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逢瀬 *side:伊織*

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「バイト帰りってことは、家にはまだ帰ってないんだよね?先輩に連絡しとくね」
「はい」

先輩もこの曜日ならそろそろ家に帰る頃だろう。彼女が一緒にいることを書いて、メッセージを送信する。

図書館に着くまでの数分間、喋りながら歩いた。
「そういえば今日の弁当、作るの大変だったでしょ?友人に羨ましがられたよ」
「そんな。大したものじゃ…」
「すごく元気出た。ありがとう」

彼女は微笑んだ。
素敵な笑顔。
本当に素敵だ。

でも、俺がもっと好きなのは……。


喋っているうちに図書館に着いた。
返却ポストに本を入れて、「よし、帰ろ」と言う。
2人で歩き出したが、彼女が周りをきょろきょろしていて足を止めた。

「大学って、広いですね」
「んーそうだね、うちの大学は広い方かも」
「教室とかも、広いですか?」
「大教室は何百人と座れるくらいだからね。小さい教室は30人くらいかな」

彼女の境遇を思い出す。
亡くなった育ての親の金銭的な事情から、大学に進むことはできなかったらしい。
そういう余裕があれば、彼女も大学に進んだかもしれない。

「……大学、少し見学してく?」
「え。いいんですか?」
「うん。この時間なら講義もほとんど終わって人はいないだろうし。付き合うよ」
「お、お願いします…!」

目がキラキラしてる。いつも無表情気味な彼女にしては滅多に見ることのできないレアな表情だ。

「1番大きい教室は、こっちの棟。行こっか」
「は、はいっ」



電気が消えていて、人の気配のない大教室に入る。
教室の後ろにあるドアから入り、上下移動できる大きなホワイトボードが正面にある。
教室は扇型の構造で、後列ほど目線が上がる階段状のものだった。

「わぁ…」

彼女が教室の階段を降りていく。
長机の表面を指でなぞったり、床に固定された椅子に座ったり、ホワイトボードを上下に動かしたりしている。
そのはしゃぐ姿はまるで中学生そのものだ。

「すごいです…」
「楽しい?美咲ちゃん」
「はいっ。高校とは、全然違います」

前の教卓の前まで行く。

「これは、なんですか?」
「マイクだよ。教室が広いから、教員はマイクで授業するんだ」
「これは、なんですか?」
「タッチパネル。授業のスライドを進めるときに使うやつ」
「スライドって、なんですか?」
「うーん、教員が作った授業ノート、みたいな…?」

彼女が階段を駆け上がる。
階段は幅があって彼女の歩幅と合っていなかった。
「あっ」

「危ない!!」

階段に足を引っ掛けた彼女に手を伸ばす。

二の腕を掴んで、思い切り引っ張る。

肩を抱き寄せてそばで確認する。
「大丈夫!?」

「すみません…調子に乗りました…」
「怪我は!?」
「どこも痛くないです」

ふぅ、と息を吐く。危うく顔から床にダイブするところだった。

「ありがとうございます、伊織さん」
「怪我がないなら、よかった…」

と、口にしているときに気付いた。
すぐそばに、彼女の顔があった。
近い。すごく近い。
しかも目が合っている。

彼女もそれに気づき、頬が少し赤くなった。

ああ、そうだ。この表情。
俺の好きな顔の1つだ。

やばい。もっと見たくなってきた。
こんな時なのに。こんな場所なのに。

「伊織さん、すみませ、あの、もう大丈夫なので…」

彼女の肩を掴んでいる手に力が入る。
「伊織さん?」
「美咲ちゃん…

キス、したい」





**美咲**

「えっ」

今、なんて言われたの?
キス?きす??

「ダメ?」
「あっ、あの…ここで、ですか…?」

いつも家で、恥ずかしくなるキス、しているのに。あのキスは体の力が抜けちゃうから、こんな場所でしたら…。

「うん。ここで。今すぐしたくなっちゃった」
「……っ」

顔が近い。
すぐ返事しないと、唇が触れちゃう。

「えと、えと。い、1回、だけ、なら…?」

1回だけなら、たぶん、耐えられると思う…。

「…ありがと」

伊織さんと唇が触れる。
「ん…」


ちゅう  ちゅぅう
ちゅぱっ  ちゃくっ


「んん…っ?」


ぴちゃ  ちゅく
ちゅる  じゅるるっ


「ぁ…はぁッ」
「…美咲ちゃん、キス気持ちいいね…」
「…いっ、1回だけって…っ」
「そんなわけないでしょ?」
「ふぁッ」

じゅぷっ  ちゅくちゅくっ  ぴちゃ


顔を両手で包まれていて離すことができない。
(あ、もう、足が…)
足に力が入らなくて、内股のまま膝がガクガクする。

「おっと」
膝をつきそうになったけど、伊織さんが腰を支えてくれた。
「あ…の、もぉ、むり、です…」
「そうみたいだね」

伊織さんが私の両膝の裏にそれぞれ腕をかけて、私の体はぐんっと持ち上げられた。
「ひゃっ」
「俺の首に掴まって。落ちちゃうよ?」
伊織さんの首に抱きついて、落ちないようにしがみついた。
数歩だけ移動すると、机の上に座らされた。
「えっ…え?」

机の上に座ると、立っている伊織さんと目線の高さが合う。
伊織さんの顔は笑っていた。
頬も少しだけ赤くなっていて…なんというか、伊織さんの部屋でキスをした時のことを思い出した。


「美咲ちゃん。このまま、ここでしよっか」

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