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序章

 序章:3 "ローブの男"

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 突如現れたのはローブの男で、彼は崩れた岩の下敷きになった大蛇を警戒していた。

『ワタシの留守の間に、此処に侵入されるとは思わなかった』

 また頭の中から声が響く。それは若々しいのに威厳いげんが有りつつ、どこか穏やかで優しそうな声音だった。
 その声の正体は今も下敷きになっている大蛇よりもっと手前、赤ん坊の目の前で一人の大人があわきらめくガラスのような壁を創り出し、たたずんでいた。
 体に合わないのかブカブカで、少しくたびれたフード付きの白いローブを顔を隠すように深く被っている。素顔は見えないが声からして男性と判断がついた。

(…人…なのか…?)
『驚かせてすまない。もう少しだけ待っていて貰えないかい?』

 ローブの男は赤ん坊の方に振り向き、微笑みながら優しい口調で語った。
 ふと赤ん坊は言葉を発していないのに会話が成り立っているように感じた。

(…えっ…あの人、今…)
「「「ジィャアァァーーーーーー!!!」」」

 見えない壁に激突し、毒牙と前歯を折られた大蛇は、鼻先の皮が剥がれて肉の断面が見えている状態にも関わらず起き上がり、食事の邪魔をする外敵を排除しようと小蛇達と共に吠えた。
 それから頭部の六本の角を扇子せんすの様に広げて威嚇した。
 広げられた皮膜には不気味な模様が描かれている。どうやら本気の様だ。
 そして、赤ん坊を襲おうとした時みたいに正面から突っ込む…

「「「ジィイヤァアアアア!!!」」」

 と思いきや見えない壁があることを理解したのか、大蛇の頭部を変化球の様に曲げて見えない壁を避け、欠けた毒牙とボロボロの歯でローブの男に目掛けて飛び込んだ。
 それと同時に小蛇達も四方八方から飛び掛かり、逃げ場を無くした。
 二人は絶体絶命かと思われた。
 その時、ローブの男が振り向きながら呟く。

『…もう一度云う』

ギロッ!!

「「「!?」」」

 フードの奥から見える紅い眼光が光り、大蛇を一瞥いちべつした瞬間、周りの大気がブワッと風圧を発し、襲い掛かろうとしていた蛇達が一斉に動きを止めた。
 大蛇はまるで金縛りにあったかの様に顎を開けたまま身体を硬直させていた。
 小蛇達も同様に動けず、先程までとは違い今度は蛇達の方が睨まれる側になっていた。

『去れ。此処はお前達が居て良い場所では無い』

 囁いている様で、それでいて身体の奥底から響き渡る様にローブの男は力強く、蛇達に言い放った。
 その後、小蛇達は金縛りが解けた様に動き出し大蛇に集まり絡み付く。
 それが終わったのを確認し、大蛇はそそくさと葉っぱの壁に潜り、そのまま空間内から逃げ去って行った。

『………………ふぅ』

 蛇達が完全に去ったことを確認し、ローブの男は放っていた警戒と覇気を解いてひと息付いていた。

『しかし結界上部から護謨大蜥蜴エラストマーサウルス黒鎧蛇アーマーサーペントが入り込むとは、懸念はしていたが油断していた』

 とドーム状の天井を見上げながら自身を反省していた。
 この時の赤ん坊はポカンとしていて、突然起きた急展開にただ黙って見ているしか出来なかった。

(…この人は一体…いや、そもそも人なのか…?)

 幸か不幸か、現在感情が無かったおかげで蛇達が動かなくなった理由と目の前のローブの男について分析する事が出来た。

(…何か巨大な…もっと別の生き物に見えたような気が…)

 今は人の姿に見えるが、蛇達が睨まれた時ローブの男を中心に周りが歪んで、ある生き物の姿に見えたのだ。
 おそらくあの姿を見て蛇達は恐れて逃げ出したのだと考えられる。
 それも大蛇が小さく見えてしまう程、もっと別次元の存在。例えるなら"月とスッポン"といった差があるくらい、ローブの男は存在感を放っていた。

(…あの姿は……?)

