36 / 63
透見と小鬼とそれから……? その2
しおりを挟む「コッチ」
「コッチ」
いつの間にか現れた何人もの小鬼たちがわたしを取り囲み、手や服を引っ張り連れて行こうとする。みんなに気づかれないよう小さな声で、気配を消しながらわたしを連れて行こうとする。
実際には手を引っ張られて一分もたっていなかったのかもしれない。だけどわたしにはそれは随分長い間のことに感じた。
胸が苦しくて息が出来なくなりそうになる。何か言わなくてはと思うのに、喉が詰まってしまったように声が出ない。
「姫君!?」
透見の切迫した叫び声が耳に飛び込んできた。気づいてくれたんだ。続いて呪文を唱える声が聞こえる。他のみんなも気づいたのだろう、身構えこちらにやって来る音がする。
透見の放った魔術に何人かの小鬼が吹き飛ばされた。その反動で小鬼たちの手がわたしから離れる。
「姫、こちらへ」
いつの間にかすぐ傍に来ていた戒夜がわたしの肩を押し小鬼から引き離した。
「あ」
足が震えそうになる。それでも必死にグッと力を入れ、なんとか倒れずにすんだ。
「安全な所へ」
言われ、小鬼のいない方へと足を動かす。すでに剛毅や園比が小鬼達と対峙し、透見が魔術で援護していた。それに戒夜が加わる。
小鬼の数はだんだんと増えているように感じた。
「ちっ。油断してたぜ」
剛毅が両手に持ったナイフを操りながら舌打ちをする。
「ええ? 油断大敵! だよ。まあ僕も姫様から目を離しちゃったのはうっかりだったけどさ」
ペロリと舌を出した後、園比がブン、と小鬼に向かって大剣を振るった。……あんな大剣、どこから出したんだろう。
けどまあ魔術が存在する世界だし、剣が魔法みたいに出ても不思議はないのかも?
戒夜は肉弾戦派だから、無手でガンガン小鬼に向かっている。
「ご安心下さい姫様。みんないますからすぐに終わります」
にこり棗ちゃんが笑い、細くて短い棒を構える。名前は知らないけど、前に使ってた訓練用のじゃなくて先の尖った、アイスピックみたいなやつ。
棗ちゃんの言葉にわたしはほっとした。
そうだ。今日はみんないるんだ。
わらわらと小鬼達は増えているような気がしたけど、それは気のせいかもしれない。みんなどんどん小鬼達を倒していくのが見える。きっとその内数も減ってくる。
そう思うと体の力が抜けた。まだみんな闘ってるんだから、安心するのは早いと思うのに、ヘナヘナとその場にへたり込んでしまう。
さすがにダメでしょと立ち上がろうとするけど足に力が入らない。
仕方ないからせめて邪魔にならないよう、少しでも遠くへ、とわたしはズリズリ這い出した。
けっこう離れたかな、と地面に這いずったまま振り向いた時だった。みんなの隙をついて一匹の小鬼がこちらにやって来るのが見えた。そのすぐ向こうには剛毅の姿があったけど、別の小鬼と闘っていてその小鬼に気づいていない。助けを求めようと口を開きかけた時、剛毅の手からナイフがはじき上げられたのが見えた。
そのナイフがこちらに飛んで来る。どうする事も出来なくて、わたしは目を閉じ頭を抱え、伏せた。
みんながわたしを呼ぶ声がする。絶対にナイフが当たると思ってたのに、痛みも衝撃もやって来ない。
わたしは恐る恐る顔を上げた。そして目に入ってきた光景に驚いた。そこには、お腹にナイフの刺さった小鬼の姿があった。
「え?」
なんで小鬼に? 確かに一匹、こちらに向かって来てはいたけど。
偶然小鬼に当たったんだろうか。でもだとしたら、どうして背中ではなくお腹に刺さってるの?
