春風の中で

みにゃるき しうにゃ

文字の大きさ
上 下
14 / 92
シガツ君の魔法修業初日

その1

しおりを挟む



 星見の塔は村から少し離れた小高い丘の上に建っている。だから朝日が昇るのもほんの少しだけれども、村より早い。

 普段だったらぐずぐずと、「朝起きるのが嫌だなぁ」「もう少し寝てたいなぁ」「村だったらあと一分でも眠れてたのかなぁ」なんて言いながらなかなか起きようとしないマインだったけれど、今日に限ってはパッと目覚め、シャキシャキ起きあがるとさっさと着替えを済ませた。

 そして意気揚々とシガツの寝ている部屋へと赴くと、ノックもせずに客間の扉をバンッと開けた。

「シガツっ。今日からここの弟子なんだから朝食作りなさいっ」

 昨日までは客人扱いだったけど、今日からシガツはここの弟子。しかも自分よりも新人だ。だったらシガツが朝食を作るのが当たり前でしょ?

 そう思ってマインは彼を叩き起こすつもりだったのだ。

 ところがシガツが寝ているはずのベッドは空で、布団もきちんと畳まれている。

「あれ?」

 その様子にマインはぽかんと固まってしまった。

 部屋、間違ったっけ?

 そんな筈はないとマインは首を振る。昨日あれだけソキを追い出しシガツをこの部屋に寝かせる事を抗議したのだ。間違ってる筈がない。それに客間以外の部屋はまだ掃除をしていない筈だ。

 じゃあどこに行ったの? と首を傾げていると後ろから、捜していた人物の声がかかった。

「おはようございます」

 にこやかに朝の挨拶をするシガツ。

「もうすぐ朝食出来ますんで……」

 そう言い残すとシガツはぽかんとするマインをその場に残してパタパタと台所の方へと行ってしまった。



 やっぱ早起きして朝食を作って正解だったな。

 食卓に朝食を並べながらシガツは小さく安堵の息をついた。以前修業していた風の塔でも先輩たちはあれこれと厳しかった。

 昨日エルダにここで魔法修業をしないかと誘われて頷いた時、先輩弟子のマインが隠す事なく嫌な顔をし、それどころか不満を口にした事をシガツはしっかりと気がついていた。自分だから嫌なのかそれとも誰であろうと新入りが入ることに反対なのかそこまでは分からない。だけどマインに歓迎されていない事は明らかだった。

 そうなると何かと雑用を押しつけられるだろう事は予想が出来た。だからひとまず言われる前に朝食を作ってみたのだ。

「おはよう。おや、良い香りですね」

 食堂に入って来た師匠のエルダがテーブルの上に並んだ食事を一瞥した。そこには明らかにマインが作ったものとは違う食事が並んでいると思ったのか、感心したように呟く。

「シガツが作ったんですか?」

「はい。お口に合えば良いのですが」

 シガツは曖昧な笑みを浮かべながら師匠に答えた。

 風の塔にいた頃習ったおかげで食事を作る事は出来るのだが、決して料理が得意というわけではない。食べられない程不味い物を作る事はないが、誰もが美味しいと言える料理を作れる腕は持ってない。それはシガツも自覚していた。

 朝食として無難なメニューを選んで作りはしたが、それでも受け入れてもらえるかどうか不安だった。



 出鼻をくじかれ呆然としていたマインは、はたと我に返って食堂へと急いだ。中へ入るとテーブルの上にはすでに食事が並び、師匠も椅子に座っている。

 朝食を作らせるつもりではあったけれど、すでに作ってあるとなるとなんだか釈然としない。ぐずぐずと席に着けずにいると、師匠の声が飛んできた。

「どうしたんですか、マイン。早く席に着いていただきましょう」

 そう言われしぶしぶ座ろうとしたマインは、テーブルの上の料理に気づき、愕然とした。

「ちょっと待って! なんで三人分しかないのっ?」

 テーブルに並べられた朝食は、三人分しかなかったのだ。パンもスープもサラダも、何もかもが三皿ずつしか用意されていない。

 しかしシガツはそれでどうしてマインが怒っているのか分からないようで、きょとんと首を傾げている。

「師匠とマインさんとオレとで、三人分でしょ?」

 それが当たり前と言わんばかりに指折り数えるシガツの顔に腹が立つ。

「ソキの分がないじゃん!」

 なんで彼女の名前が抜けるのよ、とマインはシガツをにらんだ。最初は単に数を間違えたんだろうと思ってただけなのに、これじゃあわざとソキの分を用意していないみたいだ。シガツの方がソキと付き合い長いんだから、彼女の存在をうっかり忘れてたなんてあるわけない。

