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【第2部】逢瀬 *side:義人*

(3)

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デザートを食べた後レストランを出る。
スーツの上に着るコートを、美咲に頭から被せた。

「あの、先輩が濡れちゃいます」
「俺はいいよ。スーツ1着濡れるくらい」
「でも風邪ひいちゃいます」
「走れば3分で着くし」
「どこに行くんですか?」

「ラブホ」

「えっ」

美咲の返事を聞く前に、手を引っ張って雨の中2人で走った。




ホテルに着いて、服の水滴を払う。
外装の蛍光色が眩しくて目を細める。
「あの、せんぱ…」
美咲と手をつないだまま店内に入る。
タッチパネルで予約した部屋を確認し、出てきたカードキーを持ってエレベーターに乗る。
「先輩、えっと、」
エレベーターが止まって扉が開く。
カードキーに書いてある番号の部屋に向かう。
部屋のドアは重厚な造りで、カードキーを差し込んだ。
「…っ、くしゅん!」

ハッとして隣を見る。
美咲が肩から震えていた。
「すまん美咲、寒かったか?」
「いえ…平気です」
コートを被ってはいたものの、せっかく似合っている服がびしょ濡れになっていた。

部屋の中に入ってドアを閉める。

入ってすぐのところに風呂場があり、奥の部屋にはソファと机とベッドがあった。

「美咲、シャワー浴びてきな」
「でも先輩もびしょ濡れで…」
「俺は後から行くから。荷物こっち置いて」

美咲のトートバッグを預かってソファに置く。風呂場に行かせてドアをカチャンと閉めた。

俺もスーツの上着を脱ぐ。湿っているが朝までに乾くだろうか。微妙なところだな。
ワイシャツも雨で濡れていたが、…さすがに脱いじゃいけないと思った。

もう1つのソファに座って、ふぅ、と息を吹く。



やってしまった。
いくら雨宿りとはいえ、ラブホにしてよかったのだろうか。
美咲の気持ちも聞かずに勝手に決めて。
雨の中走らせて。
明日には風邪をひいてるかもしれない。

「っ、へくし!」

…………。
あー、やっぱり失敗したかも。

ワイシャツも脱いで上半身が裸になる。
シャツをハンガーにかけて上着と並べる。

完全に予定が狂った。
レストランで食事したら家に帰るつもりだった。
家に帰ったら2人でイチャイチャしたいなーとか軽く考えていたが、まさか雨に邪魔されるとは思わなかった。

(今日はここに泊まってー、始発で家に帰ってー、急いで朝飯食って仕事の用意して…。朝飯は時間ねーかなー。今度スーツ、クリーニング出さねーと…)

そういえば、美咲も明日アルバイトか。

(今日すぐ寝かせて早起きさせねーと…。あいつはバイト昼からだから午前中は家で少し寝れるだろうし…。あ、伊織がいつ帰ってくるかわかんねーな)

いろいろ頭の中でシミュレーションするが、どうしても美咲に負担をかけてしまう。

(俺はいいんだよ俺は。休憩時間に机で少し眠れるし…。あいつは立ち仕事なんだからもっと気を遣うべきだった…)

「っ、へくし!」






**美咲**

(あったかい)

シャワーを浴びて体を温める。

(先輩に任せっきりにしちゃった。デートなんだから、私も気を遣わなきゃいけなかったのに…)

デートのプランも先輩が決めて、代金も全部払ってくれて、雨宿りする場所も見つけてくれて…。

(……そういえばラブホって、ああいうことする場所、なんだよね……?)

想像したらなぜか下半身がきゅっとなった。

(だめ!先輩はそんなこと考えてないだろうし!)

でもこんな場所初めて入った。
シャワーも、洗面台も、全てが高価なものに見える。ベッドもサイズが大きかった。

シャワーを止めて、バスタオルで体を拭く。

(…先輩は、今までも、来たことあるのかな…)

ここに着いてからの先輩のスムーズな動き。すぐにチェックインして、部屋まで連れてきてくれた。私なんてチェックインの方法すら知らなかった。

ドライヤーで髪を乾かす。

(あんまり考えないようにしてたけど…先輩や伊織さんが知らない人とこういう経験をしてるのは、ちょっと、イヤかも…)

私は勝手に想像して勝手に落ち込んだ。

(あ、服…)

濡れてるんだから、着たらシャワーを浴びた意味がない。
どうすれば、と思ってもたもたしていると、バスタオルではないもっと大きなタオルが目に入る。

(これって…)

(!!)

