春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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シガツの風

奪われた首飾り その2

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 ソキの言葉にシガツは少なからず驚いた。もしシガツが力の強い精霊をも捕まえる事が出来たなら、それを利用して目の前の精霊をも捕まえようとしただろう。

 それを知っている精霊は、精霊使いの前で仲間の名を呼ぶ事はないと聞いていた。なのにソキは相手の名を呼んだ。

 年若いソキはそれを知らなかったのだろうか? そんな筈はない。捕まえる時、自分の名を名乗るのを抵抗しいていたのだから。

 ならば何故?

 考えられるのは、自分の指にはめられた指輪の出来の悪さに気づき、名前を教えても彼を捕らえられないと気づいた事。それとも目の前で名を呼ぶ事によってシガツとカティルは風使いではないから危険はないと、二人を庇いたかったのか。

 そしてもうひとつ驚いたのが、名前を知っているという事はソキはこの精霊と知り合いだという事だった。

 基本、風の精霊は群れないと聞いていた。だから風の精霊同士が知り合いというのは稀な事だと思っていた。

 だけどシガツは驚いた事を顔に出さないように気をつけながらソキ達の会話に耳を傾けた。

「ん……? ああ、あの時のちびか。そういえばお前も人間の物が好きだったんだよな」

 言われるまでフィームは気がついてなかったらしく、ソキの姿をじっと見た後、大きく頷きそう言った。

「うん。ハンカチ、キレイだったよ。フィームも見せてもらう?」

 ソキの言葉に慌ててシガツはハンカチを出そうとした。だけどフィームは首を横に振る。

「お前と違って、ただ人間が持ってるだけの物や作られた物には興味ない。知ってるだろうう? ちび」

 そう言いフィームはシガツやカティルを観察するように上から下まで眺め、再び口を開く。

「例えば、そいつがしている首飾り、ちょっと面白そうだよな?」

 シガツの首に目がとまり、ギクリとした。ニヤリと口を歪め首飾りを見るとフィームは今すぐにでもシガツからその首飾りを奪い去ってしまいそうだった。

 下手な事を言えばこの首飾りを奪う為に殺されてしまうかもしれない。

 シガツはゴクリと息を呑んだ。

 ただ作られただけのものに興味はなくて、この首飾りは気になるという事は……?

「私は自分でこれを外す事が出来ません。もし私を傷つける事なく無事なままこの首飾りを外す事が出来るのでしたら、喜んで差し上げますよ」

 精霊と取り引きをするのはとても危険な行為だ。下手な事を言わずそのまま黙ってやり過ごす方が良い場合もある。

 だけどシガツは言葉を選びながらもそう申し出た。普通の物には興味がなくてこの首飾りは気になるという事は、恐らくフィームは持ち主が特別に思っている物が欲しいのではないか?

 シガツの首飾りには魔法の呪文が施されている。それに気づいたフィームはそれがシガツにとって、大切な物と思ったのではないのだろうか。

 その予想が当たっていたのか、シガツの申し出にフィームは途端に首飾りから興味を失ったようにふんと鼻を鳴らした。

 ほっとしたのもつかの間、フィームが今度はカティルへと目をやった。

「お前も、首飾りをしているな?」

 フィームの声に震え上がるようにカティルは自分の首飾りへと手をやった。

「これは……。貴方様が興味を持つような素晴らしい物ではございません」

 怯えながらカティルは首飾りを隠すように握りしめる。

 まずい、とシガツは思った。そんな事をすればかえってフィームの興味を引いてしまう。だけどそれを声に出して言う事も出来ない。

 案の定フィームはカティルの方へと身を乗り出し、ニヤリと笑う。

「興味を持つかどうかはオレが決める。見せてみろ」

 カティルはぶるぶると震えながら、自分の首からそれを外した。逆らえば何をされるか分からない。そう思いながら震える手で首飾りをフィームへと差し出す。

 震える手の中にあったのは、簡素な作りの木彫りの飾りに皮の紐を通しただけの、本当にシンプルな首飾りだった。露店に並べてもおそらくたいした値は付かないだろう。

 だけどフィームは興味深げにそれを見、手を伸ばした。

 カティルは小さく悲鳴をあげながら、それでも無意識に首飾りを握りしめようとした。しかしフィームはいち早く風を吹かせ、その首飾りをカティルの手から奪ってしまった。

「か、返して下さいっ」

 カティルが必死に訴える。それを聞いたフィームはますます笑みを深め、手の中の首飾りを眺める。

「なかなか良い首飾りじゃないか。これ、くれよ」

 フィームの言葉に青ざめながらもカティルは必死に訴える。

「それは……幼い頃に亡くなった妹のたったひとつの形見なんです。どうか勘弁して下さい」

 ああ、とシガツは心の中で叫んだ。

 そんな事を言ったら、ますますこの精霊は首飾りを欲しがる。この風の精霊はおそらくそういった人間の思い入れのある品物を集めているのだから。だからシガツが手放しても良いと言った首飾りは興味を失い、カティルの首飾りは興味を持ってしまった。

 シガツの思った通り、フィームは首飾りを握りしめカティルに告げる。

「オレはこれが欲しい。お前が一言譲ると言ってくれれば何事もなく手に入るんだがなぁ?」

 風の精霊は時に残忍だ。人を殺す事さえ厭わない。だが、だからといって人を殺す事に愉悦を覚える性質でもない。

 フィームは本気でこの首飾りを欲しがっているのだろうか。

 答えはYESに違いなかった。先程の会話から、ソキは昔そのコレクションを見せてもらっていたのだろうから。

 ならばフィームは無理矢理にでも首飾りを奪って行くだろう。最悪、カティルを殺してでもそれを手に入れる。

 死ぬよりは、とシガツはカティルに首飾りを差し出すよう言おうと口を開きかけた。だけどそれより早くカティルがフィームに問いかけた。

「どうしても、ですか……?」

 ガタガタと震えながら、なんとか声を出す。きっとカティルも断れば殺されるかもしれないと分かっているのだろう。

「ああ、どうしても欲しい」

 カティルが怯え、この首飾りを手放そうとしているのか分かったのだろう。フィームは満足そうな笑みを浮かべている。

「で、では、最後にもう一度だけ、持たせて下さい。そうしたらそれは差し上げますから……」

 カティルの懇願にフィームは「いいだろう」と首飾りを投げて寄越した。それを受け取り、カティルは胸に抱きしめる。

「ごめんな、ダメな兄ちゃんで。けど、これが無くなってもいつもお前の事は思っているから……」

 涙を流し、カティルが呟く。そして程なくして彼は首飾りをフィームへと差し出した。


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