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お姫様とシガツ
その2
しおりを挟む従兄弟? シガツとお姫様が?
マインはびっくりして二人の顔を見比べた。そう言われてみれば似ている…気もするし、そうでもない気もする。その横でニールは真っ青になっている。
「イ……イトコって、まさか……」
そのつぶやきにマリネはにっこりと笑顔で答えた。
「ええ。シガツ様は隣の領主様の孫になりますわ」
田舎の小さな村に住んでいるとはいえ、ニールだって多少は自分の住んでいる領地の事は知っている。
若くして後を継いだ現在の領主様の妹が、隣の領主の息子に嫁いだことももちろん知っていた。
「あーでも。たぶんオレは跡継ぎにはならないし、出来ればあんまりその事言いたくないんだ」
困ったようにシガツが笑う。するとマリネがシガツの両手をギュッと握りしめた。
「帰りたくないのでしたら帰らなくてもよろしいのですわ。わたくしもお父様もシガツ様が我が城にいらっしゃるのを心待ちにしておりますのよ」
このマリネの言葉にマインはムッとした。マイン自身は自分が生まれた場所の事を覚えていない。だから物心ついた頃から住んでいるこの村を故郷だと思っている。
もし自分がこの村を出てどこか別の土地に住んだとしても、故郷のこの村は特別だ。何か帰りたくなくなるような事情が出来たとしても、他の人から「帰らなくていい」なんて言われたくない。
だけどシガツは怒る事なく、ただため息をついた。
「オレは、キミんちに行くつもりもないよ。マリネ」
優しい口調だが、きっぱりと言い切るシガツにマリネは「まあ……」と沈んだ顔をした。けれどすぐに明るい笑顔でぱっと顔を上げる。
「では近くの別邸などどうかしら。シガツ様なら喜んでお父様もくださると思うのだけれど」
良い考えですわと言いたげなマリネにシガツは慌てて首を振る。
「どうしようもなく困った時には頼らせてもらうけど、そうじゃないのに迷惑をかけるつもりはないよ」
「迷惑だなんてそんな……」
そんなやりとりをしていると師匠が頭を下げながら間に割って入ってきた。
「失礼します。よろしければ中にお茶の用意をしてありますので、座ってお話になられてはいかがでしょうか?」
マインはモヤモヤしながらお茶を淹れるためのお湯を沸かしていた。
シガツが隣の領主様の孫だというのには正直驚いた。けど、それについては特に気になりはしなかった。
そんな事よりもマインは、マリネのシガツへの馴れ馴れしさが気になって仕方がなかった。
いくらイトコだからって、女の子が男の子にあんなふうに抱きつく?
師匠特製のブレンドハーブティーの葉をバサリとポットに入れ、お湯を注ぐ。いつもなら美味しく入りますようにと丁寧に入れるのに、今日は無性にイライラしているから乱暴にドボドボとお湯を入れてしまった。
「あちっ」
飛び跳ねたお湯が手に当たり、つい声をあげてしまう。
その声に気がついたのか、シガツが慌ててこちらに来てくれた。
「大丈夫? マイン。火傷したのか?」
心配そうに声をかけてくれるシガツに、マインは自分の失敗がなんだか恥ずかしくなってつい手を隠してしまった。
「大丈夫。なんでもない」
だけどシガツはすぐにマインの手を取り、赤くなった部分に気がついた。
「ちゃんと冷やさないとあとが痛いよ?」
シガツはすぐに小さな桶に水を入れ、その水を魔法で冷やすとその中にマインの手を入れた。
「冷たっ」
「ちょっと冷たいかもしれないけど、しばらくこの中に手、入れといて」
「……癒やしの魔法じゃダメなの?」
シガツはそういう魔法が得意なはずだ。なのにどうして直接魔法で癒やさないんだろう。
マインが疑問に思っていると、シガツが困ったように笑った。
「それでも出来なくはないんだろうけど、火傷って最初、見た目じゃ分かりにくいんだよね。それよりちゃんと冷やしたほうが確実なんだ」
「ふうん。そうなんだぁ……」
感心してつぶやいてふと、シガツの手が自分の手を握っていることに気がついたマインは、カッと頬を赤く染めた。
「あの、お茶。冷めちゃう」
慌てて意識を逸らそうとそう言って水から手を出そうとすると、シガツがそれを止めた。
「お茶はオレが持って行くから、マインはもうちょっと手を冷やしとけよ。女の子なんだからあとが残ったら大変だろ?」
お茶を持って行くシガツの後ろ姿を見送りながら、マインはさっきまで怒っていた事などすっかり忘れてしまっていた。
火傷を心配してくれた事、女の子扱いしてくれた事が嬉しくてたまらない。
ころっと機嫌を直したマインだったが、そのご機嫌は長くは続かなかった。
シガツがお茶を持って行くと、マリネは驚いて立ち上がった。
「シガツ様にお茶を入れさせるなんてっ」
マリネにとってお茶は召し使いが淹れるもの。それをシガツに淹れさせたものだから驚き憤慨しても当然だろう。
だけどシガツがすかさず説明する。
「ここでのオレは、ただの弟子だから。弟子がお客様や師匠のお茶を淹れるのは当たり前だろ?」
生まれがどうあれ今の自分はただの弟子にすぎない。身分から離れればまだ何も成していないただの子供だということは、家出をしてから嫌という程思い知らされた。
それに自分は後を継ぐ事はないだろうと思っている。つまりシガツは一般市民として生きていくつもりだった。ならばお茶くらい淹れられなくてどうするんだろう。
そんなシガツの思いが伝わったのか、マリネは反論することなく出されたお茶を見つめた。そしてにこりと笑いそれを手にする。
「そういえばお母様もお父様に自らの手で淹れたお茶をお出しする時がありましたわ。……せっかくシガツ様がわたくしのために淹れて下さったお茶ですもの。ゆっくりと味わいますわ」
おっとりとした笑みを浮かべてマリネはお茶を口へと運ぶ。
実際にお茶を淹れたのはマインで自分はただ持ってきただけなんだけど、まあいいかと思いつつシガツはマリネに笑みを送った。
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