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異世界に飛ばされちゃったわたしは、どうもお姫様の身代わりに花嫁にされちゃったらしい。
その4
しおりを挟む椅子に座るとクロモはお茶を出してくれた。紅茶によく似た色のそのお茶は、渋みはほとんど無く甘い花の香りがした。
お茶を飲みながら、クロモが説明してくれるのを待つ。
「……君は俺が召喚した。だからここにいる」
「うん」
ゴクリともう一口、お茶を飲む。
「………」
「………」
クロモが続きの説明をしてくれるのを待って、もう一口。
「………」
「………」
説明しづらい事でもあるのか、クロモはなかなか喋ろうとしない。
「………」
「………」
とうとう痺れを切らして、こっちから質問した。
「あの、わたしは何の為に召喚されたんですか?」
わたしの質問に答えるのに渇いた口を潤す為なのか、クロモはお茶を一口飲んでそれから小さくつぶやいた。
「姫の、身代わりだ」
うつむいてるせいでフードに隠れてクロモの表情は、見えない。
「そういえばさっきもそんな事言ってたっけ。お姫様が行方不明だったって。本物のお姫様は、今も行方不明なの? だったら早く本物のお姫様、探しに行ってあげた方が良いんじゃないの?」
お芝居だと思って聞いてたからあんまり気にしてなかったけど、それって大変な事じゃん。
「さらわれたんならきっと今も不安な思いしてるだろうし、何かの事故なら大怪我して助けを待ってるかもしれないのに」
だけどクロモは首を横に振る。
「崖下には侍女の遺体しかなかったが、崖上には二人分足を滑らせた跡があった。途中姫の靴が引っかかっているのも見つけた。おそらく下に流れている川に姫の遺体は流されてしまったのだろう」
感情のない、低い声。ただ事実を告げるだけの。
「お姫様は死んじゃったって事? でもそれなら、それはそれでちゃんと見つけてあげないとかわいそうだよ」
わたし自身はまだ、身近な人を亡くした経験はない。だけどテレビで津波に流された身内をあきらめきれずに捜す人達を見た事はある。もし両親が突然いなくなったらわたしも、何日も一生懸命に捜すと思う。
「捜した。でも見つからなかった。もう海まで流されてしまっているだろう」
わたしの思いと裏腹に、クロモの言葉は冷たかった。その言いようにカチンときた。
「だからって、お姫様の身代わりにわたしを召喚して、どうするの?」
つい責めるように言ってしまう。
「それは……」
しかも目深に被ったフードのせいで、目が見えない。それにもちょっと腹が立った。だから、つい手が出た。
「室内なんだからフード被る必要なんてないでしょっ。人と話す時くらいフード取りなさいよっ」
バッとフードを払いのけ、クロモの顔を出す。フワリと揺れた巻き毛の金髪の彼はびっくりした事に、今にも泣きそうな顔で瞳を潤ませていた。
「ごごご、ごめんっ」
つい謝ってしまう。わたしが泣かせちゃった?
「て、なんでわたしが謝んなきゃなんないの? そりゃ、フードを無理に取ったのは悪かったけどさ」
多少の罪悪感はあったけど、悪いのはクロモのほうじゃん。
ふるふると首を振った後、わたしはクロモを見た。するとクロモは再び、フードを被り直していた。
「悪い。けど、フードは取らないでくれ」
泣きそうな顔をしていた人のものとは思えない、冷静な声。
「すごいギャップ……」
思わずため息をついてしまった。
「なんか、怒る気も失せちゃった」
気が抜けたわたしはパタリとテーブルの上に伏せた。そしてそのままちらりとクロモを見てみる。下から見上げる形だったから、さすがにフードの中の表情も見える。
「クロモ、声に感情が出ないタイプなんだね?」
つぶやくように言うと、クロモがパッと顔を赤らめたのが分かった。
「あまり顔を見るな」
顔を背け、言う。
「もしかして照れ屋さん?」
かわいい、と続けたかったけど、さすがに年上の男の人にそれは失礼かとやめといた。
お姫様に対しての行動に疑問は残るけど、そんなクロモの素顔に触れてなんだか憎めなくなってきてしまう。
わたしがちゃかすように言ったからか、クロモは深くため息をついて、それから口を開いた。
「……話を戻そう。君には姫の身代わりをしてもらう」
冷たい声でクロモは言う。けど、フードの中の顔は果たして、どんな顔をしているやら。
「してもらうって言われても……。わたしお姫様なんてガラじゃないし、困るよ。それに本物のお姫様が見つかった時、どうするの?」
首を傾げてクロモを見る。
「君は記憶を失い、倒れていた事になっている。姫そっくりの記憶喪失の女性がいたんだ、間違えても仕方ない」
「そういう言い訳をするわけか……。記憶喪失って設定を貫けば、万が一わたしが本物じゃないってバレた時でもわざと嘘ついてた訳じゃないって言えるもんね」
わたしのつぶやきにクロモが頷く。
「けどさ、幾ら記憶喪失って言い訳したとしても、性格の違いとかでバレちゃうんじゃないかな。どう考えたってわたし、お姫様らしいとは思えないし」
そこまで言ってお茶を飲もうとカップを持って、中身をすでに飲み干してしまっていた事に気づいた。その仕草に気づいたクロモがお茶のおかわりを入れてくれる。
「当面はバレる心配はない。俺は姫の性格を知らないからシラを切れる。この家にあまり人は寄りつかない」
首をかしげ、クロモの言葉の意味を考える。
「そういえばさっき見せてもらった感じじゃ、まわりに他の家、なさそうだったね」
少なくともわたしの目に家らしいものは見えなかったし、音も鳥とか風とかの音しか聞こえなかった。
「つまりクロモに用のある人しかここには来ないって事か。けど、さっきのおじさんは? お姫様の関係者っぽかったけど、また来てわたしの事確認しようとするんじゃないの?」
わたしの質問にクロモはお茶を一口飲んでから、小さく息をついた。
「彼は、来るだろう。が、彼も姫の性格はそこまで知らないはずだ」
クロモに言われ、わたしはポンと手を叩いた。
「そっか。お付きの侍女なら普段からお姫様と接してるから性格も知ってるだろうけど、あのおじさんはそこまで近しい人じゃないんだ?」
おじさんの役職が何かまでは分からないけど、たぶんそういう事なんだろう。
「けど誰かお姫様を知ってる人が来たらどうするの? ていうか、お姫様をいつまでもこんな所に居させないでしょ。お城から迎えが来ちゃうんじゃないの?」
不安になったわたしにクロモはゆっくりと首を振った。
「姫はもう、姫ではなくなっている。だから城に戻る事はない」
「え?」
意味が分からず首を捻る。けどすぐに、思い出した。
「そういえばここに来た時点で王族じゃなくなってるとか言ってたっけ。でも、なんで?」
わたしの質問にクロモは気まずそうに顔を背けた。そしてボソボソと言い訳をするみたいに言う。
「ここに、嫁してきたからだ」
そうそう、それ。
「ゴメン。『かしてきた』って、何?」
尋ねるとクロモはますます気まずそうにうつむき、今度は吐き出すように告げた。
「俺の、嫁になりに来たって事だっ」
「ああなるほど。民間に嫁いだから王族じゃなくなったんだ……って、お嫁さんーっ?」
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