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たぶん最終章、レースの魔法の女神様の再来と呼ばれるのは また別のおはなし。
その2
しおりを挟むお姉さんの持ってきてくれたレース糸は、ほんとにわたしの糸とほとんど違いはなかった。編みにくいとか一度編んだのを解いたら毛羽立ちが酷いとか、そんな不都合もなかった。
けどレース針の方はそうもいかなかった。
そもそもお姉さんに針の方は貸してなかったので、職人さんはお姉さんの記憶だけでそれを作ったらしい。
「実際に編んでみますと、上手くいかないものですわね」
ため息を付きつつ、お姉さんが言う。
「実際職人さんにこれを預けて作ってもらえば同じ物出来るんじゃないかとは思うんですけど。でもこれ一つしかないから万が一失くしたり壊されたり……とか考えると預けるのはちょっと……と思っちゃうんです。ごめんなさい」
頭を下げるとお姉さんは「それは当たり前よ」と慌てて言ってくれた。
そしてわたしの針とお姉さんの針を見比べ、「ここが違うのね」と言いながらお姉さん自ら木のレース針にナイフを入れ削っていく。
「だ、大丈夫ですか。そんな細い場所、削りすぎて折れちゃいませんか?」
なんせレース針の先ってボールペンの芯くらいの太さしかない。それを削るなんて、ほんと器用な人じゃないと無理だと思う。
「これくらい平気よ。……一応ウチは魔法使いの名家って事になってるけど、そこまで上流の家柄ではないの。財産もそこまで多くはないしね。だから自分で作れるものは自分で作る。そうやって育ってきたから」
「そーなんですか」
ちょっと意外だった。だってお姉さん前に、お姫様と同じパーティーに出た事が何度かあるみたいな事言ってたから、てっきりセレブっていうか貴族っていうか、そういう人達なんだろうと思ってたから。
「けどそういえばクロモも色々自分で作ってますよね。簡単な物なら壊れても自分で修理してるし。そう考えたらわたし、なんにも出来ないけどいいのかな。あんまりにも出来ないと何かの拍子に誰かに怪しまれちゃいませんかね……?」
わたしの言葉にお姉さんはクスクスと笑う。
「ニシナちゃんはお姫様だったんですもの。出来なくて当たり前ですわ」
「そっか。良かった」
ホッと息をつく。
「ところで最近どう? クロモはちゃんと優しくしてくれてる?」
削り終わったレース針で糸を編んでみながら、お姉さんが質問してくる。
「あ、はい。優しすぎて困ってるくらいです。最近やたら物を買ってくれるというか……。ありがたいけど、あまり無駄遣いになるような物はどうかと思うんですよね。同じような物があるのに、『今年の流行りだから』とか『わたしに似合ってるから』とか。いいように商人さんに乗せられてるんじゃないかって心配になっちゃいます」
言い終えてお姉さんを見ると、お姉さんは目を潤ませていた。
「なんて良い子なの、妹ちゃん。若い女の子の中には相手の稼ぎなんて気にせずにどんどん買って罪悪感のない子だっているのにっ」
「いや、お姉さんだってまだ若い女の子でしょう。……やっぱりずっとここにいるわけじゃないのに、買ってもらうのはダメですよ。クロモはそれこそ罪悪感からあれこれ買ってくれようとしてるみたいですけど。もう、気にしなくてもいいのに……」
いつまでもクロモが罪悪感を持ってると思うとちょっと淋しい。
するとお姉さんが、考えながらゆっくりと話しかけてきた。
「ねぇ妹ちゃん。この世界に残る気持ちは、少しもない? クロモと、本当の夫婦に、なってはくれない?」
お姉さんがそう望んでいる事は前から知っていたのに、ドキッとした。
「でも、わたしは元の世界に帰らなくちゃ……。お父さんやお母さんが心配してるだろうし、友達だって捜してくれてるかもしれない。手芸部の部費も預かりっぱなしで迷惑かけてるし……。文化祭にはもう間に合わないけど、それでも戻さなきゃ」
クロモの事は嫌いじゃない。でもだからって、やっぱりわたしはこの世界の人間じゃない。
だけど言ってて淋しい気持ちにもなる。帰ってしまえばもう二度と、クロモにもお姉さんにも会えなくなるだろう。
ついシンミリしちゃってるとノックの音と共にクロモが顔を覗かせた。
「ちょっと仕事で出てくる。ついでに街に行くから何か必要な物があれば買ってくるが……。何かあったのか?」
しんみりしてたのに気づいたのか、クロモが顔を覗き込んでくる。
「ううん。何にもないよ。買ってくる物も……特に思いつかないかな。気をつけていってらっしゃい」
笑ってみせるとクロモはどことなく納得いかないという顔をしながらも「そうか」と呟いた。
「あら、一緒に出かけてもいいわよ。留守番ならしておいてあげる」
にっこり笑ってお姉さんはそう言ってくれるけど。
「いや。仕事だから」
キッパリとクロモが首を振る。
うん。わたしもクロモのお仕事の邪魔をするつもりはないよ。
「そもそもお姉さんを放ってお出かけなんて、出来ませんよ。せっかく訪ねて来てくれたのに。しかも新しいレース糸までたくさん持って来てくれてるのに」
わたしの言葉にお姉さんはパァッと笑顔を咲かせた。
「まあ! なんて良い子なの、妹ちゃん。大好きよ」
ギュッとハグされびっくりしていると、クロモがベリッとわたしからお姉さんを引き剥がした。
「やっぱりお言葉に甘えて、一緒に行こう。仕事は出来るだけ早く終わらす」
ムスッとした声でクロモが言う。
……そういえばクロモって、お姉さんと仲良くしすぎるとヤキモチ妬くんだった。お姉さんを取られたみたいな気持ちになっちゃうのかな。
お姉さんはそんなクロモの態度をニヤニヤしながら見てる。
「いってらっしゃい。もし遅くなるようだったらちゃんと扉にロックの魔法掛けて帰るから、わたしの事は気にせず楽しんできてね」
急いで仕度をしてクロモと一緒に街へと出掛ける。
「そういえば最近シオハさんがちょくちょく来てたから、街に出るのって久しぶり。なんかわくわくするかも」
ついおのぼりさんみたいにキョロキョロと周りを見渡してしまう。
「ああ、そういえば家から出るのも久しぶりか……?」
もちろん家から一歩も出なかったわけじゃない。けど、どこまでがクロモの家の敷地かは知らないけど、そこからは出てないんじゃないかな。
「シオハさん、ほんとにこまめに来てくれるもんね。まるでウチ専属の商人さんみたい。ちゃんとウチ以外でも商売してるのかなぁ……?」
うちの近所には家なんてない。クロモがそういう場所を選んで建てた家だから。もちろん家に来たら他に行けない程離れてるわけじゃないけど。
「それは大丈夫だろう。おそらく買ってくれるかくれないか分からぬ家を何軒も回るより、お得意様を大切にしているのではないか?」
「そっか。そうだね。……クロモほんと、上得意様だもんね。シオハさんには悪いけど、やっぱりもうちょっと無駄遣いはやめた方が良いと思うよ?」
「無駄とは思っておらぬが、君が気にするならもう少し考えよう」
街に出てるから、クロモはフードを深く被っている。けど、最近家ではずっとクロモの顔を見てるから、そのフードの下でクロモが優しく笑ったのが分かった。
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