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さっきまで話をしてたのに、突然彼がいなくなっちゃった。
その6
しおりを挟むひとり残される形になったわたしは、ぼんやりと椅子に座ってまわりの景色を眺めた。
どこまでもただ続いている、緑の木々とその暗い影。聞こえるのは、風と鳥の声だけ。
さっきまではオシャレなオープンカフェのように思えていたこの場所が、急に寂しくてよそよそしいものに感じてきた。
ふと少し飲み残しがある事に気づいてジュースに口を付ける。さっきは甘くて美味しかったのに、味がしない。木陰で涼しいと思っていたはずなのに、妙な寒気を感じて怖くなる。
「こ、ここにいてもやる事ないし、とりあえず家に戻ろう。うん、そうしよう」
自分を励ます為に、わざと明るい声で独り言を言ってわたしは立ち上がった。
コップを持って家へと入りキッチンへと向かう。そこにクロモの姿は無かった。
少し寂しく感じながら、とりあえずコップを洗おうと思ったけれど、やっぱりシンクや水道が分かんなくて、水瓶があるのは見つけたけれどそれを洗い物に使って良いのかも分からなくて、あきらめて目立つ場所にコップを置いて部屋へと戻った。
ベッドの上にぽすんと腰掛けて、そのままこてんと横になる。
「する事が、ない」
ポツリつぶやき、これまで一人の時は何して時間つぶしてたっけと考えて、思い出した。
「そうだ、カバン!」
この世界に飛ばされた時、しっかりカバンを抱えてきた。クロモはそれを取り上げたりなんてしなかったから、この部屋の中にちゃんとある。
ただ、他の人に見つかって異世界から来たってバレちゃいけないから隠してはいるけど。
この部屋の中ならいいよねと出そうとして、手が止まった。昨日のおじさんのように有無を言わさず入って来る人がいるかもしれない。
「この部屋ってカギ掛かるっけ?」
昨夜はそんな事さえ気にせず眠ってしまった。
ドアの所まで行って確認する。けど、そこに内カギらしいものは無かった。
「カギ、無いんだ。……どうしよう、すぐに隠せるようにしとけば、大丈夫かな。けど昨日のおじさんみたいにいきなり入って来られたら、見つかっちゃうかも?」
迷った末、クロモに相談してみようとわたしは部屋を出た。
「いいか悪いか訊くだけだから、そんなに時間とらないから邪魔にはならないよね……」
独り言を言いながらキッチンに着いてそこにはクロモはいなかった事を思い出した。
「そう言えばクロモの部屋はわたしの部屋の隣とか言ってたっけ?」
戻り、隣の部屋をノックする。けど返事はない。
「クロモいる?」
一応声をかけて扉を開けてみる。けど、やっぱりクロモの姿は無かった。
「ええっとじゃあ、一番最初に会った部屋?」
わたしが召喚されて初めて現れた部屋へと行く。一応ノックをしてみたけど、やっぱり返事はない。
「失礼しまーす」
恐る恐る部屋を覗いてみた。けどそこにもクロモの姿は無かった。
急に心細くなる。
クロモの家はお城みたいに数えきれない程の部屋があるわけじゃない。大きな声で叫べばきっとどの部屋にいても聞こえるはず。
そう思ってわたしは大声でクロモを呼び始めた。
何度も何度も、呼んだ。だけどクロモは返事をしてくれない。あんまり大きい声で呼んだから、近くの小鳥たちも身を潜めてしまって、風の音しか聞こえなくなる。
ゾッとした。クロモが、いない。
静かだから気配があれば分かりそうなものなのに、風の音と、自分が動く音しかしない。
怖い。
知らない場所で、異世界で、しかもこんな森の中にポツンと建った家の中に独り残されてしまった恐怖に足が震えた。
クロモは悪い人じゃないから、このまま置き去りにするなんて事はないだろうけど、それでも怖くて心細くて身体が震える。
怖くて怖くて、とにかくクロモを捜さなくちゃと思った。
家の中にいないんなら、きっと外に出かけたんだ。
わたしは慌てて室内履きから外履きに履き替えて、家を出る。森へと向かう小道は家の周辺はしっかりと草が刈られ、手入れされているからすぐに分かった。
その道を息を切らしながら走る。クロモの後ろ姿を捜して。
息が切れて苦しいからか、それとも独りが怖いからか、じわりと涙がにじんでくる。
わたし、こんなに怖がりだったっけ? いつからこんなに泣き虫になったんだろう。
そんな事を考えながら、必死にクロモの姿を捜す。
時々立ち止まり、大声でクロモを呼んでみるけど返事がない。
ますます恐怖にかられながら走り出した、その時だった。
ズルリと足が滑った。涙のせいで視界がにじんでいて、そこがいきなり斜面になっているのに気が付かなかった。
「きゃああっ」
短い草で覆われた斜面を、滑り落ちる。
お姫様が崖から滑り落ちて亡くなったというクロモの話が頭をかすめる。
死ぬの? わたし。
思った瞬間、目の前にパァッと光が現れた。光の糸で編まれた魔方陣はあっという間に広がり、わたしの身体を包んでふわりと宙に浮かび上がらせた。そして気が付くと、平たい草の上、クロモの前へと降ろされていた。
「何をしているんだ君は」
呆れたようなクロモの声が降ってくる。
草の上に座り込んだわたしはクロモの顔を見上げた途端、どっと緊張がほぐれた。と同時にボロボロと涙がこぼれだす。
「だって、だって。クロモいなくて。呼んだのに返事なくて。どうしたらいいか分かんなくて……」
しゃくりあげながら、言う。きっと顔はぐしゃぐしゃだろう。でもそんな事どうでもいい。クロモがいた。クロモが、いた。
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