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序章
序章:15 "天樹で学ぶ異世界鍛練事情(中)"
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正直なことを言うと、僕は戦いをすることがあまり好きじゃない。元々誰かを傷つける行為そのものを僕は良しとしていない。
原因はまだ自己の確立がされる前のあの時、黒鎧蛇に襲われた経験が未だトラウマとして残っているからだ。
襲われる直前までは自覚が無かったため平気であったが、自己の確立をされた時の経験と感情の嵐に襲われる中、最も強く印象に残っていたのが恐怖と絶望だった。
自己の確立後、獲物として狙われて死が目の前にあったという理解が遅れて追いつき、そこで僕はようやくあの時の自身が正気じゃなかったと思い知り、死の気配にうなじが反応してしまう。
生命を奪われる側の気持ちを知っていた当時五歳の僕にとって、生命を奪う行為そのものを嫌っていた。そして、それは狩りや戦闘訓練にも大きく影響を及ぼし、よくナル様を困らせていたのを今でも覚えている。
しかし、いずれ乗り越えなければならないことであるとナル様に諭され、今となっては生きるための命の奪い合いに善悪は無いという考えに落ち着くことで問題は解決した。
だが、それでも無闇に傷つけることだけは未だに億劫のままで、本来なら戦闘訓練の相手は天樹の魔物達だったところをナル様が僕に配慮してくれた結果、開発されたのがウッドオートマタことドリフターズであった。
「ふぅ~~~、まったく。人の気も知らないで」
そんなどうしようもないほど臆病な僕でも、身体に刻まれた術式を使っている時は不思議とそんな思考をせずに戦うことができた。
(けどなんだろう?術式を使っている時に感じるこの高揚感は?)
"術式・身体再現"を使う時、体内のマナを身体の術式に直接流していくため、血の巡りが良くなるのと同じ感覚でいつも以上にチカラがみなぎるのを感じる。まるで溢れてくる昂りを発散するかのように積極的に戦えている気にすらなっているし、おかげで臆病で消極的な思考や、鈍くなりがちな動きをする気が薄れていることから多分、術式の使用中は一種のゾーンに入ったような…要はノっている状態なのだろうと僕は考えている。
(……ちょっと複雑だけど、今は訓練に集中しようか)
なんにせよ怖がらず戦いに集中できるのならそれでいいと思い、改めて自身に言い聞かせるように叫びながら前へと踏み込んだ。
「それじゃあ改めて、行くぞっ!」
それに呼応するかのように、吹き飛ばされたシムーフ以外の前衛陣、カロトとイローハキが同時に動き出した。
カロト⦅ーーー⦆☆\%!
イローハキ⦅ーーー⦆♪$*!
最初に攻撃を仕掛けたのは槍を扱うイローハキ。リベルの動きに合わせて強烈な刺突を放ってくる。
イローハキ⦅ーーー⦆\×〆
これに対してリベルは六尺棒でガードしながら刺突の軌道を逸らしつつ、そのまま流れるようにイローハキの般若面に一撃を叩き込む。
「もらった!」
カロト⦅ーーー⦆ッ!!
「くっ!?」
ところがその攻撃の最中でイローハキの背後に控えていたカロトが投げた斧が割り込んだことにより、リベルはやむなく攻撃を中断して後ずさる。
「時間差で仕掛けてきた!予想通りこの二体は揃うと厄介だなぁ」
カロト⦅ーーー⦆パシッ!
