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春の夜祭り
精霊と祭り その1
しおりを挟むニールはドキドキしながらマインを見つめた。
チィロに「こっそりみんなを呼んで来い」と頼んだ事で、やっとマインと二人きりになれた。今の内に、今度こそマインに自分の気持ちを分かってもらおう。
ごくりと唾を飲み込み、ニールはギュッと拳を握りしめ覚悟を決める。
これまでもそれとなく自分の気持ちを伝えようとしてみたが、マインは鈍いのか全く気づいてくれない。
だったらこれはもうストレートに好きだって伝えるしかない。
だけど、そう考えて言うタイミングを計ろうとするニールだったが、心臓がドキドキするばかりでなかなかマインに話しかけられない。
マインはといえば、そんなニールにはちっとも気づかずに連れて来てもらった場所をぐるりと見渡し、満足そうに微笑んだ。
「うん。ここなら祭り会場から離れてないのに大人の目は届かないね。ありがとうニール」
満面の笑みでマインはニールに感謝を述べる。
ただお礼を言われただけなのにマインに笑いかけられて、ニールはパアッと嬉しくなった。今までの緊張が一気にほぐれ、浮きたつ気分に今なら言えるかもしれないと口を開く。
「あの……」
「そうだ。ね、ニール」
ニールと同時にマインも言葉を発した。
「え? あ、うん」
「あ、なに?」
またもお互い同時に喋る。
そんな様子が可笑しかったのだろう、マインが楽しげに笑いだした。ニールもマインが楽しそうなのが嬉しくて、ついつられて笑ってしまう。
「マイン、先にどうぞ」
ひとしきり笑った後、ニールはそう告げた。
ここで先に告白したらマインの言いたい事が聞けなくなってしまうかもしれない。マインの事は何でも知りたいから、聞けなかったら絶対後悔する。
「あ、うん。あのね……」
マインは笑いの余韻に少し言葉を詰まらせながらニールを見た。
「もうすぐみんな来ると思うけど、先にソキ、呼んでいい?」
マインの言葉に、例の友達とどこかで待ち合わせているのだろうか? とニールは首を傾げた。
「今から呼びに行くの?」
だとしたら、マインと二人きりでいられる時間はもうないかもしれない。
告白のチャンスは今しかない。
「だったらその前に……」
慌ててそう話しかけたのだが。
「すぐ近くにいるはずだから呼べば来ると思うよ」
ニールの言葉に気づかずマインは暗い空へと視線を向けた。そしてそのまま、笑顔で友達の名前を呼んだ。
シガツとマインが行ってしまってからしばらくの間、ソキは星見の塔の近くにいた。風の精霊であるソキは風と共に素早く飛ぶことが出来る。だから多少遅れて出発してもあっと言う間にシガツたちに追いつけるだろう。
記憶を取り戻してから何度かこの近辺の上空を飛んでみたので村がどこにあるのかはバッチリ分かっている。祭りの会場も空から探せば一目瞭然だろう。
マインにもらった花冠やコサージュを痛めないよう気をつけながらソキはふわりと塔の上へと舞い降りた。
最近、ひとりの時はここがお気に入りの場所だった。風もよく通るし、景色もとても良い。
「ソキ、いますか?」
ふと師匠の声が聞こえ、ソキはどうしたんだろうと首を傾げた。シガツやマインに呼ばれるのはいつもだけれど、エルダがソキを呼ぶ事は滅多にない。
「なぁに? ししょー」
ふわりと飛び降り、ソキはエルダの元へと向かった。
「今から私も祭りへ行きます。今年は淋しい思いをさせてしまいますが、遠くで見るだけで我慢しておいて下さいね」
申し訳なさそうに言う師匠にソキはちょっとだけ罪悪感を覚えた。もしもソキも祭りの会場にこっそり行くと知ったら、師匠は怒るだろうか。だけどせっかくマインが楽しみにしているのに今更なしになんて出来ない。
「では行ってきます」
エルダはソキの返事を待たず、そう言うと荷物を持ち村へと出かけて行ってしまった。
エルダを見送りながらソキはまた、少し迷った。やっぱり遠くから見てるだけの方が良いのかな。
でもマインはもうソキを呼ぶ気でいてくれているし、シガツも良いと言ってくれた。それにソキ自身、お祭りに参加したかった。だから師匠の言う事は考えないようにしようと決めた。
やがて日が傾き、それから薄暗くなり始めた頃、ソキは村へと向かった。祭りの日に空を見上げる者はそう多くはないだろうが、それでも村の近くに降り立つとなるとなるべく目立たない方が良い。
