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透見と小鬼とそれから……? その3
しおりを挟む遠回りの道、小鬼に見つからないよう出来るだけ静かに透見と二人で歩く。
「みんな、大丈夫かな」
あれだけわらわらと小鬼がいる中にみんなを残してきた事を思うと、やっぱり気になる。無事だといいんだけど。
「そうですね。今は皆を信じて私達は行きましょう」
そう言って透見が手を差し出す。あまりに自然なその行為に、わたしも意識せずその手を取った。
曲がり角を曲がると、ふと児童公園が目に入った。以前剛毅に案内されてブランコに乗ったあの公園。
先日は誰もいなかったけれど、今日は少年がひとり、なんだか淋しそうにブランコをこいでいる。
ふと、キャップを目深に被ったその少年がこちらを見た。するとまるで、叱られるのを恐れる子供が親に見つかって逃げ出すように、その少年はブランコから飛び降り、駆け出した。
「え? 待って!」
無意識に透見から手を離し、その少年に声を掛け追いかけた。少年はまさか声を掛けられるとは思わなかったのか、驚き足を止め、戸惑っているようだった。
「姫君?」
追いかけてきてくれた透見と一緒に、少年の方へと向かう。
どうして少年に声を掛けたのか、自分でも分からなかった。けど、なんかほっとけなくて。
「来ちゃダメ」
もう少しで少年の前に着くところで、少年がかすれた声を出した。うつむいたその顔は、帽子に隠れて見えない。
「どうして?」
問いかけると少年は首を振ってこう言った。
「ごめんなさい」
その声は泣いているようだった。それがどうしても気になって、何故だか胸が苦しくて少年へと近づく。
「ダメ!」
少年はそう言うとくるりと向きを変え、全力で走り出した。その拍子に被っていたキャップが落ち、鮮やかな赤毛がわたしの目に飛び込んでくる。
小鬼と同じ色の、赤い髪。
「姫君!」
透見もそれに気づき、わたしの腕を引き庇うように前に出た。けれど少年は何をする事もなく、そのままどこかへと駆けて行った。
どういう事だろう。今の少年は、なんだったんだろう。
「透見、今のって小鬼じゃあ、なかったよね?」
今まで見てきた小鬼達は、みんな小さな子供の様な姿をしていた。幼稚園か小学校に上がったばかりくらいの年齢の姿だった。だけど今の少年は小学校高学年か、がんばって中学一年生くらいの男の子だった。
それに今まで小鬼達はみんな、わたしを見つけるとわたしをどこかへ連れて行こうとしていた。たぶん、空鬼の親玉の所に。
だけどあの子は、わたしを見た途端、逃げ出した。来ちゃダメって言った。
「……小鬼、ではないと思います。先程彼は声を掛ける前に貴女に気づきました。小鬼なら気づく筈はないのです。小鬼から姿を見えなくする魔術はまだ掛かっていますから」
そうだった。まだ魔術は掛かってるし、あの子が逃げ出す前までは出来るだけ気配も消して行動してた筈だ。
「てことは、たまたまよく似た髪の色をした男の子だっただけだよね?」
そう自分で言いつつも、引っかかっていた。なんでわたしはあの子が気になったのか。なんであの子はダメって言って逃げたのか。
「……絶対にない、とは言えませんが、この島の人間は伝承のおかげで〈空飛ぶ赤鬼〉と同じ赤毛を好みません。あの色をして生まれてきた子供の話は聞いた事がありませんし、あの色に染める者も皆無と言って良いでしょう」
考え込むように透見は呟き、それからわたしの手を取った。
「ともかく屋敷に戻りましょう。話はそれからです」
「あ、うん。そうだね」
剛毅たちは今も小鬼と闘ってるかもしれないんだし、もしかしたら小鬼がわたし達を追って探してるかもしれない。さっきの少年が何であろうと、とにかく安全な場所に行くべきよね。
わたしは透見に手を引かれるまま、出来るだけ物音を立てないよう歩き、屋敷へと向かった。
屋敷へとたどり着き、扉を閉めてようやく息をつく。それから中を見回してまだ誰も帰って来てない事に気がついた。
「剛毅たち、まだ闘ってんのかな……」
今日の小鬼は数が多かった。棗ちゃんはみんないるからすぐに終わるって言ってたけど、途中で透見も抜けたし、もしかしたら小鬼の方は数が更に増えちゃってるかもしれない。
そう思うとなんか、ますます皆の事が心配になってきた。
「姫君、そんな不安気な顔をしなくても大丈夫です。皆じきに戻って来ますから」
わたしを安心させるように微笑んで透見は言ってくれるけど、でもいつも賑やかな屋敷が静かだと、心配になる。
「ね、透見。わたしは無事ここまで帰って来れたから、透見はみんなの加勢に行ってあげた方がいいんじゃないかな。何も出来ないわたしがこんな事言うのも悪い気がするけど……。苦戦してたら一人でも多い方が良いんじゃ……」
しかし透見はわたしの言葉に首を振る。
「いいえ。確かに建物の中、特にこの屋敷は外より安全ではありますが、完全にという訳ではないのです。誰かが姫君の傍についていなければ。万が一という事もありますから」
ああ、そうだった。もし戒夜がこの場にいたら、「普段その為に棗が隣の部屋で待機している事をもう忘れたのか」って怒られるところだった。
しょぼんとするわたしに透見が優しい言葉をかけてくれる。
「姫君の優しい気持ちは嬉しいです。けれど我々は姫君の為にいるのですからご心配なさらないで下さい」
「うん。でもわたしに出来る事ってみんなを心配する事くらいだから」
なんとか笑顔を作ろうとしたら苦笑みたいになっちゃった。けどうん、わたしが落ち込んでも何にもならないよね。
気合いを入れる為、両手でパンと頬を叩く。その勢いがあまりにすごかったからか、透見がびっくり目になった。
「姫君? 何を……」
「ああ、ごめん。気分変えようと思って。あ、音は大きかったけど心配する程痛くはないから」
にこり。今度はちゃんと笑顔で透見に言えた。
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