イローハキ⦅ーーー⦆……。
カロトが投げた斧を回収している間、イローハキはリベルの動きに警戒しつつ牽制する。
イローハキは槍による近・中距離の攻撃範囲を持ち、相手との距離を一定に保ちながら攻撃を仕掛けるのに長けている。
一方のカロトは二振りの片手斧を巧みに扱い、近・遠距離の攻撃を交互に利用することでリベルを翻弄しようとする。
ただし、ここで一番警戒しなければならないのはカロトのもう一つの武器だ。
カロト⦅ーーー⦆ポロッ、ウィーン。
カロトが急に下を向いたと思いきや、ひょっとこの代名詞とも言える尖らせた口の部分が外れ落ち、その中から○リオのムーチョみたいな銃口が飛び出てきた。
「げっ!?ヤバい!アレがくる!!」
カロトの変化に気付いたリベルは、すぐにカロトとの距離を縮めようと前に出る…がその瞬間、光のようなものがリベルの頬を掠めて通り過ぎた。
ビュッ
「いっ!?」
リベルは掠った頬から血が流れ落ちるのを肌で感じつつも、光の正体に心当たりがあった。
「あ、危なかった。イローハキの武器か!」
視線をカロトから、光を発しながら通常以上の長さに伸びた槍を持つイローハキへと移していた。
イローハキ⦅ーーー⦆……。
さっきカロトを警戒するよう注意していたが、イローハキも油断ならない。ただしそれはオートマタとしての性能面ではなく、所持している武器のことを指している。
イローハキの持つ槍はマナを込めると輝きを放つとともに柄が伸びるようになっており、その速度は槍の五倍以上の長さを一秒足らずで埋めてしまうほど速く、込めたマナの量によってその長さを自在に変えられる利点があるため、光線が放たれるかのようにも見える。
「くッ!邪魔だよ!!」
一刻も早くカロトを潰しておきたいリベルは、目の前にいるイローハキを退けようと接近し攻撃を続ける。イローハキもこれに応戦し、両者は何合も打ち合い続けていく。
カロト⦅ーーー⦆イッ…イッ…。
リベルとイローハキが激しい打ち合いを続ける中、カロトは発射させる為の予備動作を始める。その動きにリベルはさらに焦りを露わにする。
「ッ!?まずい!」
もう間に合わないと判断したリベルは六尺棒で抉った土をイローハキにぶつけた。イローハキはよろめき、体勢を崩した隙にリベルは足を払って距離を取った。
するとその時、誰かがクシャミをした。
カロト⦅ーーー⦆イッキシッ!
カロトはクシャミと同時にリベル目掛けて照準を合わした銃口から野球ボールくらいのサイズのクルミが放たれた。
「ひぃっ!」
既に充分な距離を取ったリベルはしゃがんでコレを回避する。そして躱されたクルミは、天樹の壁に大きな衝突音と共にめり込み、その威力の程を物語っていた。
「訓練なのに洒落になんないよ。擦りでもしたら間違いなく死んでる」
これがカロトのもう一つの主要武器、空咳砲。クシャミの動作後に放たれる遠距離砲撃だ。距離を取られれば厄介この上ない。
これに付け加え、カロトは軽快な動きで相手を翻弄するトリッキーな戦闘スタイルを得意とするため、近づきたくとも近寄れない。ただ幸いなことにカロトの命中精度は発射の威力がありすぎる為、発射時に必ず銃身がブレるので射線上の正面に立ちさえしなければ何も問題はない。
「まぁ、当たらないと分かっていても反射的に避けちゃうけど…って言ってる場合じゃない。今がチャンスだ!」
さらにカロトの銃撃は連射が出来ず、発射後は装填準備があるのでしばらくは使用出来なくなる。攻めるなら今と言っていいだろう。
イローハキ⦅ーーー⦆ザッ
しかしそれも簡単ではない。距離を詰めようとするとイローハキが再びカロトを守るように槍を構える。一方のカロトも軽快な動きで片手斧で応戦しようとする。
「二体同時に相手なら、こっちがいいか」
そう呟いたリベルは胸に手を当て、術式に干渉する。
ーーー軌道変更。術式・高速機動!!ーーー
その後、赤く輝いていた術式が次第に青色へと変色し、リベルの動きが先程より素早くなった。
「こっからは巻きで行くぞっ!!」
そう叫びながらリベルは六尺棒を振り回し、ニ対一の激しい接近戦を繰り広げた。
リベルは先程、イローハキ単体だけでも攻め切ることが出来なかった。イローハキの的確な槍捌きと同時に今度はカロトの援護も加わる事を考慮すると手数で不利になるのは明白である。
だがリベルは槍の刺突が迫ればそれをいなし、続く斧のひと振りが降ろされるとこれを受け止める。さらに槍の石突による打撃がくるとわかると、最高速度に達する前に足で払い、下からの斧の一閃が見えれば柄頭で斧の横腹を狙い、弾き落とす。
既に何十合も続いているにも関わらず戦況は拮抗。甘く見積もってもリベルが少し押しているように見える。
(さっきは力重視の金剛力士。今度はスピードによる手数重視の高速機動だ!)
相手の手数が倍以上、それに対しこっちは一人。それなら手数を上回る速度で連撃を繰り出して圧倒すればいいだけの話。単純だが、現に二体の攻撃をリベルは見事に捌き切っている。
そんな打ち合いを続けていると、カロトの二振りの片手斧の柄腹が折れ、それに気付いたリベルはイローハキを即座に押し退けると、カロトの頭部目掛けて一撃を叩き込もうとする。
「顔面を狙えば一撃で倒せる。やるならここしかない!」
だが、カロトは背後上空へと跳ぶことでこれを回避した。
「逃がさなーーー」ゾワッ!?
うなじがざわつき、リベルは追撃をしたことを後悔した。そこに待ち構えていたのは、いらっしゃ~いと言わんばかりに銃口を向けたカロトの姿があったからだ。
カロト⦅ーーー⦆イッ…。
(なっ!?しまった!!もう装填準備(クールダウン)が終わったのか…)ゾワァッ!!?
そしてさらにリベルは背後からも死が迫っていることに遅れて気がついた。
(後ろにも!まさか!?)
うなじを抑えながら振り向けば、イローハキが武器にマナを込めてリベルの背後を狙うべく構えていた。
現在リベルは足が着かない滞空状態。カロトはさらにその上空で銃口をリベルへと向けている。そしてカロト同様にリベルの背後を狙うため、伸びる槍を構えたイローハキ。まさにリベルは挟撃される寸前にあった。
『む!』
リベルの危機を察したムークンは、一刻も早くリベルの元に行こうとその場から飛び降りようとした…が、ナルにそれを止められた。
『なるさま!ごしゅじんがっ!!』
『大丈夫。リベルを信じなさい』
リベルを守ろうとする行為を邪魔されたムークンは制止したナルに抗議しようとするが、ナルはムークンにリベルを信じるように勧めた。
イローハキ⦅ーーー⦆コオォォッ…。
(ヤバい!挟まれた!!)
カロト⦅ーーー⦆イッ…。
完全に逃げ場を無くしたリベルはこの時、周囲の時間が遅くなるような感覚に陥っていた。
(マズい、動けない。このままじゃやられる。ヤバい、怖い。痛いのは嫌だ。死にたくない。ナル様、助けーーー)
ーーー『もしひとりで挫けそうになった時は、リベルの大切なモノを考えてみるといいよ』ーーー
生命の危機に瀕したリベルの頭の中は恐怖一色に染まり思考停止しかける中、ナルのとある言葉が頭をよぎった。
ーーー『誰かにとっての大切な人の顔を思い浮かべると、不思議とチカラが湧いてくる。それがヒトの本質だよ』ーーー
「…助けてじゃあ」
するとリベルの表情には一切の不安が生じていなかった。
「ないだろッ!!」
大声とともにリベルは六尺棒を地面に強く突き刺し、それを足場にして後ろへと跳んだ。
イローハキ⦅ーーー⦆ビュッ!
カロト⦅ーーー⦆イッキシッ!
そのタイミングでイローハキが槍を伸ばし、それと同時にカロトもカウントダウンが終わった瞬間、砲撃を放った。
イローハキ⦅ッッッ⦆ッ!?
カロト⦅ッッッ⦆ッ?!
リベルに向かっていたはずの双方の一撃は、見事に互いの頭を撃ち抜いてしまい、カロトとイローハキは機能を停止した。
イローハキ⦅〆〆〆⦆
カロト⦅〆〆〆⦆
「ハァ、ハァ」
機能停止したイローハキの背後に着地したリベルは、今も荒くなっている呼吸を安定させようと息を整えていた。
「ハァ、危なかった…」
現在僕がおこなっている戦闘訓練は内容だけならただの武器を使った模擬戦だが実態は実戦そのもので、ドリフターズが使用する武器も本物。下手をすれば死んでもおかしくない戦いをしていた。
初めはもちろんこの戦闘訓練に僕は反対していたが、天樹を覆う結界、揺り籠は結界内部の指定された人物等の生命を守る効果があり、仮に頭を吹っ飛ばされようとその欠損部位を結界のマナが補い、修復してくれるため死ぬ事はない。
しかし、この結界はあくまでも死から守ってくれるだけで、痛みや苦しみからは一切守ってはくれない。なのでケガをすれば相応の苦痛を味わうハメになるため、ケガをして良いなどと考えてはいけない。
「僕はまた甘えるところだった。あの人に」
カロトとイローハキの挟撃の際、僕はナル様に助けを乞おうとしていた。これはナル様が僕自身の精神が壊れてしまわないようにと考えた配慮だった。
けど、僕はもう十七歳。もうナル様に甘えるわけにはいかなかった。
「もう、あの人に心配されて良いはずがない!」
六尺棒を手にしながらナルが見ているであろう方向にリベルは顔を向け、決意を新たに固めた。
『ね。リベルはできる子でしょ』
『むう!』
優しそうに見つめるナルはムークンにそう語り、リベルの成長を誰よりも喜んでいた。
「さてと、あとはあの二体」
ふと、残りのドリフターズの二体、未だに勝てた試しが無く、ここまで一切の手出しをしなかったブーロックとチョウザンに視線を向けた。
原因はまだ自己の確立がされる前のあの時、黒鎧蛇に襲われた経験が未だトラウマとして残っているからだ。
襲われる直前までは自覚が無かったため平気であったが、自己の確立をされた時の経験と感情の嵐に襲われる中、最も強く印象に残っていたのが恐怖と絶望だった。
自己の確立後、獲物として狙われて死が目の前にあったという理解が遅れて追いつき、そこで僕はようやくあの時の自身が正気じゃなかったと思い知り、死の気配にうなじが反応してしまう。
生命を奪われる側の気持ちを知っていた当時五歳の僕にとって、生命を奪う行為そのものを嫌っていた。そして、それは狩りや戦闘訓練にも大きく影響を及ぼし、よくナル様を困らせていたのを今でも覚えている。
しかし、いずれ乗り越えなければならないことであるとナル様に諭され、今となっては生きるための命の奪い合いに善悪は無いという考えに落ち着くことで問題は解決した。
だが、それでも無闇に傷つけることだけは未だに億劫のままで、本来なら戦闘訓練の相手は天樹の魔物達だったところをナル様が僕に配慮してくれた結果、開発されたのがウッドオートマタことドリフターズであった。
「ふぅ~~~、まったく。人の気も知らないで」
そんなどうしようもないほど臆病な僕でも、身体に刻まれた術式を使っている時は不思議とそんな思考をせずに戦うことができた。
(けどなんだろう?術式を使っている時に感じるこの高揚感は?)
"術式・身体再現"を使う時、体内のマナを身体の術式に直接流していくため、血の巡りが良くなるのと同じ感覚でいつも以上にチカラがみなぎるのを感じる。まるで溢れてくる昂りを発散するかのように積極的に戦えている気にすらなっているし、おかげで臆病で消極的な思考や、鈍くなりがちな動きをする気が薄れていることから多分、術式の使用中は一種のゾーンに入ったような…要はノっている状態なのだろうと僕は考えている。
(……ちょっと複雑だけど、今は訓練に集中しようか)
なんにせよ怖がらず戦いに集中できるのならそれでいいと思い、改めて自身に言い聞かせるように叫びながら前へと踏み込んだ。
「それじゃあ改めて、行くぞっ!」
それに呼応するかのように、吹き飛ばされたシムーフ以外の前衛陣、カロトとイローハキが同時に動き出した。
カロト⦅ーーー⦆☆\%!
イローハキ⦅ーーー⦆♪$*!
最初に攻撃を仕掛けたのは槍を扱うイローハキ。リベルの動きに合わせて強烈な刺突を放ってくる。
イローハキ⦅ーーー⦆\×〆
これに対してリベルは六尺棒でガードしながら刺突の軌道を逸らしつつ、そのまま流れるようにイローハキの般若面に一撃を叩き込む。
「もらった!」
カロト⦅ーーー⦆ッ!!
「くっ!?」
ところがその攻撃の最中でイローハキの背後に控えていたカロトが投げた斧が割り込んだことにより、リベルはやむなく攻撃を中断して後ずさる。
「時間差で仕掛けてきた!予想通りこの二体は揃うと厄介だなぁ」
カロト⦅ーーー⦆パシッ!
イローハキ⦅ーーー⦆……。
カロトが投げた斧を回収している間、イローハキはリベルの動きに警戒しつつ牽制する。
イローハキは槍による近・中距離の攻撃範囲を持ち、相手との距離を一定に保ちながら攻撃を仕掛けるのに長けている。
一方のカロトは二振りの片手斧を巧みに扱い、近・遠距離の攻撃を交互に利用することでリベルを翻弄しようとする。
ただし、ここで一番警戒しなければならないのはカロトのもう一つの武器だ。
カロト⦅ーーー⦆ポロッ、ウィーン。
カロトが急に下を向いたと思いきや、ひょっとこの代名詞とも言える尖らせた口の部分が外れ落ち、その中から○リオのムーチョみたいな銃口が飛び出てきた。
「げっ!?ヤバい!アレがくる!!」
カロトの変化に気付いたリベルは、すぐにカロトとの距離を縮めようと前に出る…がその瞬間、光のようなものがリベルの頬を掠めて通り過ぎた。
ビュッ
「いっ!?」
リベルは掠った頬から血が流れ落ちるのを肌で感じつつも、光の正体に心当たりがあった。
「あ、危なかった。イローハキの武器か!」
視線をカロトから、光を発しながら通常以上の長さに伸びた槍を持つイローハキへと移していた。
イローハキ⦅ーーー⦆……。
さっきカロトを警戒するよう注意していたが、イローハキも油断ならない。ただしそれはオートマタとしての性能面ではなく、所持している武器のことを指している。
イローハキの持つ槍はマナを込めると輝きを放つとともに柄が伸びるようになっており、その速度は槍の五倍以上の長さを一秒足らずで埋めてしまうほど速く、込めたマナの量によってその長さを自在に変えられる利点があるため、光線が放たれるかのようにも見える。
「くッ!邪魔だよ!!」
一刻も早くカロトを潰しておきたいリベルは、目の前にいるイローハキを退けようと接近し攻撃を続ける。イローハキもこれに応戦し、両者は何合も打ち合い続けていく。
カロト⦅ーーー⦆イッ…イッ…。
リベルとイローハキが激しい打ち合いを続ける中、カロトは発射させる為の予備動作を始める。その動きにリベルはさらに焦りを露わにする。
「ッ!?まずい!」
もう間に合わないと判断したリベルは六尺棒で抉った土をイローハキにぶつけた。イローハキはよろめき、体勢を崩した隙にリベルは足を払って距離を取った。
するとその時、誰かがクシャミをした。
カロト⦅ーーー⦆イッキシッ!
カロトはクシャミと同時にリベル目掛けて照準を合わした銃口から野球ボールくらいのサイズのクルミが放たれた。
「ひぃっ!」
既に充分な距離を取ったリベルはしゃがんでコレを回避する。そして躱されたクルミは、天樹の壁に大きな衝突音と共にめり込み、その威力の程を物語っていた。
「訓練なのに洒落になんないよ。擦りでもしたら間違いなく死んでる」
これがカロトのもう一つの主要武器、空咳砲。クシャミの動作後に放たれる遠距離砲撃だ。距離を取られれば厄介この上ない。
これに付け加え、カロトは軽快な動きで相手を翻弄するトリッキーな戦闘スタイルを得意とするため、近づきたくとも近寄れない。ただ幸いなことにカロトの命中精度は発射の威力がありすぎる為、発射時に必ず銃身がブレるので射線上の正面に立ちさえしなければ何も問題はない。
「まぁ、当たらないと分かっていても反射的に避けちゃうけど…って言ってる場合じゃない。今がチャンスだ!」
さらにカロトの銃撃は連射が出来ず、発射後は装填準備があるのでしばらくは使用出来なくなる。攻めるなら今と言っていいだろう。
イローハキ⦅ーーー⦆ザッ
しかしそれも簡単ではない。距離を詰めようとするとイローハキが再びカロトを守るように槍を構える。一方のカロトも軽快な動きで片手斧で応戦しようとする。
「二体同時に相手なら、こっちがいいか」
そう呟いたリベルは胸に手を当て、術式に干渉する。
ーーー軌道変更。術式・高速機動!!ーーー
その後、赤く輝いていた術式が次第に青色へと変色し、リベルの動きが先程より素早くなった。
「こっからは巻きで行くぞっ!!」
そう叫びながらリベルは六尺棒を振り回し、ニ対一の激しい接近戦を繰り広げた。
リベルは先程、イローハキ単体だけでも攻め切ることが出来なかった。イローハキの的確な槍捌きと同時に今度はカロトの援護も加わる事を考慮すると手数で不利になるのは明白である。
だがリベルは槍の刺突が迫ればそれをいなし、続く斧のひと振りが降ろされるとこれを受け止める。さらに槍の石突による打撃がくるとわかると、最高速度に達する前に足で払い、下からの斧の一閃が見えれば柄頭で斧の横腹を狙い、弾き落とす。
既に何十合も続いているにも関わらず戦況は拮抗。甘く見積もってもリベルが少し押しているように見える。
(さっきは力重視の金剛力士。今度はスピードによる手数重視の高速機動だ!)
相手の手数が倍以上、それに対しこっちは一人。それなら手数を上回る速度で連撃を繰り出して圧倒すればいいだけの話。単純だが、現に二体の攻撃をリベルは見事に捌き切っている。
そんな打ち合いを続けていると、カロトの二振りの片手斧の柄腹が折れ、それに気付いたリベルはイローハキを即座に押し退けると、カロトの頭部目掛けて一撃を叩き込もうとする。
「顔面を狙えば一撃で倒せる。やるならここしかない!」
だが、カロトは背後上空へと跳ぶことでこれを回避した。
「逃がさなーーー」ゾワッ!?
うなじがざわつき、リベルは追撃をしたことを後悔した。そこに待ち構えていたのは、いらっしゃ~いと言わんばかりに銃口を向けたカロトの姿があったからだ。
カロト⦅ーーー⦆イッ…。
(なっ!?しまった!!もう装填準備(クールダウン)が終わったのか…)ゾワァッ!!?
そしてさらにリベルは背後からも死が迫っていることに遅れて気がついた。
(後ろにも!まさか!?)
うなじを抑えながら振り向けば、イローハキが武器にマナを込めてリベルの背後を狙うべく構えていた。
現在リベルは足が着かない滞空状態。カロトはさらにその上空で銃口をリベルへと向けている。そしてカロト同様にリベルの背後を狙うため、伸びる槍を構えたイローハキ。まさにリベルは挟撃される寸前にあった。
『む!』
リベルの危機を察したムークンは、一刻も早くリベルの元に行こうとその場から飛び降りようとした…が、ナルにそれを止められた。
『なるさま!ごしゅじんがっ!!』
『大丈夫。リベルを信じなさい』
リベルを守ろうとする行為を邪魔されたムークンは制止したナルに抗議しようとするが、ナルはムークンにリベルを信じるように勧めた。
イローハキ⦅ーーー⦆コオォォッ…。
(ヤバい!挟まれた!!)
カロト⦅ーーー⦆イッ…。
完全に逃げ場を無くしたリベルはこの時、周囲の時間が遅くなるような感覚に陥っていた。
(マズい、動けない。このままじゃやられる。ヤバい、怖い。痛いのは嫌だ。死にたくない。ナル様、助けーーー)
ーーー『もしひとりで挫けそうになった時は、リベルの大切なモノを考えてみるといいよ』ーーー
生命の危機に瀕したリベルの頭の中は恐怖一色に染まり思考停止しかける中、ナルのとある言葉が頭をよぎった。
ーーー『誰かにとっての大切な人の顔を思い浮かべると、不思議とチカラが湧いてくる。それがヒトの本質だよ』ーーー
「…助けてじゃあ」
するとリベルの表情には一切の不安が生じていなかった。
「ないだろッ!!」
大声とともにリベルは六尺棒を地面に強く突き刺し、それを足場にして後ろへと跳んだ。
イローハキ⦅ーーー⦆ビュッ!
カロト⦅ーーー⦆イッキシッ!
そのタイミングでイローハキが槍を伸ばし、それと同時にカロトもカウントダウンが終わった瞬間、砲撃を放った。
イローハキ⦅ッッッ⦆ッ!?
カロト⦅ッッッ⦆ッ?!
リベルに向かっていたはずの双方の一撃は、見事に互いの頭を撃ち抜いてしまい、カロトとイローハキは機能を停止した。
イローハキ⦅〆〆〆⦆
カロト⦅〆〆〆⦆
「ハァ、ハァ」
機能停止したイローハキの背後に着地したリベルは、今も荒くなっている呼吸を安定させようと息を整えていた。
「ハァ、危なかった…」
現在僕がおこなっている戦闘訓練は内容だけならただの武器を使った模擬戦だが実態は実戦そのもので、ドリフターズが使用する武器も本物。下手をすれば死んでもおかしくない戦いをしていた。
初めはもちろんこの戦闘訓練に僕は反対していたが、天樹を覆う結界、揺り籠は結界内部の指定された人物等の生命を守る効果があり、仮に頭を吹っ飛ばされようとその欠損部位を結界のマナが補い、修復してくれるため死ぬ事はない。
しかし、この結界はあくまでも死から守ってくれるだけで、痛みや苦しみからは一切守ってはくれない。なのでケガをすれば相応の苦痛を味わうハメになるため、ケガをして良いなどと考えてはいけない。
「僕はまた甘えるところだった。あの人に」
カロトとイローハキの挟撃の際、僕はナル様に助けを乞おうとしていた。これはナル様が僕自身の精神が壊れてしまわないようにと考えた配慮だった。
けど、僕はもう十七歳。もうナル様に甘えるわけにはいかなかった。
「もう、あの人に心配されて良いはずがない!」
六尺棒を手にしながらナルが見ているであろう方向にリベルは顔を向け、決意を新たに固めた。
『ね。リベルはできる子でしょ』
『むう!』
優しそうに見つめるナルはムークンにそう語り、リベルの成長を誰よりも喜んでいた。
「さてと、あとはあの二体」
ふと、残りのドリフターズの二体、未だに勝てた試しが無く、ここまで一切の手出しをしなかったブーロックとチョウザンに視線を向けた。
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