独身彼氏なし作る気もなしのアラフォーおばさんの見る痛い乙女ゲーの夢のお話

みにゃるき しうにゃ

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えぴろーぐ、目覚め

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 黄金色の夕陽が辺りを黄色く、そしてオレンジ色に染めあげている。

 空は綺麗な水色とピンク色のグラデーションを作り、その中に彼は浮かんでいる。

 〈唯一の人〉である透見が空鬼である彼に止めを刺す為に呪文を唱える。

 ボロボロの彼はそれを受け入れる前に、淋しそうに笑みを浮かべ、わたしに別れの言葉を告げた。優しく悲しく、でも愛おしい声で。

「それじゃあね、しゆちゃん」

 その時、分かった。

 透見が呪文を唱え終え、最期の魔術が彼へと放たれた。まるでスローモーションのようにそれが見える。

 そしてわたしは、飛んだ。彼を庇うために。

 ドゥッと魔術の刃がわたしの身体を貫く。彼に止めを刺す筈だった透見の魔術。

 良かった。彼には届かなかった。わたしの身体で庇う事が出来た。わたしの身体はざっくりと裂けてしまったけれど不思議と痛みは感じない。

「しゆり!」

「みおこさんっ」

 彼と透見が違う名でわたしを呼ぶ。

「どうして……」

 痛みは感じない。けれど力も入らずくず折れ、落ちようとするわたしの身体を彼が掻き抱いてくれる。

 ボロボロではあるけれど、彼は無事だった。その事が本当に嬉しくて、わたしは笑みを浮かべた。

「無事で良かった……」

 掠れる声で言う。けれど彼はそんな事はどうでもいいと言わんばかりに叫んだ。

「どうしてこんな事を!」

 彼の言う事はもっともだ。彼はあの攻撃で倒される筈だった。彼が倒される事でわたしは元の世界に戻る。それが彼の望みだった。わたしもそれを、彼の望みを叶えるつもりでここへ来た。だけど。

「だって貴方は、〈唯一の人〉だもの」

 バカだね、わたし。こんな簡単な事も分からなかっただなんて。

 わたしの言葉に彼は戸惑うように下にいる透見を見る。

「何を言ってるんだい? 〈唯一の人〉はあそこにいる彼だろう?」

 だけどわたしはゆっくりと首を振って見せた。

「違うよ、貴方だよ。だって教えてないのに、わたしの名前知ってたじゃん」

 透見に教えたのとは違う名前で彼はわたしを呼んだ。それは誰も知る筈のない名前。

 透見に嘘の名前を教えたわけじゃない。『みおこ』は現実でのわたしの名前だ。現実の知り合いなら誰もが知ってる、わたしの本名。

 だけど彼はわたしを『しゆり』と呼んだ。

 最近はめっきりデフォルト名で遊んでいるけど、乙女ゲーを始めたばかりの頃は、デフォ名だと感情移入が出来ない気がして乙女ゲー専用の名前を考え、それで遊んだ。それが『しゆり』だった。乙女ゲーをしている事自体、ごく親しい友人にしか話していなかった。ましてやヒロインの名前を変えて遊んでる事なんて、誰にも話していなかった。

 彼は瞳を揺らしながらわたしを見ている。

 ここはわたしの夢の世界。わたしの夢見ている乙女ゲーの世界。だから、ここでは『みおこ』ではなく『しゆり』が本当のわたしの名前だ。

 わたしの名前を知る、〈唯一の人〉。わたしが〈唯一の人〉を選ぶだなんて、なんて傲慢だったんだろう。

 選ぶとか選ばないとか、そんな問題じゃあない。彼はわたしの為にここにあったというのに。

「しゆり」

 彼がわたしの名前を呼ぶ。それだけで見えない力がわたしの中に沸き上がる。名前を呼ばれる事で力が沸き上がるのはわたしの方だ。だから飛べない筈のわたしが、彼を庇う為に一瞬でこんな高い所まで飛んで来る事が出来た。

