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春の夜祭り
たくらみ その1
しおりを挟む翌日、ニールはいつもつるんでいる仲間達を集めた。
「星見の塔の魔法使いの所に新入りが二人入った」
前置きなしに始めた話にみんな目を丸くする。期待通りの反応にニールはにんまり笑った。
「新入り? 二人も? 魔法使いなの?」
「男? 女?」
「何歳くらいなの?」
みんな矢継ぎ早に興味津々とニールに質問する。こんな田舎の小さな村にいるとどうしても日々同じ事の繰り返しになってしまうから、目新しい事にみんな飛びついてくる。
「歳はオレと変わらないくらいだ。男一人女一人で、女の方にはまだ会ってないが男の方はマインと同じ魔法使いの弟子だそうだ」
ニールの言葉を聞いてみんなちょっとガッカリしたようだった。
「それじゃあなかなか会えないね」
星見の塔には近づくなと大人達に言われている為、もう何年も住んでいるマインとでさえ滅多に顔を合わす事がない。だからその新入りの顔を見れるのもいつの日になる事かとみんなガッカリしたのだ。
だけどニールはみんなにそんな顔をさせる為にここに集めたわけじゃない。
「いや、春の夜祭りには顔を出すって言ってたから、その時に会えるぞ」
そう告げるとみんなは一斉に顔を輝かせた。
「へえ、楽しみ」
「どんな子かな」
わいわいとまだ見ぬ新入りに思いを馳せる子供達。これできっと当日はこいつらに囲まれて新入りは身動き出来なくなるだろう。
だけどそれだけでは万全とは言えないかもしれない。ニールは子供達の中であまり喋らずじっと他の子たちの話を聞いている女の子にちらりと目をやった。
みんなの輪の外側で黙って話を聞いていたエマは、ニールが他の子が注目していないのを確認した後こちらへやって来るのを見て、イヤな予感がした。
「エマ、新入りの女の子はお前とも歳が変わらないそうだから、是非仲良くしてやってくれ」
少し声を潜めてにやりと笑いながらニールが言う。それを聞いてエマは小さく息をついた。
イヤな予感ほど当たると言うけれど、やっぱり面倒事らしい。
ニールとエマは本当に小さい頃からの付き合いだ。まあ村の子供達はみんな、歳が近ければ兄弟のように育つのだが。それにしても一つ違いのエマは、小さな頃はお姉さんなんだからとニールの世話をするようにと言われ、ある程度大きくなってからも何かとニールにわがままを押しつけられてきた。だからニールの性格なんてお見通しだ。彼が本気で新入りと仲良く、なんて思ってない事など明白だった。
「つまり、わたしはその新入りの女の子を引き止めておけばいいわけね?」
小声でニールに確認する。ニール本人が口に出した事はなかったが、彼がマインに夢中な事も当然知っていた。
新入りが星見の塔にいるならばマインを頼って一緒にいようとするだろう。だからエマに引き留めさせておいてその間にマインを誘おうとしているんだろう。
「女の子だけじゃなく男の方とも仲良くしてくれて、いいんだぞ。もちろんみんなで歓迎してやるなんてのも、いいかもな」
エマの考えを肯定するようなニールの言葉に再びため息をつく。
やはり先頭に立って新入りを歓迎するふりをして引き止めておけって事なのだろう。あまり先頭に立つのは得意ではないのだが、仕方がない。
「分かったわ。新入り二人とみんなで仲良くお祭りの案内でもするわ」
エマの言葉にニールは満足し、にんまりと笑った。
裏の意味なんて悟らずに純粋に歓迎出来たなら良かったんだけど。
面倒な事を頼まれてエマは暗い気持ちになりそうだった。だけどそれでも彼女はニールの事を嫌いにはなれなかった。
夜、あとはもう寝るだけという頃になってマインはこっそりと台所へと向かった。
火を着けお湯を沸かし、ポットに二人分の茶葉を入れる。それからゴソゴソと棚の奥をさ探り、数日前に焼いておいた固焼きのビスケットとジャムの瓶を取り出した。
「んー、ソキは小食だから、このくらいで良いかな」
カップ二つとそれらをお盆に乗せる。沸騰したお湯を火傷しないよう気をつけながらポットに入れ、お茶帽子をかぶせるとそれもお盆に乗せてマインは自分の部屋へと向かった。