 生き物の姿を思い出そうとした赤ん坊、しかし思い出そうとしても姿がはっきりしなかった。

(…う~ん、どうしてだろう。あんなに印象的だったのにかすみが掛かったみたいにおぼろげにしか思い出せない…)

 どうやら赤ん坊自身もいきなりの事態に混乱気味で、思考もまとまっておらず自分が見たモノを正しく認識出来ていなかったようだ。
 おまけに感情の無い状態の自分が今でも不気味に感じてるのも相まって自信喪失に陥っていた。
 さっきまで絶体絶命の状況をこのローブの男が来ただけで回避出来るなんて都合が良すぎるし、夢でも見ていると言われた方がまだ信じられる。

(…あぁ、もう駄目だ。ただでさえ自分すら信じられないのに、さっき助けてくれたこの人まで僕が見ている幻覚に思えてきた…)
『大丈夫かい?突然の事についていけてないようだね』

 赤ん坊を見てローブの男は赤ん坊の目線に合わせ腰を折る姿勢になる。
 もはや何もかもどうでも良くなっていた赤ん坊は目の前のローブの男を幻覚と認識し、幻覚相手にこれまでの不幸を機械的に喋り出した。

(…本当にそうだよ。目が覚めたら赤ん坊の姿だし、こんな森みたいな空間に放り出されてるし、自分が何なのか分からないし、喰われそうになるしで、挙げ句の果てに僕自身、感情も痛覚も無い化け物だって今気付いて、もう何がなんだか分からなくなっちゃったよ…)
『そのようだね。どうやらこの短時間でキミはキミだけの経験を沢山したようだね。』
(…なんか良い感じでまとめられている気がするけど、もうそれで良いや。とりあえず二度目の人生がたった約三十分で終わる事態は回避できたみたいだし…いや待てよ。これは僕が見ている走馬灯そうまとうの様な幻覚の延長みたいなもんで、実際はあと数秒で人生終わりって感じなのかもしれない…)

 とうとう大蛇に喰われる寸前で都合の良い幻覚をみているという考えになってしまっていた。

『どうしてそう思うんだい?もしかして、先程言っていたワタシが幻覚の類いという話が関係しているのかい?』

 赤ん坊の反応にローブの男は首を傾げて尋ねた。

(…うん。だって僕は仮にも赤ん坊だよ。喋ることの出来ない僕が、あなたとこんなに会話が成り立っているなんて普通じゃないよ。それこそ僕が見ている幻覚か、夢でも見ているとしか思えないよ…)
『ふむ、なるほど。それは一理あるね。しかし此処はキミが居た世界とは別の世界だよ。キミの言う普通がどこまで通じるのかな?』
(…それはそうかもしれないけど、だからって…………………)
『…………………』

 しばし沈黙が続いた後、

(…………あれ?言葉通じてる…?)
『ようやく気付いた様だね』

 赤ん坊は遅れて反応し、ローブの男は頬を掻きながら苦笑した。

(…いや、というかなんで僕が異世界から来たって知ってるの?僕はただ赤ん坊の姿になったとしか伝えてないのに…)

 もちろん会話が成り立っていることも無視出来ないが、赤ん坊がより反応を示しているのが自身がこの世界とは別の世界、異世界人であることを言い当てられたことだ。

『それはそうだろう。この世界では知り得ない知識を普通の赤子が持ち合わせている方が無理がある。だからキミは異世界からの転生者で間違いないよ』
(……)
『それも、とても複雑な状態で転生したようだ』

 この世界では知り得ない知識、というワードに赤ん坊は反応した。もしこのローブの男が言っていることが事実なら、男は赤ん坊の持つ知識の意味を理解していると言っているのだと分かったからだ。
 そこで赤ん坊は試しに質問をしてみた。

(…じゃあ光合成がなんなのか答えれらる…?)
『うん、良いとも。光合成とは、葉緑素を持つ生物が、光のエネルギーを用いて二酸化炭素と水から炭水化物を合成すること。いわば植物の栄養生成方法だね』
(…そこまで答えてくれるとは思わなかったよ…)

