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想いの認識

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食事はドアから少しずれたところに置いてあった。
彼女はその隣に座っていた。
小さい口がポカンと開いていた。

「…え?さ、サディスト、って。え?」

まばたきが多い。
きょとんとした姿は本当に可愛い。
でも今の俺には響かない。

「それって、え、S…って、ことですか」
「うん」

怖くなった?
嫌いになった?
離れたくなった?
だからどうなっても知らないって言ったのに。


そうだよ。
俺は、Sだ。
しかも、かなりの。


「美咲ちゃんが気付かせてくれたんだよ?」
「え……」


笑った顔よりも。

君が泣いたり、困ったり、慌てたりする様子がたまらなく好きだ。

泣かせたい。

困らせたい。

叫ばせたい。

痛めつけたい。

その小動物みたいな体に、噛みつきたい。

そのことに気付いてしまった。

こんな自分がいたなんて。
今までの俺からは想像できない。
認めたくない。信じたくない。
こんなこと周りに知られたら幻滅される。

君も、幻滅したでしょ?



「それだけですか」



…………。

えっ。


「伊織さん、Sだったんですね。初めて知りました。でも、それがどうかしたんですか」


さっきと変わらない、きょとんとした姿。

ちょっと待って。


「こ、怖く、ないの?」
「……? 全然です」


あんなに俺、自己嫌悪で悩まされたのに。


「がっかりしてない?そんな人だったんだって、思わない?」
「驚きはしたけど、がっかりはしてないです」
「嫌いになってない?」
「ならないですよ」


…………。

…………。


もしかして、気を遣ってくれてる?
本当は怖いんでしょ?
嫌いになったでしょ?
だって、君の泣き顔を思い出して笑ってたんだよ?
俺だってこんな自分がイヤなのに。


そうか。わかってないんだ彼女は。
本当の俺の怖さを。



じゃあ、教えてあげなきゃ。





美咲ちゃんの腕を引っ張って部屋に引きずり込んだ。
「きゃっ!?」

彼女が部屋に倒れ込む。

驚いた声。

それとも痛かった?引っ張った腕や、引きずられた腰が。

それすらも俺を興奮させる。


彼女の上に覆い被さる。


両手首を掴んで頭の上に固定する。



「あのっ伊織さ…」




強引にキスをした。




小さくて柔らかい唇。

口移しした時とは違う高揚感が這い上がってくる。


床と唇に挟まれた彼女の顔は苦しそうだった。



「んんっ!」



顔が真っ赤になった。
息ができないのか、恥ずかしいのか。

「んぅ、んむっ」


可愛い声が聞こえてくる。
腕を動かそうと力を入れてるようだけど、それ以上の力で俺が押さえつける。


もっと見たい。
もっと聞きたい。
さっきまで会いたくもなかったのに。
今は触れたくて仕方がない。


少し口を開けて舌を入れてみた。


「んぁ!」


彼女の舌が奥へ逃げる。それを俺の舌が追いかける。
俺の唾液が彼女の口の中へ垂れていく。
舌を動かすたびに、クチャ、クチュ、と音を鳴らす。


唇を離して、代わりに彼女の舌を軽く噛んであげた。

「ぷぁ…っ」


真っ赤な顔で、目に涙を浮かべていた。

もっと泣いて。
もっと啼いて。
もっと。もっと。


「……っ、好き、だよ…っ」
「ふぇっ…?」
「大好き…!ん…っ」


彼女の首筋に唇を押し付ける。
強く吸って、ちゅぅう、と音を立てた。
口を首から離すと、赤い痕ができていた。
その痕は彼女の白い肌に花を咲かせたようだった。
それを見て体中が熱くなる。


「はっ、はぁっ……うぅ…」




目に浮かべていた涙をポロポロと流している。
その涙は俺を誘う。


俺の顔は笑っていた。




体が熱い。



興奮は最高潮だ。




彼女が泣いている。

「うっ……いおり、さ…」
「…ほら、嫌いになったでしょ?」

わかってくれたかな。
それとも、もっと痛めつけたほうがわかるかな。

「……わ、私は、嫌いじゃ、ないです」
「え?」
「伊織さんは、私のこと、嫌いですか」
「なんのこと…」
「伊織さんが私を嫌いじゃないなら、私も、嫌いじゃないですっ!」



……驚いた。



まっすぐ見つめてくる。
その言葉に嘘はないように見えた。

君は、こんな俺を受け入れてくれるの?

君が泣いてる姿を見て、笑ってるんだよ?

君を押し倒して、痛めつけて、無理矢理キスしたんだよ?

「…でも君、泣いてるじゃない」
「泣いてないです」
「…強がりなんだね」

頬に流れてる涙を、舌で舐め取った。
しょっぱい。

掴んでいた手首を離した。
体を起こして、彼女の体も起こしてあげた。
また、くるりんぱが乱れていた。…俺のせいだけど。

「……ごめんね。急に……サディストとか、変な告白しちゃって」
「…いえ。それも含めて伊織さんだと思います」


Sな俺も含めて、俺。

あんなに自分に嫌気を感じてたのに、もう今は気にならなくなっていた。

彼女に受け入れてもらえたからだろうか。


「もしかして、Sってことを悩んでたんですか?」
「……うん。昨日自覚して。突き飛ばしたりしてごめんね」
「平気です」

泣いた痕が残ってて、また泣き顔を思い出してしまう。
でも唐突な興奮はもう現れなかった。

もし現れたとしても、きっともう大丈夫。

だって、また君が受け止めてくれるんでしょ?



「……ところで」

彼女の少しだけ開いていた口に指を当てる。

「キス……気持ちよかったね」
「‼︎」

彼女の顔が一気に赤くなった。

「俺の舌は美味しかった?」
「っ…わ、わかんな…」
「じゃあもう1回しよっか」
「い、いじわるです!」


そんなこと言う君も、大好きだよ。




第3章
想いの認識



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