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透見と静かに図書館デート その2
しおりを挟む島の図書館は大きいとまでは言えなくとも蔵書の数はそれなりに充実しているように見えた。そのせいか人影もまばらにポツポツとある。
「結構借りる人多いんだ?」
わたしの質問に透見は笑みを浮かべ、答える。
「そうですね。田舎の島ですからどうしても専門書や高価な本は手に入れにくいので図書館を頼る者は多いです。あ、こちらです」
そう言うと透見は廊下の奥にある細い階段へとわたしを導いた。
階段を上るとすぐに机が置いてあり、そこには受け付けのように司書のお姉さんが座っていた。
「あら、緋川君。久しぶりね。それと……?」
司書のお姉さんとも知り合いらしく、透見は軽く挨拶を交わした後、わたしを彼女に紹介した。
「〈救いの姫君〉です。それでもう一度〈唯一の人〉に関する文献を調べたいと思って来たのですが……」
透見の言葉に司書のお姉さんは少しびっくりしたようにわたしを見た。
「本当に? 緋川君が召還したんだ……?」
夢の中だからなのかこの島の……というか、この世界の人はみんなそうなのか、一般人っぽい人も魔法関係を普通に受け止めてるところがなんかちょっと不思議だった。
本当にわたしが〈救いの姫〉なのかを疑うことはあっても、召還の魔術についてやそもそも〈救いの姫〉という存在に対して真っ向から否定しない。
「はい。おかげ様で召還に成功しました」
透見の言葉にお姉さんはにこりと笑うとおめでとうと言った。
「緋川君研究熱心だったものねぇ。で、〈唯一の人〉についての文献ね。知ってるでしょうけど、四番の部屋よ」
そう言うと司書のお姉さんは机の引き出しから鍵を取り出し、わたし達を四番と書かれた扉の前へと導いてくれた。
ひんやりとした室内は薄暗く、ほんの少しカビ臭いような古い本の匂いがした。
懐かしく落ち着くその場所は、同時に少し怖くもあった。
「この部屋の本は全て持ち出し禁止です。貴重な本ばかりですから丁重に扱って下さいね」
わたしたちを疑ってるというより、単に決まり文句なのだろう。司書のお姉さんはさらりとそう言うとにこりと笑って部屋から出て行ってしまった。
「司書のお姉さん、この場に残らないんだね?」
何度も来ている透見にいつもそうなのか訊いてみる。
「この階の担当の司書は彼女だけなんですよ。ですからこの部屋だけに留まってるわけにはいかないのでしょう」
答えると透見は迷うことなく目的の本が置いてある本棚へと向かった。
「さて、どの辺りから始めましょうか」
透見が本棚から数冊の本を抜き出し机の上へと置く。どれもがすごく古そうで、中身をパラパラとめくると古文書の写しっぽい。
て、え? 古文書?
「ご、ごめん。読めないかも……」
文体も達筆な草書体も、どれ一つ取ってみても読めそうにない。
だけど透見はがっかりする事も呆れる事もなくにこりと笑って本棚から別の分厚い一冊を取り出した。
「ではこちらを」
差し出されたのは古そうではあるけれど、ちゃんと活字の現代語の本だった。たぶん、昭和三十年代とか四十年代とか、そのくらいの本。
「ありがとう」
ちょっとほっとはしたものの、昔の本って活字小さいし文章も硬いから、ちょっと読んでて居眠りしない自信がないかも……。
それでもせっかく来たんだし、本とにらめっこを始めてみる。
案の定理解しづらい文章に遅々として頁が進まない。それでもなんとかがんばって読もうと努力してみる。
それにしても透見すごいな。あんな古文書が読めるんだ。と思ってちらりと視線を上げるとバッチリ透見と目が合った。
「え? あ、なに?」
やましい気持ちは無いはずなのに、つい慌ててしまう。
わたしがちょっと赤くなってしまった事に気づいたのか、透見も少し慌てたようにぱっと姿勢を正した。
「その、見とれていました。本を読む貴女の眼差しに……」
「は?」
いつもと少し違う、少しはにかんだように笑う透見にわたしの顔はますます赤くなる。
「か、からかっちゃいけないよ。おばさんを」
園比なら年齢関係なしに女の人好きっぽいからこういう事言われても「またまたー」って思えるんだけど、まさか透見にこういう発言されるとは思ってもみなかった。
「救いの姫君をからかうなんて、とんでもない」
本当に驚いたように透見が言う。
「〈唯一の人〉を捜すために真剣に本を読む姫君に目を奪われる事は、迷惑ですか?」
真面目にそんな風に言われて困ってしまった。
「迷惑……なんかじゃないけど、えーと。……恥ずかしい、かな」
真っ赤な顔のまま、口ごもりながら言う。
透見、こんなキャラだっけ?
