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愛のベクトル

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今日はシスターが研修で不在の日。
司祭はシスターの分まで張り切って仕事をします。
掃除に洗濯、孤児院の様子見が終わったら迷える者の為に懺悔室で待機します。

そして、今日も一人の迷える者が扉を開けました。

「改心を呼びかけておられる神の声に心を開いてください。神のいつくしみに信頼して、あなたの罪を告白してください。」

「はい。私には、十年来の友でもある恋人がいます。最近、その恋人に言い寄ってくる奴がいて困っているのです。」

「それは、言い寄ってくる方をどうにかしたいと言う事でしょうか?」

「いいえ。俺はその、言い寄ってくる奴に危害を加えようとかは思ってなくて……そいつを嫌いじゃない事に気づいて困ってるんです。
もちろん恋人の事は愛してます!嫌いになった訳じゃないし不満もないんです。
ただ恋人に言い寄られてすごく腹が立つのに「なんで俺じゃないんだよ!」とか「少しは俺にも近づいてこいよ!」って思ってしまう事があることに気がついて……自分がおかしいのは分かっているんですが。」

男性の言い様だと明らかに嫉妬しているようにみえるがどうやら無自覚のようだった。

「俺は、どうしてしまったんでしょう……」

「貴方は今、とても混乱しているようです。
まずは自分の心に素直に向き合ってみる必要があるようです。
その上で、恋人に貴方の想いを伝えてみてはどうでしょう。」

「でも、嫌われてしまったら……」

男性は踏ん切りがつかない様子で、そんな男性に司祭は優しく語りかけます。

「貴方もこのままではいけない事が分かっているのではないですか?大丈夫です。貴方が好きになった女性を信じて下さい。」

「ん?女性?……まあ、でもそうですね。俺、素直にアイツに向き合ってみます。ありがとうございます。」

男性が司祭の言葉に引っかかりを感じている事に司祭は気づきませんでした。

「最後に神に祈りましょう。」

「はい。神よ……慈しみ深くわたしを顧み、罪深いわたしを清めてください。」

「神があなたに許しと平和を与えてくださいますように。わたしは父と子と聖霊の御名によって、あなたの罪をゆるします」

「アーメン」

男性は教会を出ると走って行ったようで、司祭は何故そんなに急いだのか少し気になりました。

しばらくすると、研修からシスターが帰ってきました。

「司祭様、今日はありがとうございました。」

「気にしないで下さい。それより研修はどうでしたか?」

「とても勉強になりました。でも、リックさんに会いに行けなかったのが残念です。
また明日、リックさんの所に行ってきます!」

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