 なのにシガツはそう指摘されてもきょとんとしたままで、マインはますます腹が立った。

 本当にソキに食べさせないつもりなの?

 ところが憤るマインの背後から、ふわりとソキの声が聞こえてきた。

「いらないよ?」

 びっくりして振り向くと窓の外でソキがにこにこと笑っている。

「え、でも……」

 気づいたシガツが窓を開けるとソキはするりと中へ入ってきた。

 本人にいらないと言われると強くは言えないけど、その理由が分からずマインはモヤモヤした。

「そういう事ですから。さあ、いただきましょう」

 師匠とシガツが席に着き、マインにも着席を促す。仕方なく座るといただきますの挨拶と共に朝食が始まった。

 なんでソキだけのけ者にするの? しかもソキまでそれで良いって言うなんて……。

 ちらりと見るとソキはシガツの隣りにふわりと浮いている。そして不満そうな顔のマインに気づいてにこりと笑いかけてきた。

「どーしたの? マイン」

 訊かれてマインは口を尖らせながら言う。

「なんでソキは一緒に食べないの?」

 マインの質問にソキはふわりと笑った。

「ソキたち精霊は人間とは違うものから生きる力をもらってるから、食べなくてもへーきなんだよ」

 ソキの言葉にマインは首を傾げた。

「でも昨日までは食べてたよね?」

 ソキが嘘をつくとは思わない。でも、少食だったとはいえ記憶を失っていた間はちゃんと食事をしていたのだ。なのに今更、食べなくても平気だなんて。

 そんな二人のやりとりを見ていたシガツが、マインの疑問に答えるようにひょいとひと匙、自分のスープをソキの前に差し出した。

「食べなくても平気だけど、食べても問題ないんだよな」

「うん、味見するの好き」

 そう言いソキはパクリとスプーンをくわえる。その目の前の光景に、マインはガツンと殴られたようなショックを受けた。

「な、な、なにしてんのよーっ!」

 思わず叫んでしまった。叫ばずにはいられなかった。

 だってその行為はまるで、飼い主がペットにおやつを与えているようにも、恋人同士が「あーん」をしているようにも見えたのだ。

「お行儀悪いですよ、シガツ。食べさせるならソキの分も用意して構いませんから」

 エルダも今の行動を良いとは思わなかったんだろう、静かな声ではあったけど顔を少ししかめながらきっちりシガツに注意する。

 思わぬ味方に『ざまあみろ』とほくそ笑んだのも束の間、師匠は表情を変えないまま、くるりとマインの方へと向く。

「それからマインも、食事中に大きな声を出さない」

 師匠である自分がシガツを注意した事によってマインが調子に乗らないように、エルダは彼女への注意も忘れなかったのだ。

 その事にムッとむくれるマインの傍でシガツは申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません、ついクセで……。一口食べればソキは満足するんで、いつもこうやってあげてたもんだから」

 わざわざソキの分を用意しても結局余ってしまってもったいないからと、謝りつつ説明する。

「なら今度からわたしの分からソキにあげるから」

 シガツの言葉を聞いたマインはすかさずきっぱりとそう言い放った。

 家族でも恋人でもない男女があんな事するなんて、いやらしい。いくら友達同士と言っても、普通男の子と女の子があんな風に食べさせあったりなんて、するわけないじゃん。

 プリプリ怒りながらシガツを睨みつける。だけどシガツは、どうしてマインが怒っているのかさっぱり分かっていないらしく、誤魔化すように曖昧な笑顔を作って「はい」と返事をしているようだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

処理中です...