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声 *side:義人*

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俺と伊織はひどくむせた。

めちゃくちゃ咳込んで、鼻の奥がツンとするのを耐える。

「みさっ、美咲ちゃん、いま食事中…っ」
「あっ、すっ、すみませ…」

顔を赤くして恥ずかしがることが多いくせに、そういう言葉を言うのに恥じらいはないのか、こいつは!

「あの、伊織さんが今日、お財布から出していたので…気になってて」
「なんでそんなところを気にするかな…」
「何、伊織、財布に入れて持ち歩いてんの?」

珍しく伊織の顔が赤くなっていた。
仕方ないだろう、まさかそんな秘密を好きな女に暴露されるとは夢にも思うまい。

「…万が一のために、持ち歩いてただけ。別に財布でもいいでしょ」
「まあ、財布派の男は多いだろうな」
「"派"とか言わないでよ。そういう先輩はどうなのさ」
「言わねーよバーカ」

男同士でも話しづらい会話を、好きな女に聞かれた。伊織は今頃穴に入りたいと思っているに違いない。


ちょっとだけ、いい気味だ、と思ってしまった。

**********


今になってみると、悪いこと思っちまったなーと反省。
思い出して苦笑いを浮かべたまま家へ帰る。

「ただいまー」

玄関で自分が帰ってきたことを知らせる。
するとリビングへのドアが開いて、小さい姿が見えた。

「おかえりなさい、先輩」

美咲が菜箸を持ったまま玄関まで出迎えてくれた。その姿を見ただけで思わず顔がほころぶ。

「美咲ー、ハグ」
「はい」

ぎゅうっと小さい体を抱きしめる。美咲も俺の背中に腕を回してくれる。

美咲の頭に顎を乗せる。柔らかい髪の毛がくすぐったい。後頭部の髪を撫でてやると、美咲がもぞもぞと頭を動かす。余計に髪が掠めてくすぐったくなる。

「私も、先輩のこと、撫でた方がいいですか?」
「届かねーだろ」
「背伸びしたら、届くかもです」
「よし、やってみろ」

体を離すと美咲が手を伸ばして、必死に背伸びする。

俺の目の前までは手が届いたが、頭までは届かなかった。撫でてもらいたかったから、残念。

つま先立ちのせいで美咲がバランスを崩した。
「あっ」

「おっと」
俺の体に向かって倒れてくる。
美咲を受け止めて、一方的にもう一回ハグをする。

「…むぅ」
「ちょっと身長足りなかったなー」

笑ってやると美咲は不満げな顔をする。
そんな拗ねた顔も可愛かった。
すげー幸せ。
めっちゃ癒される。
毎日ハグしても全然飽きなかった。


「おーいそこの塾講師ー、デレデレしないでー」


リビングから伊織が出て来た。
白い目で見てくる。

「今、美咲ちゃんと晩ご飯作ってたんだから、邪魔しないでよねー」
「お前こそ俺の至福の時間を邪魔すんな」
「美咲ちゃん、先輩のことは置いといてこっち戻ってきて?」
「美咲、今日の晩飯は伊織に任せていいぞ」

「えっと、えっと…」

美咲がどうすればいいのかとあわあわしている。

その姿がとんでもなく、

((かわいい…))



空気は完全にピンク色だった。








3人で飯を食って、美咲が風呂に入った。
俺と伊織はリビングでそれぞれの時間を過ごす。

明日は火曜日。火曜日の時間割と授業内容を確認する。
クラス授業は、今日の続きから。
個別授業は、高校生の授業が3人。帰りの時間は今日と同じか、ちょっと遅くなるかな。

質問チャットを確認した。まだ4月の中旬で生徒たちの気持ちに余裕があるから質問は少ないが、学校の試験期間や受験シーズンはチャットが渋滞になる。特に受験生には余裕を持って早め早めに質問してほしい。

そう思いながらチャットにログインすると、受験生からメッセージが来ていた。今日、個別授業をした小池優香子さんだ。

あの子は高校2年生の秋からうちの塾に入校した。だから小池さんとの授業はかれこれ半年くらい続いている。多分受験が終わるまでは俺が英語を担当することになるだろう。


メッセージを開く。
『今日もありがとうございました!今週英語の小テストがあるので明日また自習しに行きたいのですが、有川先生はいらっしゃいますか??』

…このチャットはわからない問題を質問するところなのだが。まぁいいか。自習しにわざわざ塾に来るのは感心感心。

『明日もいますが授業が詰まっているので、対応できるのは19時以降になります。もしよければ質問はチャット内で受け付けますよ。』
と入力して送信した。


10分もしないうちに返信が来て、メッセージを開く。
『直接会って聞きたいので、自習室で待ってます!』
と来た。

…今日の自習では聞けなかったのだろうか。いや、小テストの勉強を思い立ったのが家に帰ってからだったのかもしれない。そういう時もあるよな。うん。



「お風呂、空きました」

美咲が風呂から出てきた。
伊織が読んでいた本を机に置いて、立ち上がる。
「先に行ってもいい?」
「おう」
簡単な会話をして伊織が風呂に行った。

美咲が斜め前に座る。俺のノートパソコンをじっと見ている。

「どした?」
「パソコン…いいな、と思いまして」
「あー持ってないと憧れるよな」
「はい」
「触ってみるか?」
「えっ、壊しちゃうかも…」
「そんなヤワじゃねーし。ほれ、ここ来い」

あぐら状態の自分の足元を指さす。

「えっ?」
「俺の膝の上」
「は、はい…」

美咲が「失礼します…」と言いながら、俺と机の間に来る。
俺の膝の上に腰を下ろした。
美咲の頭が真下にある。でもさっきのハグとは向きが逆だった。

「あの…重く、ないですか…?」
「全然。むしろ軽いわ。もっと食ったほうがいいぞ」
「そんな…ちゃんと食べてます」
「ほらパソコン。何か打ってみろよ」

チャットを閉じて、代わりに文書作成のソフトを開く。ローマ字の"かな"状態にして、あとは好きに打つよう委ねる。
美咲が慣れない手つきでキーボードを打つ。俺はそれを後ろから見ていた。


『あいうえお』

「…お前もっと中身のある文章打てよ」
「えっと、何打てばいいか、わからなくて…」
「名前とかさ。"こんにちは"でも"こんばんは"でも良いし。あーそうだ、"ねこ"って打って変換すると、絵文字みたいな記号が出てくるぞ」
「ねこ…」

"ねこ"と入力して変換キーを押すと、予測変換の中に猫の記号があった。選択すると文書に猫のアイコンが出力される。

「…かわいいです」

美咲は乗り気になったのか、"いぬ"や"うさぎ"、"ひと"とどんどん入力し始めた。


ふと美咲の髪からいい匂いがした。
シャンプーだろうか。
よく見ると髪がまだ少し濡れていた。ドライヤーの乾き残しだろう。

美咲の頭に鼻をこすりつける。

「ひゃ!?」

高い声を出して肩が跳ねた。

「せ、先輩っ?」
「美咲、すげーいい匂いする…」
「え?あ、お風呂上がり、だから…?」
「ずっと嗅いでたい」
「そ、それはちょっと…」

すんすんと髪の匂いを嗅ぐ。
そのたびに美咲の体がピクッと動く。
「んっ…」

(風呂上がりの女って、なんか…いいよな)

美咲の体を後ろからぎゅっと抱きしめる。

「えっ、あ、ハグ、ですか…?」
「ハグっつーか…体、触りたい」

俺は美咲のパジャマをめくり始めた。

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