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その3
しおりを挟む少年は英雄になりたかった。その為にはたくさんのモンスターを倒してレベルアップする必要があった。
ある時しばらく見なかった先輩が随分とレベルを上げて帰ってきた。そして少年に教えてくれた。
「菜の国に行けば、レベルの低いモンスターが山程いるぞ。あっちでは妖と呼ぶらしい。簡単に退治出来るから、レベルアップも簡単だ」
ヨロプではモンスターを倒せば誰もが喜んでくれた。モンスターは悪だった。だから菜の国でも妖を倒せば誰もが喜んでくれるだろうと思っていた。なのに。
座り込む少年に、こんが困ったような顔をして、近づいてきた。
「こんはね、まだまだ修行中の身だから失敗することはあるけど、悪いことはしないよ。でね、神様もこんが失敗しても、反省して謝ったらちゃんと許してくれるの。だからがんばるの」
そうして項垂れる少年の横にちょこんと座った。
「こんが悪い妖じゃないって、分かってくれた?」
田舎者だった少年は、英雄になるために都会へと出て、そこで田舎と都会の考え方の違いがあることを知った。文化の違いがあることを知った。
だからヨロプと菜の国の考え方の違いや文化の違いがあることを、すんなりと受け入れる事が出来た。
なのでこんの問いかけに素直に頷くことも出来た。
「悪かった。確かに君が悪さをするところなんて見てないし、そんな事をしたという話さえ聞いていなかった。なのに妖というだけで襲いかかってしまった。すまなかった」
少年の言葉におばちゃんもおじちゃんも、周りにいた他の村人達も表情を緩める。
「いいよ。ケガもしなかったし、許してあげる」
「ああでも、おくどさんの修理は手伝ってもらうからな」
こんが許すと、笑いながらおじちゃんがバンと少年の背中を叩いた。
「そうだね、それとひとつ頼みがあるんだが、いいかい?」
おばちゃんもにこやかに少年に話しかける。
「国に帰ったら菜の国の妖はヨロプの『もんすたあ』とやらとは違うという事をみんなに広めてくれないかい? あんたは素直にわたしらの言う事を聞いてくれたが、都じゃ聞く耳を持たず妖を殺してく者や、しまいには普通の人まで妖の味方をするから悪いやつだと殺してしまった者もいるらしい。そんな恐ろしい事は、これ以上起こってほしくない」
少年はおばちゃんの言葉に青くなりました。人を助けるのが英雄なのに、誤解から人を殺してしまった人がいたなんて。
「分かりました。約束します。菜の国の妖はモンスターではないと、ヨロプの人々に伝えます」
こんは、にこりと笑ってふと、手に持っていたおにぎりがぐちゃぐちゃになっている事に気が付きました。
「あああ~っ。こんのおにぎりが……」
温めて食べようと思っていたおにぎりは、すっかり形をとどめていません。
「あらまあ。代わりに屋台で何か買ってあげようか?」
おばちゃんがそう言ってくれますが。
「ううん。こんはおばあちゃんのこのおにぎりがいいの」
首をふると、となりの少年がじっとおにぎりを見ていることに気が付きました。
「おなか空いてるの?」
聞くと返事の代わりに少年のおなかがぐうと鳴りました。
「えーっと、ぐちゃぐちゃだけど、いっこ食べる?」
「いいのか?」
よほどお腹が空いていたのでしょう。少年は喜んで、お米が手につくのもかまわずおにぎりをガシリと掴んで食べ始めました。
「あ」
こんが気がついた時は手遅れでした。
「たくあんのおにぎり~」
残ったシャケのおにぎりも、こんは大好きですが、たくあんのおにぎりは食べたことがなかったから食べたかったのに、そのおにぎりは今、少年の口の中です。
「え? あ、え? ごめん」
こんの顔を見て少年も慌てて謝りますが、飲み込んだおにぎりはもう戻せません。
「あれあれ。まあこんちゃん、その子におにぎりふるまったのは、神様もちゃんと見ていてくれてるから泣きなさんな」
おばちゃんが頭をぐりぐり撫でてくれます。
「ううう~……」
悲しいけれど、仕方がありません。おばあちゃんのふるまいは、もう一度もらいに行っても、もうないでしょう。
残念ですが、たくあんのおにぎりは、また来年。
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