(こ、これ着るの…!?)





**義人**

カチャンと音が聞こえた。

美咲が風呂場から出てきた。

その姿は。


真っ白なバスローブで包まれていた。


「あのっ、着るもの、これしかなくて…」

と言った直後、俺の姿を見た美咲は顔が一気に真っ赤になった。
そういえばジャケットもワイシャツも脱いだから、俺は上半身裸になっていることを思い出した。
美咲は目がうろうろと泳いでいた。

「せ、せんぱ、ああああの……」
「お、俺もシャワー行ってくるから!」

美咲が照れてるのを見て自分も恥ずかしくなって急いで風呂場に行く。
中に入ってすぐにドアを閉める。

(男の上半身くらい見たことねーのか、あいつは…)

学校のプールの授業とかでも男子は上半身裸だろうが!


残りの服を脱いでシャワーを浴びる。


バスローブ姿の美咲を思い出す。

(なんつーか、…エロかった)

体が熱くなる。


…………!

「う!?」

まじか。

何がとは言わないが……元気になっていた。

(ちょっと待てよ……)

自分に呆れる。
こんな場所で元気になるとか、その気になってるって思われるだろ…。

(おさまれ、おさまれ)

そういえば。
つか今思い出すことじゃないが。

(美咲を家に連れてきた日の夜も、こうなったっけ…)

新幹線でのキスを思い出して、その日の夜は体が熱くて眠れなかった。
今もあいつとのキスとバスローブ姿を思い出してもっと体が熱くなる。

(俺、危険人物かよ……)

好きな女を想像して自己処理するのは、罪悪感が残る。

(……おさまってから、戻ろう)

美咲よりも俺の方がシャワーを浴びていた時間が長かった。






気持ちも体も落ち着かせて、風呂場から出る。
俺も同じようにバスローブを着るしかなかった。

部屋に戻ると美咲はベッドの上に座っていた。

「美咲」
名前を呼んだだけなのに美咲の体はビクッと跳ねた。少し距離を取って隣に座ると、反対側に顔を向けた。明らかに俺から目を逸らしている。

「悪いな。せっかくのデートだったのにこんなことになって」
「いえ…」
「明日は朝早いからお前はもう寝ろよ」
「でも、あの、ベッドがひとつしかなくて」
「あー……」

そういう場所だから当たり前だが、設置してあるのはダブルベッドだった。

「ん?でもお前、そういうの気にしないんじゃなかったの」
「え?」
「初めて家に来た時、伊織と一緒に寝てたじゃん」
「それは、その…あの時は平気だったんですけど」

指をもぞもぞと動かして小さな声で呟く。

「先輩や伊織さんと…キスとかハグとか、するようになってからは…ドキドキするようになっちゃって…」

「……っ」

こいつはまたこういう可愛いことを言う…。

落ち着け。
落ち着け。

「……ベッドは一緒に使おう。広いし、距離取って寝れるだろ」
「…は、い」
「お前が嫌がることはしねーから。絶対。今日はハグもなし」
「!」

立ち上がってベッドの反対側に向かおうとする。
すると、やっとこっちを向いた美咲が手を伸ばしてバスローブを掴んできた。
「あ、の!」
「え」

「今日っ、デート、ですよね?」
「そうだけど…」
「だったら、キスもハグも、したいです。するべきです。こういう場所ですること、したいです」
「はっ?」

落ち着け。
落ち着け。

「先輩は、したくありませんか」
「し、したいかしたくないかだったら、したいけど」
「じゃあしましょう」
「いやいや待て!そういう問題じゃない!」

「私、先輩と、

恥ずかしいこと、したいです」


頬を赤らめながらまっすぐ見つめてくる。
沈黙が流れる。
なのに心臓はバクバクとうるさい。
また体が熱くなる。

落ち着け。
落ち着け。



いや、無理だ。


俺はいつも以上にきつく抱きしめた。

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