逢瀬のルームシェア〜新入居者の少女を溺愛する話〜

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【第1部】すべてのはじまり

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ことの始まりは3日前だった。

「先輩、朝ご飯できたよ。弁当も作ってそこ置いといたから持ってって」
「サンキュー…あれ?伊織、講義は?遅刻じゃね?」
「2限からだって昨日言ったじゃん。ちゃんと聞いてよね」
「へーへー」

俺たちの朝の風景はいつもこんな感じ。年下の伊織が朝飯を用意していて、弁当がキッチンカウンターに2人分置いてある。俺が伊織のスケジュールを未だに把握していないから、こうやって注意されることもしばしばだ。

このシェアハウス《Flower》には、今のところ俺たち男2人しか住んでいない(言っておくが、断じてそういう関係ではない)。一応4人までは住めるようになってるけど、今までいた住人は転勤で引っ越したし、入居者はなかなか入ってこない。でも今は3月。もうそろそろ新社会人や大学入学を機に入居してくる人も出てくるだろう。俺はここに住んでもうすぐ8年だからよく知ってるけど、3月から4月にかけては見学者が多くなる。間取りを伝えるのに自分たちの部屋も見せなきゃいけないから、部屋の掃除は毎日するようにしている。
でも見学者が来る予定がなければほとんど同じ風景。いつもの朝、仕事、夜を過ごす。

ところが今日は、ひとつだけ違っていた。
伊織が指をさして俺に言った。
「先輩、スマホ鳴ってる」
「んあ?」
暗い画面に白い文字で、「母」と書かれている。スマホが振動して机がカタカタと小さな音を立てる。
母親からの電話だった。また跡継ぎが、とか、親戚が、とか、俺にとってはくだらない話をされるのかもしれない。着信拒否にしてやろうか、とさえ思ったこともある。
しかしそんなことをすれば正月やお盆に実家へ帰った時に、アンタあの時、とか言って怒られるのがオチだ。そう察して、結局出ることにした。伊織に一言断りを入れた。
「伊織、先に飯食ってて」
「わかった」
通話ボタンを押して、スマホを耳に当てた。

「もしもし」
『あ、義人?母さんだけど』
この流れは予想通り。でも声が低い。26歳にもなると、母さんの機嫌は声色でわかるようになった。声が低いときは母さんにとって良からぬことが起こった証拠だ。
「どうした?何かあった?」
『その…親戚が事故で亡くなってね。お葬儀があるから来てほしいんだけど』
親戚について、という点も予想通りだった。けれど葬式と聞いてふざけるわけにはいかない。真剣に聞かなければ、と思う一方で、仕事の休みを取らなきゃ、新幹線の予約しなきゃ、香典の用意も、という考えも脳内を駆け巡った。
「わかった。誰が亡くなった?」
そう聞いただけなのに、少し沈黙になった。それがかなり長く感じた。もう一度聞き直そうと口を開いたところで、向こうが先に言葉を発した。
『敦子叔母さんよ。母さんの、一番下の妹』

あつこおばさん。

まずい。
誰だかわからない。

毎年の親族の集まりにいただろうか。いや、覚えていない。親戚の名前をど忘れするほど歳を取ったかと自分の頭を疑ったが、前述したとおり俺はまだ26歳だ。しかも一応、教育者としての頭の回転の速さを考えると、簡単にど忘れすることは考えられない。
またも沈黙を破ったのは母さんだった。
『そうよね。敦子のことはアンタ達には話してなかったから。今回のことで知られちゃったけど』
なんだか気持ち悪い言い方に感じた。母さんには兄も弟もいることは知っていたけど、妹がいるなんて知らなかった。26年間気づかなかった。なぜ話さなかったのか疑問に思ったが、さらに気持ちの悪い言い方をしてきたことで答えがわかった。

『敦子は、うちの家系には相応しくなかったから』

ああ、そう。

俺の家系は政治家になることを求められる血筋で、遠い親戚同士での結婚も多い。父と母もそうだったし、兄弟も多いおかげで親族の数は両手両足の指を合わせても足りないほどの人数だ。そして、家のルールに従わない人間は一切の関わりを禁じている。過去には事実上勘当された人もいたそうだ。敦子さんはまさにそういう人間だったわけだ。
まあ、俺についての詳しい話は、また今後分かっていくだろう、今はここまでにしておく。

話が長くなったが、要約すると、顔も合わせたことのない親族の葬式に呼ばれた、というわけだ。
『で、敦子の家の住所だけど』
と言って、住所を口にしていく。「待って、メモるから!」という俺の言葉が聞こえたのだろう、伊織が箸をおいて、そばにあったメモ帳とボールペンを俺の手元に渡してきた。サンキュ、と小声で礼を言って、電話から聞こえてくる住所を紙に書きなぐる。
着くのは夜だわ、と最後に言って、電話を切った。

「すまん、親戚の葬式が入ったから、しばらく留守にするわ」
伊織にそう言って、スマホを机に置く。
「仕事はどうすんの」
「今日は行くけど。明日からは何日か休みだな」

予備校の講師だから授業に穴をあけると本来ならまずいが、授業内容は進んでるし、今は3月で試験は遠いから、まあなんとかなるだろう。

ようやく朝飯が食べれると思い箸を手に取り、冷めた目玉焼きの黄身に箸を入れる。すでに固まってしまっていた。

「そうだ、お前にも地元の土産買ってこねーと」
「別にいいよ。お葬式なら帰ってくる頃にはクタクタでしょ」


これが俺たちの、平凡な一日の最後の日。
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