「嫌な思いをさせてしまったのならすみません。けれど本当に目を奪われてしまったのです」
いつもの笑顔に戻り、透見が囁く。わたしはというと、狼狽えたまま「や、えーと。うん。大丈夫。嫌じゃない…よ?」なんて訳の分からない事を口走った。
いやもうなんか、どっちが年上なんだかって思う。
とにかく気持ちを落ち着けようと本に視線を戻すけど、もしかしてまだ透見が見てるんじゃないかとか気になって、集中なんて出来るはずもない。
恐る恐る視線を上げると、さすがに透見ももうこちらを見てはいなかった。さっきわたしが放棄した古文書を開き目を通している。
若いのにあんなのが読めるなんてやっぱりすごいなぁと思うと同時に、今度はわたしがその仕草に見入ってしまった。
少し伏せた目とそれにかかる前髪。実はわたし、その角度に弱い。
普通男の人を見下ろす事なんて無いせいだろうか、そういう角度の表情を見ることなんてレアだし、しかもその時の表情が無表情に近かったり真剣な感じとかだと、ドキリとしてしまう事がある。
今がまさにその状態で、ついつい見とれてしまった。
するとさすがに視線に気づいたのか透見が顔を上げる。
「何か分からない事でもありましたか?」
質問があるからわたしが見てたと思ったんだろう、透見が微笑みそう尋ねてくる。
まさかさすがに「わたしも貴方に見とれてましたー」なんて言えなくて、頭フル回転させて質問事項を探してみた。
「えーと……。本の事とは違うんだけど、透見達ってどうやって選ばれたのかなってふと思って……」
これは実はちょっと前から気になっていた。〈救いの姫〉を守る為に集まっている彼らって、どうしてそういう立場になったのか。
代々その役柄を引き継いでる家柄なのか、それとも神託とかで選ばれたのか。
「私達が選ばれた……というのは、今姫君をお守りしている仲間達の事ですか?」
不思議そうに透見は小首を傾げる。
「うん。剛毅や戒夜、園比と透見。それに棗ちゃんもかな」
なんで透見が不思議そうな顔をしているのか分からず、わたしも首を傾げる。
「私達は選ばれてなどいません。皆、自ら望んで姫君をお守りしているのですよ」
「は?」
つい、素っ頓狂な声を出してしまった。
「えーとごめん。ちょっと意味が分からない」
ちょっと頭が混乱した。
別に〈救いの姫〉を守る為に自ら進んで守護者になるってのは分からなくもない気もするけど。でも。
「もし透見達が立候補しなかったら、誰も守ってくれる人がいなかったかもしれないって事?」
若くてかわいい魅力的なヒロインなら、ストーリーが進むにつれ守護者になってくれる人が出てくるってのもありだろうけど、どう考えたってわたしじゃ離れていく方が多そうだ。
てういうか、もしかしてこれからどんどん見捨てられちゃう?
そんなわたしの考えに気づいたのか、透見がくすくすと笑っている。
「姫君。もし誰も立候補していなければ、そもそも姫君はこの地に召還されていません」
「あ、そっか」
呼び出す人がいなければわたしはここに来なかったわけだもんね。
「て、いやいやいや。それはおかしいでしょ」
ついノリツッコミみたいになっちゃった。それを見て透見はくすくす笑ってる。
「空鬼が来そうだからわたし呼び出されたんだよね? もし誰も立候補しないで召還もしなかったら、どするのよ?」
この辺りの人たちの反応からして、空鬼の存在を全然知らないわけじゃないらしい。だから、本当に空鬼を驚異と感じているなら上にたつ誰かが指示してるんじゃないかって思ってしまう。
「そうですね。ですから私達が姫君を守ると決めたのですよ」
にっこりと透見が笑う。
いやだから……。このままじゃタマゴが先かニワトリが先かになっちゃいそう。
「まあ実際のところ、伝説という名で皆空鬼や〈唯一の人〉の事は知ってはいますが具体的に現れる時期などは誰もよくは知らなかったのです」
そう言い透見は先程わたしが読んでいた本を手に取り、パラパラと頁をめくった。
そして目的の頁を見つけた透見は開いた本をわたしに差し出した。
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