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キッチンで *side:義人*

(1)

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**美咲**

商品のバーコードを機械で読み取っていく。
レジは最新式のものらしく、お金を入れたらお釣りが自動で出てきてくれる。機械が苦手な私でも使うことができた。

「5点で、合計550円でございます。 袋はご利用ですか? かしこまりました、テープで失礼致します。 600円お預かりしましたので、50円のお返しです」

セーラー服を着たお客様が「ありがとうございます」と言ってくれた。言わないお客様も多いけど、何か言ってくれるととても嬉しい気持ちになる。

「ありがとうございます。またお待ちしております」

お客様がお店の外へ出た。それを目で見送って、また来てくれるかな、と思う。

「桜井さん、レジ代わるよ」
「はい。お願いします」

レジ交代の時間になって、次のスタッフに引き継ぐ。
16時。次は品出しだ。


アルバイトを始めてからもうすぐ1ヶ月。
この100円ショップは単純作業が多いし、カラオケ屋は部屋の片付けや清掃を行う。すぐに仕事を覚えることができて、スタッフのみなさんとも仲良くすることができた。
もっと役に立ちたい、と思うとなんでもやる気になった。



(あれ?)

さっき私が担当していたレジの横に、単語帳が落ちていた。
これはお店の商品だ。まだ未開封。
でも、レジを打った後に貼るテープが、もうレジに通したものだよと伝えてくる。

(あ!)

きっと、さっきのお客様だ!セーラー服の!
文房具とアクセサリーの合計5点。数分前のことだから記憶が鮮明だった。

商品を持ってお店の外へ出る。
左右を見渡す。いない。
大通りまで出て、セーラー服を探す。

信号で立ち止まっている人々がいる。あの中にいるかもしれない。
あっ待って!まだ青にならないで!
私は全力で走った。
駅に向かう方面だ。電車に乗ってしまったら、もう渡すことができない。

セーラー服を着た女性が、見えた。

「あのっ!お客様!」

人々みんなが、"私のことか"と振り返ってくる。
違う。違うんです。用があるのはあなただけなんです!

セーラー服の女性の手を取った。
なんとか、間に合った。

「あのっ、単語帳、落とされませんでしたか!?」
「えっ?」

私がぜーぜーと呼吸している間に、女性がカバンの中を漁る。

「あ…ない」
「落ちていて、はぁ。店内に。あの、どうぞ…」

呼吸が荒いのと言葉が思い浮かばなかったのとで、文章がめちゃくちゃになった。

「あ、ありがとうございます!わざわざ届けてくれて…」
「いえ、あの、はぁ。よかったです。はぁ」

単語帳を渡して、頭をぺこりと下げる。
「では、はぁ。私はこれで…」

私はまた走ってお店に戻った。













**義人**

「…ってことがあって。お店の人が届けてくれたんです」
「へー、立派な店員さんだな」

個人授業のあとの雑談。小池さんが今日塾に来る前に寄った店での出来事を話してくれた。

「じゃあその単語帳、大事に使わなきゃな。わざわざ持ってきてくれたんだから」
「はい!」

荷物を片付けながら、口も動かす。

「あのお店の人、最初見たとき店員さんに見えなくて。中学生みたいな、身長の低い人で」
「中学生?」
「はい。女の人だったんですけど、私よりも年下なのかと思っちゃいました」
「…もしかしてその100円ショップって、川波駅の前のとこ?」
「そうですそうです!先生もその人見たことありますか?」

…こんな偶然があるとは。
あとで本人に話してやろう。

廊下を歩いて、階段まで小池さんを見送る。

「まぁ、なんつーか。俺の知り合いだわ、その店員」
「そうなんですか!どんな関係なんですか?」

…うーん、言っていいものか。一応個人情報だしな…。まあ名前を言わなきゃ大丈夫か。

「俺のシェアハウスの、同居人」
「え!?」

小池さんの声が廊下に響いた。職員室まで聞こえていないといいが。

「ルームシェアしてる人って、女の人だったんですか!?私、てっきり男の人だと…」
「俺ともう1人は男で、あとはその女の店員。3人で暮らしてんの」
「彼女はいないって…」
「彼女じゃないから。同居してるだけ」

本当は戸籍上いとこだし、俺が好意を持っているし、彼女以上のことをシてしまっているが、それは教育上話せない。

もう階段に着いている。なのに小池さんはなかなか降りていかなかった。

「小池さん?どうした?」
「…か、彼女がいないなら…」

…?なんて言った?小さい声で聞こえなかった。

「ごめん、もう一度…」
「なっ、なんでもないです!さようなら先生!」

小池さんは階段を猛スピードで駆け降りていった。

よくわからなかったが、俺はあまり気に留めず職員室へ向かった。



仕事が終わり家に帰ると、美味そうな肉じゃがが俺を出迎えてくれた。

「先輩、ご飯のおかわり、いりますか?」
「ん。もらう」
「伊織さんは、どうですか?」
「俺は大丈夫。ありがとう」

美咲が俺の茶碗に米を盛って、手渡してくれる。肉じゃがは味が染みていて米が進んだ。

「今日うちの塾の生徒が、美咲のこと話してたぞ」
「え?」
「落とした商品、届けてくれたって。中学生みたいって言ってたから、お前のことだと思ったんだけど」
「あ…セーラー服の」
「単語帳、大事に使うってさ」

美咲が顔をほころばせた。
「走ってよかったです」

「俺だったら届けずに見て見ぬフリするかも」
「だめじゃん教師のくせに」
「ふふ」

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