしクロモは魔法使いだから大丈夫な気もするけど、恨まれて危ない目にあったりとか……ないよね?」

 つい口走ってしまった言葉に、お姉さんが笑い声をあげる。

「心配しないで可愛い妹ちゃん。クロモちゃんはああ見えてとても腕の良い魔法使いですから、一介の商人なんかに負けやしなくてよ」

 笑い飛ばした後、ふとお姉さんは真顔になった。

「そんな事より妹ちゃんの方が心配だわ。シオハさんからしたら、駆け落ちまで覚悟した相手ですもの、妹ちゃんの事をあきらめるつもりなんてないでしょう?」

「そ、そっか。これまで様子見だったけど、一向にわたしが思い出さないから焦れてきてるって事ですよね。今のところ遠回しに口説いてきてるだけだけど、もしかしたらその内実力行使に出るかもしれない……? あ、でも大丈夫です。シオハさんには悪いけど、クロモがもう来ないように断るって言ってましたから」

 もしかしたらクロモも、わたし達と同じようにシオハさんがお姫様の恋人かもと思ってたのかもしれない。だからもう来ないように断るって言ってたのかも。

「そう? でもまあ暫くは、妹ちゃんは一人にならない方が良いわね」

 言いながらお姉さんは、何枚目かの魔方陣を編みあげた。

「いつ見ても素敵な模様ですね~。あ、そういえば最初の頃に編んだ魔方陣、形整えて糊付けしてみたんですよ。ちょっと待ってて下さいね、持って来ますから」

 今まで編みっぱなしだったんだけど、ふとレースの本の後ろの方に形を整えて糊付けする方法が載っていたのを思い出したのが、何日か前。

 クロモの事を考えてたらドキドキして、何かしてなきゃ落ち着かないけどレースを編むのは目数を間違ってたりしてた。そんな時に思い出した。

 早速クロモに、この世界に服の形を整える為の糊が存在するのかを訊いて、使い方を教わってやってみたんだよね。

「まあ! こうして形を整えるとますます魔方陣っぽいですわね」

 持ってきたレースを見て、お姉さんが目を輝かせる。

「実は最初、糊の分量間違えちゃってガチガチになっちゃって。一回お湯で溶かしてやり直したんです。糊が少なすぎても形が崩れちゃうし。形が崩れないように、でもガチガチじゃなくてパリッとするくらいにするのって、難しいですね」

 あっちに戻っても洗濯糊とか使う事はないだろうな。というか、どこに売ってるのかな、洗濯糊。

 本に載ってたから「へー、そんな物があるんだぁ。こっちの世界にもあるのかな」なんてクロモに訊いてみたけど、よくよく考えてみたら向こうの世界で洗濯の時に糊なんて使った事ないよね。

「そうねぇ。わたくしもあまり使った事ありませんわ。普段着は柔らかいほうが好きだし、パーティードレスのお手入れは作ってもらった仕立て屋に頼みますもの」

「ええ? そうなんですか? ここの服屋さんって手芸屋さんや仕立て屋さんだけじゃなくクリーニングもやってるんだ……」

「お店によりますわ。けれどドレスを作るような仕立て屋はたいていやっていますわよ。にしても、本当にもったいないわ。これで魔法にならないなんて……」

 つぶやきながらお姉さんが手に取ったレースに魔力を注ぐ。すると前回のようにレースが魔力の光を帯びて……。

 ボッと、小さな火が灯った。


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