そう思ってソキは薄暗くなるのを待って村へと飛び立った。
村に近づくと賑やかな楽しそうな人々の声や音楽が聞こえてきた。祭りの会場はたくさんのランプに照らされ明々としている。そして風に乗って飛んでくる、様々な食べ物の匂い。
ソキは目を閉じるとうっとりとした。ずっと憧れていた、小さな村の人々の素朴で温かなお祭り。その和の中に加わる事が出来ると思うだけで胸がドキドキした。
村の大人達に見つからないよう、そっと会場近くの暗がりにある樹の上へと舞い降りる。それから辺りを見渡し、シガツとマインの姿を捜した。
シガツの姿はすぐに見つかった。一緒に旅をしていた頃から別行動をした時に彼の気配を捜すのは癖になっていたので、すぐに分かった。てっきりマインも一緒にいるだろうと思っていたのに傍に彼女がいなくてソキはちょっと驚いた。
人がたくさんいるから見落としてしまったのかと、ゆっくりとシガツの近くの人達の顔を見てみるけど、やっぱりいない。
少し考え、ソキはシガツ達の会話を風に乗せて拾った。
最初は何を言っているのか分からなかったけれど、話を拾っていく内に今からマイン達と合流するらしい事が分かった。
そこでソキはシガツ達が行こうとしている先の方へと視線を巡らせた。するとほんの少し離れた場所にマインと男の子の姿を見つけた。きっとあれがニールなんだろう。
楽しそうにお喋りをしている二人を見ると、早くあの中に入れたら、と思う。シガツとマインとニール、それからまだ名前は知らないけれど、他の女の子や男の子。たくさんの人間の友達が出来る事を思うとソキはワクワクせずにはいられなかった。
風の精霊は基本、一人立ちしてからは群れる事はない。だから仲間と一緒に遊ぶとか、そういった事は珍しい。
そういった意味でソキは変わり者なのかもしれない。遠くから人間を見ている内にいつしか仲間に入ってみたい、誰かと一緒に遊びたいと思うようになっていた。
早く呼ばれないかな。
マインに編んでもらった花冠をかぶりなおしながら、マインが名前を呼んでくれるのを待つ。
シガツ達の方へと目をやると、もうほとんどマイン達の近くまで来ている。
「すぐ近くにいるはずだから、呼べば来ると思うよ」
そんなマインの声が耳に届く。マインの方に振り返ると、マインは続けて彼女の名を呼んだ。
「ソキ」
呼ばれた事が嬉しくて急いでマイン達の元へと飛んで行く。
「呼んだ? マイン」
ふわり、と空の上から呼んでくれた友達の名前を呼ぶ。そして彼女と、その隣の男の子ににこりと笑いかけた。
ゾワリとニールは総毛立った。
マインが友達の名前を呼び、見上げた空から現れた、少女。人と同じ形をした、けれど決して人でありえる筈のないその異形の姿にニールは恐怖と共に後ずさった。
目の前に降り立ったその異形を見て悲鳴をあげずに済んだのは、傍にマインがいたからだ。彼女に情けない姿は見せられない。
けれど本能は目の前の異形から逃げ出せと言っている。今すぐこの場から離れろと。
だがマインを置いて逃げる訳にもいかない。ならば、この異形をここから追い払わなければ。
一瞬の内にそんな事を考えたニールは無意識に地面に落ちている石を拾っていた。
チィロが「あそこだよ」と指さしたのと、マインがソキの名前を呼ぶのが聞こえたのはほぼ同時だった。
シガツはまずい、と思った。ニールの方は分からないが、まだこちらにいる子達にはソキの説明をしていない。いきなり風の精霊が現れたら、きっと驚くだろう。
シガツはソキに来るなと言おうとしたが、すでに遅かった。ソキはマインとニールの前へと姿を現した。
少し距離があったせいだろうか、エマ達はソキがどこから現れたのかが分からず不思議な顔をしたものの、特に彼女に対しての畏怖心は無かった。
問題はニールだった。見るからに顔が青ざめている。
まずいと思い、シガツはソキ達の方へと駆け出した。
最初は笑顔をニールとマインに向けていたソキだったが、彼の恐怖心を感じ取りその顔から笑顔が消えた。
いったんどこかへ姿を隠せとソキに伝えようとしたが、それより早くニールが石を拾うのがシガツの目の端に入った。
「ダメだ!」
とっさにシガツはソキへと向けられた石つぶてへと手を伸ばした。
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