 赤ん坊自身も別に植物に詳しいわけでは無く小学生時代の知識を流用しただけだが、少なくともローブの男は転生前の世界で通じる説明の仕方をしていた。
 葉緑素だの、二酸化炭素だの、丁寧に専門用語と知識をペラペラと引っ張り出してきた。
 そして赤ん坊はそのまま質問を続けた。

(…じゃあ次の問題。カラオケの意味は…?)
『カラオケとは、音楽業界の用語で、歌手の方が練習する時や、レコーディングの時に使う、伴奏ばんそうだけを録音したテープやレコードのことをカラオケと呼ばれたからだ。ちなみにカラオケのカラは空っぽからきた言葉だそうだよ』
(…そうだったんだ。初めて知ったよ…)

 てっきりカラーオーケストラの略称だとばかり思っていた。
 本人も知らないことを当然かのように答えていくローブの男、ここまでくればほぼ確定なのだが、赤ん坊はあともう一押し欲しいようだ。

(…それなら…)
『宇宙の定義について、かい?』
(…まだ言ってないのに…)
『このまま答えても構わないが多分、数時間位は掛かると思うよ?それでキミが確信出来るというのであれば続けるけど』

 質問内容を提示する前にフードを被ったまま笑顔で言い当てられてしまった。仮に答えられても困るが、どうやら赤ん坊の質問の意図に気付いて応えてくれていたようだ。
 となればこれ以上このローブの男が幻覚だと疑う必要は無いだろう。

(…え~っと…じゃああなたは幻覚じゃなく、実在する人ってことでいい…の?)
『うん』
(…あなたは、僕の言葉…じゃなくて、思っている事や考えている事が分かるの…?)
『うん。そうだよ』

 淡々と会話を進める赤ん坊。そんな赤ん坊にフードの男は優しく微笑んで質問に応じる。

(…分かった。嘘を言ってるわけじゃないようだし信じるよ。さっきは疑ってごめん…)

 仮にも命の恩人に対して、あまりにも失礼な態度だと考え、とりあえず形だけでも謝罪をして自身の非を認める赤ん坊は謝る体勢になる為、四つん這いになろうとした。

『よいしょ』
(…えっ?)
『怖がらなくていい。抱き上げただけだよ』

 しかし、その前にローブの男に抱き上げられた。いきなりの浮遊感に反応が遅れたが、別に怖かったわけではない。その後にローブの男が表情を曇らせていたのを少々見えづらいが見えた。

『それに謝罪をするのはワタシの方だ。危険な魔物の侵入を許してしまい、申し訳ない。管理者として情け無い限りだよ』
(…あ、さっきのは魔物だったんだ。けど…管理者って…?)

 ここにきて管理者という言葉が出てきた。この言葉から察するにどうやらこのドーム状の空間はローブの男が創ったようだ。

『それより、ワタシがさっき言ったことを覚えているかい?』
(…えっ?さっきって、どれのこと…?)

 話を逸らされたように見えたが、今はローブの男が言ったさっきの話を優先する。
 正直色々ありすぎて一体どのことを言っているのか分かっていなかった。
 今も正面で抱えられている状態なのだが、抵抗する気も起きずされるがままである。

『キミが転生者として非常に複雑な状態であることについてだよ』
(…あっ)

 質問責めする前、確かそんな事を言われたのを思い出した。
 赤ん坊と正面で見つめ合う状態から抱える姿勢に抱き直した後、ローブの男はその場に座り込み人差し指を出して説明した。

『まず、此の世界がキミにとって異世界であるのは理解しているね?』
(…あ、うん。それは分かる…)
『此の世界ではキミのように転生した人達、転生者は通称と呼ばれ、キミらの世界で死んだ魂がこの世界に迷い込んでしまい、生まれる前の赤子の魂と重なることで生まれ変わり、二度目の人生を生きることが出来る存在なんだ』
(…ネスト、ねぇ。)

 この異世界ではごく稀に前の世界で死んだ人間の魂がこの世界に入り、主に赤子となって生まれ変わって転生者ネストとなるらしい。
 赤ん坊の反応はあまりピンときていないといったところだが、内容は理解したようだ。

『話を戻すけど、キミは自身が異常な状態である事に気付いているんじゃないのかい?』

 ローブの男は赤ん坊の状態について追及し始めた。
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