春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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大人達の春祭り

その1

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 監督不行き届きだったと思いつつ、エルダはため息をついた。

 マインは風の精霊であるソキを祭りに連れて行きたがっていたのだから、もうちょっと気をつけておくべきだった。

 だが済んでしまった事をあれこれ後悔しても仕方がない。

 幸いエルダはこの村の人達に絶大な信用を得ていた。だからこそ既婚者で村長の娘でもあるキュリンギが彼の元へと通い詰めても誰も彼を責めなかったし、魔物退治の依頼を受け余所の村へ行ってくると言えば必ずこの村に帰ってきてくれと言われた。

「エルダ~。こんな所にいらしたのね」

 いつもより更に着飾り頬を紅潮させたキュリンギが、嬉しそうに胸を揺らしながら彼の元へと駆けて来る。

 先程まではあれこれ理由を付けて彼女から逃げ回っていたのだが、事情が変わってしまった。彼女に気づかれないようため息をつき、エルダはキュリンギがやって来るのを待った。

「あっちでニールとマインちゃんが踊っていたわよ。わたし達も踊りましょうよ」

 すいとエルダの腕を取り、キュリンギは彼をダンス会場へと連れて行こうとする。

「いえ……」

 その場に立ち止まり、エルダは首を横に振った。

「ええ? 良いじゃない。……そういえばソキちゃんとシガツ君の姿が見えないわね?」

 するどいキュリンギの指摘にエルダは息をつき、苦笑いした。

「その事について少しお話があるのですが、良いでしょうか?」

 隠していても仕方がない。子供達はあれ以上騒がずにいてくれたけれど、ソキが風の精霊だという事はその内村中に広まるだろう。それならば先にこちらから話をしておくべきだ。

 そういう意味ではキュリンギはうってつけの人物だった。エルダの事を好いていてくれているから味方になってくれるだろうし、村長の娘である分、発言力もある。ソキとも面識があるから彼女が悪い子ではない事が分かってくれるだろう。

「? 何かありましたの?」

 首を傾げ、エルダを見る。彼の方から話があるなんて切り出すのは珍しい事だ。という事は大切な話なのだろう。

 キュリンギはエルダの腕を放し、彼の正面へと立った。

「……ソキの事なのですが、実は彼女は風の精霊なのです」



 真剣な顔をして言うエルダをキュリンギはじっと見た。

 ソキちゃんが風の精霊?

 にわかには信じられなかった。確かに線の細いきれいな子だとは思ったけれど、いたって普通の子に見えた。マインちゃんとだってとても仲良く遊んでいたのに……。

 けれどエルダがこんな真剣な顔をして嘘をつくとも思えない。

「隠すつもりはなかったのですが、知らせるのはもう少し後、時期を見てと思っていたのです。しかしマインがこっそり祭りに呼んでしまって……。ニール達を大変驚かせてしまったようで……。申し訳ありません」

 頭を下げるエルダにキュリンギは慌てた。

「大丈夫ですわ。エルダが安全と判断して星見の塔に置いているんでしょう? だったら誰も反対しませんわ」

 エルダに対する絶対の信頼。もちろん彼女が彼を好きだという事もあるけれど、他の人達も同じくらい彼の事を信頼している自信がキュリンギにはあった。

「しかしニール達を怖がらせてしまったのは事実ですから」

 すまなそうに言うエルダにキュリンギはにっこりと笑うとその手を取った。

「心配なさらないで。わたくしからも父に言って村のみんなに伝えますし、ニールにも言い聞かせておきますから」

「ありがとうございます。助かります」

 キュリンギの好意を利用しているようで胸がチクリと痛んだが、それで丸く収まるならとエルダはにこりと笑顔を作った。



 ひとまずは安心か、と胸を撫で下ろした時、エルダの後ろに視線をやったキュリンギが突然眉を曇らせた。

 その視線をたどり、振り向いたエルダはそこにいた人物に苦いものを感じた。

「今晩は、星見の塔の魔法使い殿。お元気そうでなによりです」

 エルダが見ている事に気づいた彼は声をかけてきた。

「今晩は。皆様もお元気そうで」

 キュリンギの存在を無視するような彼の態度が気になりながらもエルダは当たり障りのない言葉を交わす。

「新しいお弟子さんが入られたそうで。村の治安もますます安心になりますね」

 キュリンギの夫である彼は村長の補佐をしている。だから村の益になる事は歓迎すべき事なのだろう。

「それともう一人、新しい子がいるとか……」

「はい。今その話を奥様にお話ししていたのです」

 奥様という言葉にキュリンギもその夫であるサールもお互いに嫌な顔をした。しかしエルダは気づかなかったふりをして言葉を続ける。

「村長にも聞いてもらいたいのですが、今村長はどちらに?」

 エルダの問いにサールは後ろを振り返り、ひとりの女性を見た。大人しそうなその女性が控えめに答える。

「村長は今、あちらで皆様とお酒を酌み交わしていらっしゃいます」

 うつむき、決してキュリンギと目を合わせようとしない彼女がサールの恋人だという事はエルダも知っていた。割り切っているキュリンギとは違い、彼女は不倫しているという事実を後ろめたく感じているのだろう。

 村の誰もがその事を知っている。キュリンギやマインの様にさっぱり気にしない村人もいれば不道徳だと陰口を叩く村人もいる。陰口をたたかれれば辛いだろうに彼と別れないのは、きっとそれだけ彼の事を愛しているのだろう。

 かわいそうにとは思うものの、エルダはその事に口をはさむつもりは無かった。

 ふと、村人達が自分達に注目している事にエルダは気づいた。

 あからさまには見ていないが、チラチラとこちらを見ている視線をあちこちから感じる。

「では村長の所に行きましょうか」

 逃げ出すようにエルダはそう告げ、歩き出した。


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