「ごめんね。わたし、貴方を悲しませてばかりだね」

 彼の目の端に涙が滲んでいる事に気がついて、そっと手を添える。

「そんな事はいい。なんでこんな事をしたんだ」

 彼に問われ、わたしは首を振る。

「痛くは、ないんだよ」

 それは本当の事だった。不思議な事に痛みは一向に感じられない。けれど傷ついた身体から血が、命の灯火が流れ出ている事は分かっていた。彼に名を呼ばれ、こんなにも力が漲っているのに、生命の光は今にも消えてしまいそうだった。

「だから心配しないで。わたしは貴方の望み通り、元の世界に戻るだけだから」

 この世界でのわたしが消え、現実のわたしが目覚める。ただそれだけの事。貴方が悲しむ事はない。

 だけど彼の顔は曇ったままで。

「こんな事、ボクは望んでない」

 彼の涙がこぼれ落ちる。悲しみに歪んだ顔。最後の最後にこんな顔させちゃうなんて。

「キミはちゃんと生きて、幸せになって…。その為に元の世界へ帰らなくちゃいけなくて……」

 独り言のように小さく呟く彼の声が聞こえる。

 けれどきっともう、半分目覚めかけているんだろう。すぐ近くにいる筈の透見達の声は何も聞こえてこない。

 ほんの一時だけのわたしと彼の二人きりの世界。

「幸せになるよ。ちゃんと向こうに帰って、がんばる。だから、笑って?」

 彼に笑ってほしいから、わたしも笑みを作る。

 本来真っ直ぐでがんばり屋のヒロインが好きな彼が、こんなひねてすれて面倒くさがりなわたしの事を好きになってくれた。そんな夢を見せてくれただけで充分。

「しゆ……」

 彼がわたしの名を呼ぶ。大好きな、優しい声で。

 虹色の光がわたしを包む。

 貴方に名前を呼んでもらったから、わたしは何でも出来るよ。

 楽しい夢をありがとう。

 もう声も届かない透見達の事をちらりと思う。みんなのおかげで、とても楽しかった。

 広がる虹の光。楽しい夢を見せてくれたこの世界の人達にせめてものお礼を。

 傷つけてしまった透見には透見の為の〈救いの姫〉を。彼に似合う年下のかわいらしい女の子を。ああ、だけど敵は彼ではなく、別のものを。

 剛毅や園比、戒夜も、どうか幸せに。棗ちゃんも想い人と上手くいきますように。

「手を握って」

 お願いすると彼はわたしの手を取ってくれた。その手の温かさに涙がこぼれそうになり、目を閉じる。

 わたしは彼の望み通り、目を覚まし現実の世界へと帰る。

 でもそれだけじゃ、ダメ。それじゃあ彼はまた淋しい思いをしてしまう。だから。

 夢の設定を塗り変える。

 彼の為のわたしを、〈救いの姫〉を。ううん、違う。

 彼を本来のヒロインの元へ。彼の本当の世界へ。

 彼が淋しくないように。

 彼が幸せになれますように。

 やわらかな虹色の光が包み込む。

 彼が、嬉しそうに彼女を抱きしめる。

 そしてわたしという存在は、ゆっくりと夢の中から消えていった。



 だるい。だるくて目が覚ませない。

 だけど脳はそろそろ起きる時間だと告げていて、必死に私の身体を目覚めさせようとしている。

 それとも反対なのかな? 体はもう起きる準備が出来てるのに、脳が半分眠ったままで起きる指令をくれないからだるいのかな?

「いーかげん起きないと仕事遅刻するよー」

 わたしを起こす声が聞こえる。

 うん、起きなくちゃ。でもあと五分。



 夢でも、貴方に逢えて嬉しかったよ。貴方と喋れて嬉しかったよ。貴方に触れる事が出来て、名前を呼んでもらって、幸せだった。

 貴方のおかげでまた、笑って生きていける。幸せに生きていける。

 だから今だけ。ほんの五分だけ、涙を流す事を許してね。


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