こちらを向いた小鬼が、苦しそうな顔をしたまま、にこりと笑う。
「……」
何かを言おうとしているけど、その声はわたしに届かない。
「姫君!」
透見が呪文を唱え、ふわりとわたしの体を何かが包み込む。小鬼がわたしの姿を見失い、悲しそうな顔になる。
「大丈夫ですか?」
透見がやって来て、小声で囁く。それと同時にやって来た戒夜に、目の前にいた小鬼は蹴り飛ばされていた。
いつかと同じように透見に手を引かれ、気配を殺しながらその場を離れる。屋敷の場所が見つからないよう用心しながら、最短の距離ではなく遠回りしながら歩く。
みんなと小鬼達が闘っている場所からかなり離れてからやっと、透見は立ち止まり、わたしの手を放した。
「……」
いつもだったら安全な場所に着いたらすぐに声をかけてくれる透見が、何も言わない。
そういえば、どんな時でも優しい笑みを絶やさずわたしに向けてくれていたのに、逃げている途中もそれがなかった。無表情……ううん、少し苦しそうな顔をしたまま、わたしの方に視線を向けてくれなかった。
もしかして、と考えさっきの小鬼の事ばかり気になってた自分が悔やまれる。
「透見、どこか怪我してるの?」
さっきの乱戦でどこか小鬼にやられてしまったのかもしれない。
だけど、心配になって伸ばしたわたしの手を透見は拒否するように首を振った。
「いいえ。私は怪我などしておりません」
でも、と言いかけたわたしに、透見は勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありません姫君。私の失態です。第一に姫君の安全を考え、守りの魔術を掛けるべきでしたのに……」
苦しげに、透見が言う。
「そもそも神社を出る前に術を掛け直すべきだったのです。そうすれば小鬼に見つかって姫君を危険な目に遭わせる事もなかった」
下唇を噛み、辛そうに透見が呟く。
「え? や、透見は悪くないよ? 小鬼がいつ襲ってくるかなんて誰も分かんないんだし、透見は一所懸命闘ってくれてたじゃん?」
そう言って慰めようとしたけど、透見は頑なに首を横に振る。そんな透見の姿に、ちょっとキュンとしてしまった。なんていうか、わたしの事でそこまで落ち込んでくれる事が、なんとも嬉しい。
けどだからって、ううんだからこそ、彼を落ち込んだままにさせておくのは可哀想だ。
現実のわたしなら絶対にこんな事はしない。しないけどこれは夢の中の事だから。
わたしはすっと手を伸ばし、彼の背中へと手をまわした。
驚いたように透見の体が固くなるのが分かった。けど、決して逃げようとはしなかったので、わたしはそのまま優しく、彼を抱きしめる。
「大丈夫だよ。わたしはみんなに、透見に守られて、この通りちゃんと無事だったんだよ?」
ゆっくりと彼の背中を撫でると幾分彼の体から力が抜けるのを感じた。
少しは気持ち、落ち着いてくれたかな? だといいんだけど。
ほんの少しほっとして、ふと透見の背中の広さに気づいた。いつも優しげににこにこ笑ってるし、外見的にもどちらかというと中性的で剛毅のように『男』って感じじゃないもんだから、ちょっと意外に思ってしまった。
透見もしっかり男の子なんだ。
〈唯一の人〉候補に選んどきながら今更そんな風に思うのも失礼な話かもしれないけど、なんかドキドキしてきた。
それに気づいたのか透見がふと顔を上げ、そっとわたしを引き離す。
「すみません姫君。恥ずかしいところをお見せして……」
ほんのり頬を染めて、でも少し笑顔も取り戻して透見が言う。
「ううん。人間誰しも後悔する事や落ち込む事はあるよ。けど、必要以上に自分のせいだって思う事もないんだよ」
わたしもにこりと笑って透見を見る。……というか、半分ニヤケてたかもしれない。だって、透見かわいいんだもん。
そんなわたしに気づいたのか、正気に返ったように透見はぱっと背を正した。
「姫君に気を使わせてしまって……。申し訳ありません」
「いやいや。だから、いつも気を使ってもらってるのはわたしの方なんだし……。えーとまあ、とにかく、そろそろ帰ろうか?」
このまま話を続けると不毛なやりとりをしそうな気がして提案する。透見もちょっとは浮上してくれたみたいだし、考えてみれば今、小鬼に追われている最中だし。
「そうですね。では、少し遠回りになりますが、こちらの道から……」
透見も同じように気づいたのか、いつもの笑顔に戻ってわたしを安全と思われる道へと導いてくれた。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる