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序章

 序章:7 "ブレイク・ファスト"

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(甘くて美味~い!)

 リベルは開口一番にそう頭の中で叫んでいた。
 今、リベルが顔や両手を濡らしてしゃぶりながら食べているのはミルモの実と呼ばれる果実だ。
 見た目と形は白桃とあまり変わらないが、実際に味わってみると違うモノと理解できる。
 合掌を終えてからすぐリベルは小さな両手で実を掴み、落とさないように口に運ぼうとする。すると両手から腕をかけて実から果汁が滴れてきたのだ。
 大した力も無いはずの赤ん坊の握力でこの状態だ。余程の量の水分が含まれているのだろう。
 そんな滴れた果汁を気にせず、リベルはミルモの実をしゃぶるように頬張った。
 そして白桃のほんのりとした甘さと牛乳のような甘みが合わさった味が口の中に広がっていくのを感じ、余程気に入ったのか思わず口の中に押し込むように力を入れてしまった。
 結果、リベルの顔と身体はびしょ濡れになる程の果汁が溢れ出てきてしまい、先程の味に対しての感想に至った。

(本当に美味しい!ねぇ、ナル様。この実はなんていうのですか?)
『…えっあぁ、ミルモの実と呼ばれているよ』
(すっごく美味しいですね!味は桃なのに、ほのかに牛乳のような味がします)

 リベルはよっぽど気に入ったのか、モムモムとミルモの実にしゃぶりつきながらそう思い伝えた。

『…意外だね。これだけ果汁が出ると大抵の者は驚くのに、キミは感想を述べるとは…』
(んむ?)

 ナルもまた同じミルモの実を皮の付いたまま半分に切って食べながらその様子を眺めていた。というよりは驚いて汁まみれとなったリベルを見て意外そうな発言をしていた。
 そんな時、リベルはナルの食べているミルモの実を不思議そうに見ていた。
 それもそのはず、彼の食べた果実からはそこまでの果汁は出ていなかったのだ。

(そういえばナル様の食べている実は果汁が出てないけど、どうして?)
『よく気がついたね。そこがミルモの実の面白いところなんだよ』

 指摘を受けてナルは今食べていた実をリベルによく見えるように近づけて見せた。

『今、ワタシが食べている実は皮が付いたまま半分に切った状態なんだ』
(それがどう関係するのですか?)

 リベルは言っている意味が理解出来ていなかった。
 半分に切った状態であることと、果汁が出る事がどう繋がるというのだろうか?
 リベルの反応を見てナルは人差し指を何も手をつけていない状態のミルモの実に向けて指し示した。

『ミルモの実はね、切り方や食し方で実の硬さや糖度が変わる不思議な果実なんだよ』
(えっ!そうなんですか?)

 ミルモの実の不思議にリベルは興味を持ち、ジッと皮の付いた果実を見つめていた。

(でも、どうして?)

『この果実は繁殖力が高くてね、理由はどんな環境でも育つよう適応しようとしてその環境に合わせるようとする適応能力を身につけたんだよ。結果、果実そのものも食べる際に糖度や熟成度まで変化するようになったんだ』
(なんか保護色をする生き物みたいですね)

 代表的なモノを挙げるとすれば、カメレオンやタコ、虫等も自身の存在を自然に溶け込ませる事で生存率を上げているという。
 このミルモの実もそれに近い能力を身につけたという事なのだろう。

『ちなみにワタシが食べているモノは果汁と甘さが控えめになる食べ方なんだ』
(んじゃあ、ボクが食べているのは…)
『果汁がたくさん出て、口当たりの優しい食べ方だよ』

 確かに、赤ん坊のリベルにはとても相性の良い食べ方と言ってもいい果実の具合だった。もしこれが固い果実だった場合、歯も発達していないリベルでは食べることも出来なかっただろう。
 ナルはリベルのことを考慮したうえで果実の下処理をしていたのだ。

(…へへっ)

 リベルは思わず笑みをこぼしていた。頭の中では赤ん坊なのだから食べやすいようにするのは当然の事だと理解はしている。
 それでもナルの気遣いと優しさが伝わってくるので嬉しくてしょうがないのだ。

『(…良かった。だいぶ感情が安定してきたみたいだね)』

 ナルは微笑みながらリベルには伝わらないよう、こっそり呟いた。

『それで汁まみれになる程の果汁が出てきたわけだけど、あまり驚かないんだね』
(えぇ。まぁ確かに果汁の量は異常だとは思いましたけど、もう今更ですよ。それに、さっきそれ以上の体験をしたばかりですし)

 再び果実に口をつけ、しゃぶりながらリベルは会話を続けた。そんなリベルをナルはジッと見つめる。

『……』
(ん?どうしたんですか?ナル様)
『いや、実を言うと少し不安だったんだ』
(え?うぉっ!?)

 そう言うとナルはリベルの首を痛めないよう、頭を優しく撫で始めた。男性にしては少し華奢に見える手だが、触れると固さと力強さを感じる手にリベルはされるがまま撫でられた。

『今回行った自己の確立は、本来のよりも未知数な部分が多かった。キミが赤子であることもそうだが、記憶が無い状態で行うのは此れが初めてと言ってもいい』
(そ、そうなんですか?)

 頭を撫でられながら照れ臭そうに返事を返すリベル。ナルは声の調子を変えないまま会話を進めた。

『だからこそ、リベル。キミの中で何か悪影響を与えていないか、気になっていたんだ』
(それなら別に…あっ)

 リベルの中で何か起こってないか、ナルはずっと気にしていたようだ。するとリベルは何か思い出したかのように反応し、俯いた。

『やはり、何かあるのかい?』

 頭を撫でるのをやめてナルはリベルに問い返す。
 確かに感情が戻ったことで色々整理がついていないことはある。しかし、今抱えているモノはそれとはまた別の問題だった。

(あぁ、いえ。記憶が無いこと以外は特に変わったことはありません。それに多分、これは記憶とは関係の無いことなので…)
『聞かせてはくれないかい?』

 リベルの戸惑う様子にナルは親身になろうとする。一方リベルは言うべきかどうか迷っていた。

(でっでも、これは本当に関係の無いことで…)
『それでも構わない。キミの心の中にあるわだかまりを、ワタシはどうにかしたい。そう思っている』
(……)

 真っ直ぐコチラを見つめてくるナルの視線にリベルはしばし沈黙した。
 今考えている事について話すことは出来る。けど、正直答えを聞くのが少し怖かったのだ。聞かなければ良かったと後悔するかもしれない。

『それに、ワタシの前では隠し事は出来ないよ』

 …それもそうだった。彼の前では隠し事は出来ない。仮にこのまま隠していても解決できるとは思っていないし、それならいっそ話を聞いてもらって楽になった方が良いかもしれない。
 リベルはそう納得することでポツリポツリと言葉を紡いでいく。

(…えっと、少し思い返していたんです…。その…ナル様との会話を)
『ワタシとの会話?』
(この世界の転生者ネストは生まれる前の赤子の魂に重なることで生を受けるって話でしたよね?)
『あぁ、確かにそう話しはしたが…それがいったい?』
(………それじゃあ、僕はこの子の生命を奪ったということになるのかなって…)
『………そういうことか』

 話を部分的に聞いてしまうと、まるで本来産まれてくる子の命を横取りしているようなものだ、とリベルはそう捕らえてしまい罪悪感に苛まれていた。するとナルは再びリベルの頭に軽く手を乗せて首を横に振った。

『誤解しないで欲しい。赤子が自我を有するのは母親の母体から出てきた瞬間からだ。君が懸念していることは憑依の類いであって、転生はあくまで記憶を保持したまま、一から生命をやり直すことだ。つまり、転生と憑依とでは根本から別物なんだ』

 諭すように、それでいて安心させるかのような調子でナルはリベルに転生について説いた。するとリベルは不安そうな顔を向けながら問い返す。

(本当に?)
『あぁ、本当さ。心配しなくてもリベルは他者の命を奪っていない。だから大丈夫だよ』
(…そっか、良かった)

 "ナナシ"の状態から感情を取り戻した時、リベルは特に生命の危機的状況での死の恐怖と生命の大切さをより強く感じ取った為、生命に対する価値観が非常に重いモノだと受け止めている。
 故に、恐れている事態は起こり得ないと分かり、リベルは心の底から安堵した。

『リベルはとても優しい子だね』
(いっ!?いえ!というよりは臆病になってしまったと言った方が正しいのでは…)
『それでも自分以外の者を気遣う姿勢は非難される事ではないよ。ワタシが保証する』
(でも、そんなことは)

 優しい子だとナルのお墨付きをもらい、照れつつも否定に入るリベル。そう言ってくれることは嬉しいが、どうしても自身を過小評価するきらいがあるみたいだ。

『ふむ…欠点を挙げるとすれば、その過剰な過小評価と素直になれない性格ぐらいかな?』
(ほっといてください!!自分で認めていても、人に言われるのは嫌なんです!)
『うぅむ…赤子なのに成長期よりも思春期が先に来てしまうとは…子育てとは難しいモノだ』
(分かった!ワザとだ!ワザと言ってるんでしょ!!)

 もはや天然なのか故意なのかの区別が出来ないようなナルの発言にリベルは赤ん坊ながら涙目で憤慨する。
 しかしナルの言い分はあながち間違いではなかった。感情を取り戻したばかりだからなのか、リベルはまだ自分自身を把握しきれていない。それは感情豊かであるのに対し、未だ本人の中にある不安感と過小評価することが何よりの証拠だ。
 これについてナルは特にリベルに伝えるつもりはなかった。

『(今伝えずとも、少しずつ自覚させた方が此の子の為になるはずだ)』

 未だに心で叫びながら文句を伝えてくるリベルをフードの奥にある紅い眼で見つめながらそう考えていた。

(ちょっと!聞いてるんですかナル様!)
『そういえば、リベル』
(ん?)
『キミの魔法適性を知りたかったんじゃなかったっけ?』
(あっ!そうだった!)

 ナルは上手いことリベルの興味を持たせつつ、話題を変えることに成功した。リベルは先程の文句を言っていたことを忘れて目を輝かせながらナルに縋った。

(ナル様ナル様!早く教えて!ボクの適性を教えてよ!)
『あははは、わかったわかった。それじゃあその汁まみれの顔と身体を拭いてからだね』
(うぶっわぷ!?)

 そう言ってナルは何も無いところからタオルを取り出し、リベルの全体を覆うように拭き始めた。
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