春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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シガツの風

はじめての使役 その1

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 青ざめたソキの顔を見て、シガツは契約が成立した事を確信した。

 出来が悪いと言われ続けた指輪だったが、力の弱い精霊ならば通用すると分かり、心が浮き立つ。

 とはいえ、目の前の精霊は最弱の部類にあたるだろう。それでやっと契約が成るだけなのかもしれない。風使いと名乗るにはもっと力の強い精霊を使いこなせなければまわりの期待には応えられないだろうし、あっと言う間につぶされてしまうだろう。

 そう考えると風の塔の師匠達の判断は正しかったのだろう。

 それでもシガツは、最弱とはいえ憧れていた風の精霊を使役出来るという事にわくわくせずにはいられなかった。

 まずは何から命令しようかと考えながら、ふとここが市のど真ん中であった事を思い出した。先程からずっと立ち尽くしやりとりをしている二人に何をしているんだろうと注目が集まり始めている。

 慌ててシガツはソキの手を引いた。

「ひとまずここを離れるぞ。そのまま歩いてオレについて来い」

 命令口調で告げるとソキは素直に頷きシガツの後をついて来た。

 ふと、これが最初の使役になったのかと気づき、ちょっとガッカリした。何かもっとカッコ良い命令をしたかったのに。

 だけど最初はこんなものかと思い直し、シガツは人のいない場所を目指した。

 人混みを抜け、しばらく歩くとやがて広い草原へとたどり着いた。家も店も何もない場所だからだろう、人の姿は全く見えない。

 ここなら大丈夫だろうと思いつつも、念の為にシガツは道を外れ、さらに人の来なさそうな場所へと移動する。

 もう一度人の姿がないか確認した上でシガツは握っていたソキの手を放した。

 幾分気持ちが落ち着いたのか、ソキの顔も先程よりは青くない。

 シガツは大きく息を吸い、にこりと笑顔を作った。

「改めて。オレの名前はシガツ。これからよろしくな」

 手を差し出し、握手を求めた。だけどソキはきょとんとしている。

 考えてみればマスターである風使いが使役する風の精霊に握手を求めるのはおかしかったのかもしれない。

 自分の失敗を隠すため、なるべく自然に手を下ろす。それを見たソキは少しだけ戸惑った様子を見せた後、少し表情を和らげた。

「わたしは……ソキだよ。よろしく。……シガツ」

 手こそ差し出さなかったものの、ソキが挨拶を返してくれた事は嬉しかった。しかし少し不満もあった。使役している精霊から「マスター」と呼ばれたいという思いがあったからだ。

 だけど、とシガツは思い直す。

 この先ソキ以外の風の精霊を使役する事は出来ないだろうし、それでは風使いを名乗る事も出来ない。「マスター」なんて呼ばれる程の人間ではないのだからこれで良かったんだろう。

 気を取り直し、シガツはソキを見た。

「えーと、じゃあソキ。お前、何が出来る?」

 シガツの質問に再びソキはきょとんとした。

「何がって、例えば何?」

 質問で返され、シガツは首を捻った。

 風の塔で、指輪が上手く出来た時の為にと契約する方法までは予習していた。けれど使いものになる指輪が作れなかったと判断されたシガツは契約後にどうすれば良いのかまでは詳しく習っていなかったのだ。

 とはいえ軽くは教わっている。まずはその精霊が出来る事と出来ない事を知る事だ。だからシガツは先程の質問をしたのだが。

「例えば……何だろう?」

 力の弱いと分かっている彼女に出来る事が思いつかない。力の強い精霊ならばマスターを風に乗せ宙に浮かせる事も可能だろうし、強い風で様々な物を吹き飛ばす事も出来る。

 だけど力の弱い精霊の出来る事は……?

 シガツは少し考え、ソキを見た。

「だいたいどのくらいの高さまで飛べるんだ?」

 シガツの質問にソキはひょいと空を指さす。

「ずっと上まで行けるよ」

「ちょっと一回高く飛んでみて」

 言葉で聞くよりも実際にどのくらいまで飛べるのか見た方が早いだろう。

 そう思いシガツはソキに指示する。するとソキは「うん」と頷きそのままひゅうんと上を目指して飛び始めた。

 それはシガツが思っていたよりもずっと早く、ずっと高かった。

 まさに風だ。風に飛ばされた帽子の様に一瞬で空高くまで舞い上がっていった。そしてふわりと再び地上へと舞い降りる。

「す、すごい」

 思わず言葉がもれる。

 気配を消していたとはいえ、人混みに紛れて気づかない程の力の弱い精霊だからと過小評価をしていた事を思い知る。力が弱くてもあんなに高い場所まで飛べるのか。

 幼い頃に偶然見た精霊や、風の塔で使役されていた精霊はもっと力ある者達だったから空高く飛べて当たり前と思っていたが、もしかしたら風の精霊自身が空を飛ぶのは能力にそれほど差はないのかもしれない。

 しかしそれならソキはどこまでの事が出来るのだろう?

 だがそう質問したところで先程の様に「どこまでって何が?」と質問を返される事は目に見えていた。

 ひとつひとつ確認していった方が確実か。

 シガツは目の前にいる少女の姿をした精霊がどこまでの事が出来るのか考え始めた。


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