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決めなければならない覚悟 その1

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 屋敷に戻り、ぼんやりとベッドの上で考える。

 覚悟が出来たらおいで、と彼は言った。それはつまり、彼を倒す覚悟が出来たらって事だ。次に会う時は最後の戦い、決着を付ける時って意味なんだろう。

 せっかく会えたのに。もっと会いたいのに、次に会った時が最後。別れる為に彼に会う事になるの? そんなの嫌だ。

 それでも繰り返す夢の中で、今までわたしはそれを受け入れてきたんだろう。夢を見る度、別れ、忘れてもう一度出会う。

 ぐるぐるとそんな事考えてたらノックの音が聞こえた。

「姫様? 失礼しますね」

 マグカップを手に棗ちゃんが入って来る。

 透見に連れられ帰って来た時、真夜中に屋敷を抜け出したわたし達に気づいた棗ちゃんが起きて待っていてくれた。こんな真夜中にどこに行っていたのか何をしていたのか、棗ちゃんは一切問いつめようとはしなかった。

「眠れないんじゃないかと思って……。良かったら飲まれませんか?」

 そう言って差し出されたカップの中にはカモミールミルク。

「ありがとう……」

 受け取りひとくち口に含むと、ほんのり甘い香りと温かさが気持ちを落ち着かせてくれた。

 棗ちゃんのやさしさに、涙が出てくる。なんかもう、彼と再会してから泣きっぱなしな気がするけど、元々わたしは泣き虫だし、涙が出るものはしょうがない。止めようがない。

 棗ちゃんの方がうんと年下なのにまるでお姉さんみたいにわたしによしよしと慰めてくれる。

「姫様、お辛いでしょうが今は我慢です。きっと透見がなんとかしてくれますから」

 そんな風に思うのは、幼馴染み故の信頼なんだろうか。それとも透見が〈唯一の人〉だから?

 棗ちゃんは疑う事なく透見がどうにかしてくれると信じている。

 だけどわたしは首を横に振る。これは透見がどうこう出来る問題じゃない。してもらっても、いけない。

「大丈夫ですよ。きっと透見は姫様にかかった魔術を解いてくれますし、空鬼だって倒せます」

「ダメ!」

 つい叫んでしまって我に返った。棗ちゃんは悪気があって言ったわけじゃないのに。

 だけどそれでも、彼を倒す事に首を縦に振る事なんて出来なかった。

「わたしは魔術なんてかけられてない。彼はそんな事しないし、わたしが……」

 言いかけて、言葉を見失う。わたしは何を言おうとしたんだろう。

 分かるのはわたしが彼を苦しめているという事。わたしが彼を淋しいめにあわせている。

「姫様。落ち着いて下さい姫様。すみません、余計な事を言ってしまったようで……。とにかく今日はもう、休みましょう?」

 そう言って棗ちゃんは、少しぬるくなったカモミールミルクを飲むよう勧めてくれた。だけどもう、口に何かを入れる気になれなくて、棗ちゃんには悪いけど、わたしは首を横に振った。

 棗ちゃんは淡い笑みを浮かべると、わたしの手からマグカップを受け取り、わたしをベッドへと導いた。

「ごめんね、棗ちゃん……」

 ポツリと呟く。親子ほども違う年下の子に迷惑と心配をかけて、しかもその信頼を裏切ってる。自分が情けないと思うと同時にそれでも譲れない彼への思いで胸が苦しくなる。

「とにかく今晩はもう、遅いですから、休みましょう、ね?」

 諭すように言う棗ちゃんにこれ以上迷惑をかけたくなくて、わたしはコクリと頷いた。



 棗ちゃんが出て行った後、明かりを消してベッドに横になった。目を閉じて眠ろうとしたけれど、興奮しているせいか、あれこれ頭の中を思いが駆け巡ってなかなか眠る事が出来なかった。

 そのせいか翌日目覚めた時はいつもより遅い時間だった。

 夢の中で寝不足ってのもなんだか変な感じなんだけど、気だるい体を無理矢理動かしながら皆の待つ食堂へと向かう。

 もしかしたらもう食事を終えて誰もいないんじゃないかという微かな期待をしながら食堂の扉を開ける。出来ればあまり、みんなと顔を合わせたくない。特に透見とはどんな顔をして会えばいいのか、分からない。

 だけどわたしの期待も虚しく、食堂には五人全員の顔が揃っていた。

「おはようございます、姫君」

 すいと透見が立ち上がり、わたしを迎えに出て来る。

「眠れなかったのですか。顔色が悪い……」

 心配そうに透見がわたしの頬へと手を伸ばす。反射的にそれを避けてしまって、あ、と思った。

 透見の傷ついた顔に罪悪感が込み上げる。申し訳ないと思うけれど、それでもどうしてもあの人以外の人にそんな風に触られたくはなかった。

 それでも透見は気を取り直したようにいつもの笑みを浮かべた。

「今朝は棗さんが腕を振るって美味しい朝食を作って下さっていますから、どうぞ席に着かれて下さい」

 促され、テーブルへと向かう。

「今日はパンケーキを焼いてみたんです。姫様はパンケーキはお好きでしょうか?」

 にこりと笑って棗ちゃんがテーブルにパンケーキを置く。きれいにふんわり焼けたパンケーキの上に苺やラズベリー、それにカスタードクリームや生クリームまで乗っている。

「朝からこれは甘過ぎやしないか?」

 戒夜が渋い顔をして目の前のお皿を眺めている。

「何言ってんだよ。女の子はこーゆーの大好きなんだから、いーじゃん」

 棗ちゃんをかばうように園比が言うと、剛毅も加勢するように口を開いた。

「あー、なんかテレビで見た事ある。こーゆーパンケーキ食べる為に女って行列作るんだよね」

 わいわいと、まるで空鬼に出逢う前の頃のように和気藹々とした雰囲気で食事が始まる。

 わたしに気を使ってくれているんだろう。それとも透見は、昨夜わたしが屋敷を抜け出して空鬼に逢いに行ってた事をみんなに伝えていないんだろうか。

 いつもならこんな美味しそうなパンケーキ、あっと言う間にペロリと食べちゃうんだけど、今日はなんだか入らない。

「……今日は皆と共に図書館に行きたいと思うのですが。よろしいですか、姫君?」

 気遣うように透見が声をかけてくれる。二人でではなくみんなでというところが、いかにわたしを気にしてくれているかが分かる。今、透見と二人きりになるのが気まずいと気づいてくれているんだろう。

 わたしが頷くと、それを聞いていた園比が質問する。

「図書館になにしに行くの?」

 剛毅も興味があるのか、透見の方を見ている。透見はちょっと言いにくそうにわたしをちらりと見た後、静かに口を開いた。

「姫君に掛けられた魔術について、調べに行くのです。この屋敷の蔵書には、それに関する物は無かったので……」

 それはそうだろう。そもそもわたしは魔術になんて掛かっていない。

「え、でも透見。図書館の本も読み尽くしちゃってんじゃないの?」

 剛毅の言葉に透見も頷く。

「確かに図書館にある〈唯一の人〉関連の書は全て一通り目を通してはいます。しかし見落としや、違った視点から見れば気づく事があるかもしれません。ですから皆さんと一緒に行こうと思うのです」

 それに…と透見は続けた。

「例の魔術の掛かった本に何か変化があったかもしれません」

 それは〈唯一の人〉となった透見だからあの本が読めるかもと思ったのか、それとも空鬼が現れた今、何か変化があったと思うのか。

 わたしはというと、あの頁に何が書かれているのか考えると怖くなった。それでも向き合わなければ。そう感じた。


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