春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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春風の少女

春風の少女 その2

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 ふわりと舞い上がったフウは、そのまま塔の上へと向かった。彼が一瞬見えた塔の窓は小さく、そこから中に入ることは難しい。塔の中に入るなら、エルダの向かった出入り口か塔の上からだ。

 本能的にそう悟ったのかフウは一直線に上へと向かった。

 そんな彼女を追いかけるようにマインも走り出す。

 なんで? なんでフウは行かなきゃなんないの?

 こんな風に空を飛ぶ姿を見せつけられては彼女が風の精霊という事実を受け入れざるを得ない。けど、師匠に習った事が本当なら精霊は魔物と関わりたがらないはずだ。

 なのにフウは自分の意志で魔物のいる塔へと入ろうとしている。

 もしかして、とマインは考えた。

 もしかしたらあいつ、魔物なんかじゃなくて風使いなの? 師匠はもう効力ないって言ってたけど、本当はまだあの契約の指輪は有効であいつがフウを呼び寄せてるの?

 だけど本当の事など何も分からないまま、フウは塔の屋上へと降り立ちマインも塔の出入り口へと向かった。



 魔物との距離を縮めぬように後ずさりながら少しずつ階段を下りていた少年だったが、あと数段というところで魔物に襲いかかられ、そのまま一階の床の上へと押し倒されてしまった。

 両肩を押さえ込まれ、魔物の爪が食い込んでくる。少年は魔物を払いのけようともがいたが、魔物はそれを許さなかった。

 近すぎる。このまま魔法弾を放てば少年にも当たってしまう。

 エルダは発動しかけた魔法弾を放つのを躊躇した。しかしこのまま見過ごすわけにもいかない。どうすべきかと逡巡した時、少年の胸元で何かがまばゆい光を放った。

 魔法の光と思われるそれに弾かれるように悲鳴をあげ、魔物は少年から離れた。

 そのチャンスをエルダは見逃さなかった。発動しかけていた魔法を完成させ、光球を魔物へと一気に放つ。

 魔法で出来た光の玉はうねり、音をあげながら魔物へと直撃した。エルダがいることさえ気づいていなかった魔物は障壁を張ることも逃げる暇さえなく攻撃を受け、絶叫した後そのまま倒れた。

 エルダが塔の中へ入って来ると、少年は身を起こし驚いたように彼を見た。

「大丈夫ですか?」

 声をかけると少年は頷いた。エルダが魔物に息がない事を確認していると、少年が静かに尋ねてきた。

「危ないところをありがとうございます。…星見の塔の魔法使い…様ですか?」

 少年の問いにエルダは静かに頷く。

「君は?」

 尋ね返した問いに少年が答えようとした時、階段の上から誰かが降りてくる気配がした。

 二人共に身構えそちらを見る。

「…シガツ……?」

 そう呟き降りて来たのは、フウだった。



 塔の屋上へと舞い降りたフウは、階下に戦いの気配を感じた。

 怖い。足が震える。でも行かなくちゃ。

 不安と焦りを感じながら塔の中へと入る階段を見つけすぐさまそちらへと足を向ける。

 ドンッと大きな音と振動があったのはその階段を下り始めた直後だった。

 更に不安が募る。

 どうか無事でいて。

 無意識にそう祈りながらフウは階段を下りていった。

 階下は妙に静かだった。その静けさに、つい足が鈍る。それでも一段一段、確実に下へと下りていく。

 一階の広間が見下ろせる場所まで来た時、そこにいた二人がこちらを見た。一人はエルダ。そしてもう一人は……。

「…シガツ……?」

 呟いた途端、記憶があふれ出た。

 ずっとずっと彼を捜していた。彼の無事を祈っていた。

 階段を蹴りふわりと舞い上がると、フウは彼の元へと一直線に飛んで行く。

「ソキ」

 そう呼びかけ立ち上がると彼もまた嬉しそうに両手を広げ、彼女が腕の中へ飛び込んで来るのを待った。



 どーゆーこと?