「ソキ、ちょっとお茶しない?」
窓を開け、彼女を呼ぶ。最近彼女は樹の上がお気に入りのようで、夜に呼ぶとたいていそこからフワリと飛んできた。今晩も同じように樹の上から姿を現すとソキはにこりと笑った。
「こんな時間に、いいの?」
もう寝る時間なのに、今からお茶なんか飲んで大丈夫? とソキはちょっぴり心配そうな顔をしている。
「いいのいいの。こんな時間じゃないとなかなか二人っきりで話とか出来ないじゃん」
にこにこ笑いながらマインは手招きをした。
実際ソキとゆっくり話をしようと思っても、なかなか出来ない。シガツが弟子になる前は自由な時間に二人で遊ぶ事が結構あったから色んな話が出来たけど、最近は三人でいる事が多くなった。もちろんソキと二人で遊ぶ時もあったけれど、反対にシガツとソキが一緒にいる事もあった。
そして例えソキと二人で遊んでいても、途中でシガツや師匠が声を掛けてきて二人きりでなくなる事もある。
だから、秘密の話をしたかったら、この時間じゃないとダメなのだ。
マインに招かれソキは窓からするりと部屋に滑り込んで来た。
「あ、ここ座って」
ベッドの上を指さしマインは自分もベッドの上へと座る。ソキとの間にはお茶とお菓子の乗ったお盆。
「あ、お茶熱いからこぼさないよう気をつけてね」
ベッドの上は不安定だからうっかり動くと揺れてお茶をこぼしかねない。火傷をしないよう慎重にお茶を注いでマインはソキへと渡した。
カップを受け取り「ありがとう」と呟くとソキは、まずお茶の香りを楽しんだ。ふわりと漂う甘い香りはリラックスさせてくれるので大好きだ。
一方マインは自分用に入れたお茶をふうふうと冷ましながら一口、口に含んだ。
「あのね、ソキ。春の夜祭りの事なんだけど、師匠には秘密でこっそり来ない?」
にこりと笑ってマインが言う。
「ソキは人を傷つけるような子じゃないんだし、記憶が無かった時にキュリンギさんと会ってるけど、全然大丈夫だったじゃん。だから村の人達も分かってくれると思うの。師匠は順序があるって言ってたけど、春の夜祭りが最初でもいいじゃん? だから師匠と、それにシガツも良い顔してなかったから二人に内緒で夜祭り、一緒に行こう?」
期待を込めた瞳で見られてソキは戸惑った。
確かに、春の夜祭りには興味がある。マイン達と一緒に参加出来たならどんなに楽しいだろうか。
だけど本当に大丈夫なのかな?
不安に思うソキにマインは更に押してくる。
「夜祭り、楽しいよ? みんな良い人達だし。ね、行こうよ」
じっとマインに見つめられ頷きたかったが、それでもソキはそうしなかった。
「でもやっぱり……。怖いと思う人はいると思うの」
ソキは人間が好きで、シガツに出会う前も何度も人の行き交う市場やなんかに紛れ込んでみた事がある。人のふりをして会話をし、先程まで親切にしてくれて楽しく過ごした相手でも、ソキが風の精霊と分かった途端に悲鳴を上げ逃げて行く人がほとんどだった。
その度ソキは淋しい思いをしていたが、それは仕方のない事だとあきらめてもいた。
だからマインの様に風の精霊と知った後も態度が変わらないだなんて、本当に稀なことだった。その事にとても驚いたし、そしてとても嬉しかった。
だけど他の人達は違う。ほとんどの人は精霊を怖がる。そう思うとどうしても行くのを躊躇ってしまう。
なのにマインは首を振る。
「そんな事ないよ。本当に良い人達ばっかりなんだから」
自信たっぷりにそう言われると、怖がらずに受け入れてくれるんじゃないかって気もしてくる。実際マインも師匠もソキを受け入れてくれたし、キュリンギさんだってマインたちにパンを焼いてきてくれたりする良い人だ。この村の人ではないけれど、近くの街にはシガツを助けてくれた親切な人もいる。そんな人達が住む土地なら、ソキを怖がらずにいてくれるかもしれない。
そうは思っても、やっぱりソキはなかなか首を縦に振る事は出来なかった。
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