リンバース公爵領の教会で

聖 りんご

文字の大きさ
上 下
2 / 20

危険な執事

しおりを挟む
よく晴れた夏空が眩しい日、教会の懺悔室の扉は開かれました。

司祭は迷える子羊の為に小窓を開けます。

「改心を呼びかけておられる神の声に心を開いてください。神のいつくしみに信頼して、貴方の罪を告白してください。」

「はい。私はとても罪深き愛の奴隷です。」

今日の懺悔は恋愛に関するもののようで、あまり経験豊富とは言えない司祭は、良いアドバイスができるのか少し不安に思っていた。

「私は仕える主に恋心を抱き、抑える事ができません。」

(身分差ですか……。それは何とも難儀なものですね。)
司祭は叶う見込みの少ない恋に同情した。

「主は天使のような御方で、愛おしくて愛おしくて狂ってしまいそうです。力いっぱい抱きしめてその唇を奪い、私の檻に閉じ込めたい!
罪深い私は、主より先に起きて寝顔を拝み、主より遅くに寝て寝顔を愛でる生活をしているのです。」

(狂ってしまいそうでは無くて狂っていると言って良いでしょう。あぁ……アドバイスとか言うレベルではないようですね。犯罪の匂いしかしません。これは放っておいて大丈夫でしょうか。)
司祭は悩みました。どうみても危ない思考の持ち主を普通に対応してしまって良いのか、しかし彼は神に許しを乞いにきた子羊。
救うべき存在です。

「どうか、私に許しをお願いします。」

(許し……これを許したらダメですよね……しかし私は神の遣いたる司祭………)
許しを求める子羊に司祭は迷いました。

「迷える子羊よ……神が貴方を許すには貴方の行動を改めなくてはなりません。心を清める為にミサにも参加されてはいかがでしょう。そして、貴方の主の安息の為にも主の寝顔を観察するのは控えてはどうでしょうか。」

「ミサですか。そうですね……今度、参加させていただきます。寝顔についてはすでに日課で……大丈夫です。気づかれてないので安心して下さい。」

(安心できません。)
司祭は更生が不可能な事を悟りました。

「それでは、神のゆるしを求め、祈りを唱えてください。」

「神よ、慈しみ深くわたしを顧み、豊かな哀れみによって私のとがをお許し下さい。そして、罪深いわたしをお清めください。」

「神が教会の奉仕の務めを通してあなたに許しと平和を与えてくださいますように。わたしは父と子と聖霊の御名によって、あなたの罪を許しましょう。」

「アーメン」

また懺悔室の扉が開かれ、迷える子羊は帰っていきました。

彼はきっとまた来る、司祭には予感がありました。
次はもっと過激な存在になっているのか、心が穏やかになっているのかは不明でしたが、そう簡単に禊は出来ないなという確信はありました。

司祭は神に祈りました。
彼が、少しずつその身と心を清めてくれるように。
願わくば、彼の主に奇行がバレないように。






そしてまた、次の迷える子羊の手によって懺悔室の扉は開かれました。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。 普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。 ※課長の脳内は変態です。 なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

弟の恋人〜はじめての恋は最後の恋〜

樹沙都
恋愛
はじめての恋は最後の恋。 夏の終わり。両親の死とともに散った十七歳の初恋は、大きな疵痕を残して亜弥の心の時を止めた。 流されるままに過ごしたそれからの十年。それはこれからもずっと同じ。そう思っていた。だが—— 「あいつとも寝たのか」 突然の再会。誤解。謀略。 運命に翻弄される亜弥の時間がいま、動き出す。 ※恋愛小説大賞にエントリーしています。応援どうぞよろしくお願いします!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...