 大急ぎで塔の入り口にやってきたマインはまるで感動の再会のように涙しながら抱き合う二人に面食らった。いや、まるでではなく感動の再会なのかもしれない。

 だけどマインはその状況に付いていけず、釈然としない気持ちで二人を見守った。



 倒した魔物を片づけると、みんなで屋上へとやって来た。

 気持ちの良い風が屋上を吹き抜ける。久しぶりにここに来たマインは、だけどその眺めの良い景色を堪能する気分じゃなかった。

「それで、あんた何者なの?」

 単刀直入に訊く。そんなマインをこらこらと制し、師匠はにっこりと笑ってまずはフウ、いやソキがここにいる経緯を彼に話した。

「そうですか、ソキが記憶喪失に……」

 精霊が記憶喪失になるなんて話は聞いた事がなかったが、実際ソキは記憶がなかったのだからそういう事もあるのだろう。

 ソキを見ると塔の縁に座り、風にそよいでいる。それに気づいたマインが「危ないよ」と注意するが、空を飛ぶ事の出来る彼女にとってはちっとも危険ではない。

「その間保護していて下さったんですね。ありがとうございます」

 風の精霊と分かっていながら保護していたんなら、ちょっと変わり者だな。それとも何か理由があるんだろうかと思いつつ、彼は礼を告げた。

「それで、君は一体何者です? なぜ魔物に…?」

「! そうよ。あなた風使いなの? だったらフウを解放してあげてっ」

 静かに尋ねる師匠の言葉にかぶせながら、マインは問いつめるように叫んだ。

「突然なにを言い出すかと思ったら。あれはもう効力無いと教えたでしょうが!」

 出来の悪い弟子の頬をエルダがむにっとつまみあげる。まったく、覚えが悪いのか覚える気がないのか、それともそもそも師匠の言葉を信じてないのか……。

 才能が無いはずはないのに、ちっとも魔法に関する知識を身につけようとしないマインに、彼は大きくため息をついた。

「シガツは風使いになれなかったんだよ」

 聞いていないようでマイン達の話を聞いていたソキがにこにこと笑いながらそう言うと「ねーっ」とシガツに同意を求める。

 顔を赤らめつつ「うるさい」と返すと彼はゆっくりと話し始めた。

「僕の名前はシガツ。ソキとは、友達です。風使いになりたくて修業していたんですが、その…才能がなくて……」

 風使いになるために風の塔へと行き、懸命に努力した。しかし努力ではどうにもならなくなって、シガツは風使いになる事を諦めた。

 道を見失ってしまったシガツは目的のないまま旅をして、その途中であの魔物に出会い、目をつけられたのだ。

「何故あいつが俺を魔物の仲間に引き入れようとしたのかは分かりません。が、奴はしつこく付きまとってきました」

 その都度彼は魔物から逃げてきた。最初の内魔物は彼を傷つけるつもりはなかったらしく、攻撃する事なく話しかけてきた。『力が欲しくないか。我々の元に来い』と。

 しかし拒否し、逃げ続ける彼に業を煮やしたのか、魔物は彼を追いつめ、捕まえようとしだした。

「ソキは俺を魔物から守ろうとして……俺を風に乗せて遠くへと飛ばしたんです。ソキはまだ若い、力の弱い精霊ですから、それが精一杯だったんだろうと思います」

 そしてシガツとソキは別々の場所に飛ばされた。

 離ればなれになってしまった彼女を捜して、シガツはここにたどり着いたのだった。

 シガツの説明を静かに聞いていたエルダは、小さくふむと頷いた。

「それで、これからどうするつもりですか?」

「え?」

 ソキを見つけた今、再び宛のない旅に出るつもりだったシガツは言葉につまった。

「もしまた別の魔物がやって来たら、退ける方法はありますか?」

 エルダの言葉を聞いてシガツに迷いが生じた。家に帰れば魔物がやって来てもどうにかなるだろう。しかしシガツは家へと足を向ける気にはなれなかった。だがソキと二人で今まで通り旅をするのであれば、魔物が襲ってきた時に自分では対処する自信がない。

 それを見越したようにエルダがにっこりと笑って手を差し伸べる。

「ないならここで、魔法の修業をしておゆきなさい」

 この言葉に一番驚いたのはマインだった。これまで何度か弟子にして欲しいとやって来た者はいたが、師匠は決してマイン以外の弟子をとろうとはしなかった。その師匠自ら、魔法の修業をしないかと持ちかけている。

 つい、「えー?」と不満の声をあげた。

 断ればいいのに。というか断って。そうマインは心の中で祈った。

 しかし彼はそうしなかった。

「よろしくお願いします」

 そう言うとシガツはエルダに向かって頭を下げた。

 そうしてその日から、星見の塔の傍の家の住人がまた一人増えたのだった。


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