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なにを怒ってるの? 必要ないって、なにが? わたしが?
その6
しおりを挟むフードを被っていないクロモは、幼い男の子のようにも見える。キラキラと光る金色の髪の向こうで、今にも泣きそうにユラユラと揺れる青い瞳を見ていると「大丈夫だよ」とよしよしと頭を撫でたくなってくる。
そのクセその瞳がわたしを捉えると、妙にドキドキして落ち着かない。
やがてクロモは小さく、恥ずかしそうに呟いた。
「姉さんを……頼ったから……」
「へ?」
思いがけない言葉に、びっくりしてしまった。
「頼ったって、昨日お姉さんに色々と話を聞いてもらった事? けどあれは、女の人じゃないと訊きにくい事とか知らない事を教えてもらっただけだよ? お姫様の化粧道具を見せて使い方を訊いても、たぶんクロモは分かんないでしょ?」
言いながら、そういえばお姉さんと話をしたいと頼んだ時からクロモが不機嫌になっていたのを思い出した。
「だからお姉さんの方が頼りになるとかそんなんじゃなくて。わたしがこの世界で一番頼りにしてるのは、もちろんクロモなんだから。だから、クロモに嫌われたり見放されたりしたらわたし、どうしていいのか分かんなくなっちゃうよ」
気持ちが伝わるように必死に訴える。クロモは顔を真っ赤にしながら、それでもフードを被らずにわたしの話を聞いてくれた。
「クロモが無口なのは知ってる。わたしがお喋りなのも。前に友達に『あんたくだらない話ペラペラ喋り過ぎるから、肝心な大事な事まで聞き逃しちゃうんだよ』って言われた。けどわたしのお喋りはたぶん、治らないと思う。それと一緒でクロモが無口なのも、そう簡単には変わらないだろうなって思ってる。けど、それでもお願いがあるの。何もかも全部教えてってのは無理だろうけど、わたしが質問した時は、出来ればちゃんと答えてほしい。今回みたいに腹が立ってる時に『なんで怒ってるの?』って訊いても答えたくないかもしれないけど、答えてくれると嬉しい。でないと本当に、わたしの事要らなくなったのかなって思って……不安になるから……」
言ってて泣けてきた。まだ情緒不安定なままらしい。ボロボロと、涙が出てくる。
そんなわたしにクロモはオロオロしながらハンカチを差し出してくれた。そしてやっぱり、口をパクパクさせた後、ゆっくりと言った。
「キミが要らなくなる事なんて、絶対にない。……むしろ居てもらわなくては困る……」
だけどそれはお姫様の身代わりだからでしょう? と言いそうになって言葉を呑んだ。クロモは最初からそのつもりでわたしを召喚したのに、それを訊いてどうしたいの、わたし。
「だったらお願いだから、出来るだけ、答えて。黙ってられると分かんないから。色々と悪いように考えて不安になっちゃうから」
クロモのハンカチを受け取り、涙を押さえながらそう言う。
するとクロモがそっとわたしを抱きしめ、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
「努力する。悪かった。オレはあんまり、人付き合いが上手ではないから……。けど、出来るだけキミを不安にさせないようにするから」
「……うん」
その言葉が聞けただけで、わたしは安心した。充分だ。
今はただ、クロモの事を信じよう。わたしの頭を撫でるクロモの優しい手を信じよう。
しばらくして落ち着いてから、お姉さん達を呼びに行った。そしてもう大丈夫だって事を伝える。
「本当に大丈夫? もし我慢しているんなら、一晩でも二晩でも十日でも一年でも、ウチに泊めてあげる事は出来ますわよ?」
お姉さんの言葉に苦笑しながらも、お義兄さんは「泊まりに来るのは大歓迎だよ。遠慮せずいつでも泊まりにおいで」と言ってくれた。
「ありがとうございます。ここの暮らしに慣れたら、クロモと二人で伺いたいです」
一瞬クロモは渋い顔をしたけれど、気にせずお姉さんに笑顔を向ける。せっかくお義兄さんが誘ってくれてるのに無下に断るなんて出来ない。
大丈夫。クロモならちゃんと話せば分かってくれる。後でいっぱいお話しよう。
そんなわたしの気持ちが通じたのか、クロモもお姉さん達にボソリと告げる。
「今日は迷惑をかけました。……また、遊びに来て下さい」
殊勝な態度のクロモに、お姉さん達も頬を緩めた。
夕方、お姉さん達を見送った後、わたし達はほんの少しぎこちなさを残したものの、二人で夕食を摂った。
相変わらずクロモは無口だけど、わたしのお喋りに時たまだけど相槌を打ってくれる。
まだまだ不安はあるし、これからもクロモとぶつかったりするかもしれない。
それでも元の世界に帰れるまで、ここでの生活を楽しもう。そう心の中で思った。
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