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お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
しおりを挟む私はアニカ・コーネイン。
三年前、子爵令嬢だった私は、夫のフィリベルト・コーネイン伯爵に見初められ伯爵夫人となった。
夫は優しく、私を大事にしてくれて、幸せな日々を送っているけれど、一つだけ気がかりな事がある。
私達の結婚を、お義母様が未だに快く思っていないことだ。
お義父様は喜んで認めてくださったけれど、お義母様はずっと認めてくださらなかった。
理由は分かっている。
お義母様は、自分の友人である伯爵夫人の娘をフィリベルトと結婚させようと思っていたからだ。
ところが、愛する息子は家格の低い私と結婚したいと言い、それをお義父様がお許しになったものだから、お義母様は自分の計画を駄目にした私を目の敵にしている。
顔を合わせれば嫌味を言われ、何か贈り物を頂いたと思えば、壊れていたり腐っていたり、ゴミと呼ぶような物ばかり。
更にタチが悪いのが、決まってお義父様と夫の見ていない所でそういう事をするのだ。
夫に相談しようかと思った事もあるけれど、自分の母親がそんな事をしているなんて知ったら、ショックだろうと話せなかった。
お義父様達と我が家の邸は別々とはいえ、正直うんざりしている。
出来るならお義母様とは顔を合わせたくはないけれど、今日はお義父様のお誕生日を祝う為に、夫ととびきりのプレゼントを用意して伺う事になっていた。
「お父様、お誕生日おめでとうございます」
「お義父様、おめでとうございます」
お義父様の邸を訪れ、祝いの言葉を述べる。
「ありがとう二人共、よく来たね」
お義父様がにこやかに迎え入れてくれ、部屋に通されるとお義母様が席に着いて待っていた。
「ただいま、お母様」
「あら、フィリベルトおかえりなさい」
「お義母様おひさ……」
「今日は貴方の好きな料理も用意したのよ!貴方昔から好きで――」
私の挨拶を遮り、夫に話し続けるお義母様。
……うん、普通に無視されてる。
今に始まった事ではないので別にいいけど。
「あ、そうだ。お父様にプレゼントがあるんだけど、馬車に忘れてきてしまったみたいで、取りに行ってくるよ」
「ん?使用人に行かせればいいんじゃないか?」
「いや、大切なお父様への贈り物だから、自分で行くよ」
「そうか、それは楽しみだ。そういえば、私も渡す物があった。取って来るよ」
二人はそう言うと私とお義母様を残し、席を外した。
使用人も丁度いないため二人きりだ。
「貴女、まだいるつもり?」
(……はぁ、始まった)
お義母様は私を睨みつけると口撃を始めた。
「私は許してないのに、勝手に私のフィリベルトと結婚なんかしてもう三年も経つのよ?ねぇ、貴女分かってるの?結婚は許してないけど、結婚して三年も経ってるのに子供も生まないなんてどういうつもりなの?貴女どこか欠陥でもあるんじゃないの?跡継ぎも生めないような嫁なんて必要無いし伯爵夫人失格よ!さっさと離縁しなさい!まったく、私の可愛いフィリベルトが可哀想だわ、こんな欠陥品の女に騙されて!」
ひとしきり言うとお義母様が立ち上がり、椅子に掛けたままの私を勢いよく突き飛ばした。
「――きゃあっ⁉︎」
咄嗟にテーブルにしがみつき、倒れずに済んだものの、お義母様はそれにも腹を立て、今度は助走をつけて体当たりしようとしている。
「生意気よあんた!」
「やめてくださいお義母様!私は今――」
私の声など聞く気は無いようで、私に向かって走ってくる。
「――やめろ‼︎」
「ぎゃっ‼︎」
その時、フィリベルトが私を庇うようにして間に入り、お義母様を突き飛ばした。
「フ、フィリベルト……っ」
「すまない、アニカ。怖かっただろう、もう大丈夫だよ」
夫に突き飛ばされたお義母様は床にひっくり返ったまま、信じられない顔をしている。
「フィリベルトっ、貴方、お母様に何をっ……」
「――いつも、お母様に会うとアニカの様子がおかしかったから、気になっていたんだ。でも、アニカは何も言わないから、大丈夫なんだと思ってた。でも、これは何だお母様?……貴女のやった事は、殺人未遂だ!」
普段は温厚なフィリベルトのこんなに怒った姿は初めて見た。
「さ、殺人未遂だなんて大袈裟ね!ただちょっと押しただけじゃない……っ‼︎」
「――ただちょっと押した、にしてはかなり勢いがあったように見えたが?」
「――あなたっ⁉︎」
お義父様が険しい表情でお義母様に言い放つ。
「部屋を出た後、廊下で待っていたフィリベルトから、中の様子を一緒に見ていて欲しいと言われ、どういうことかと思えば……お前という奴はっ‼︎」
いつも優しいお義父様が、凄い形相でお義母様に怒鳴りつける。
「な、何よ‼︎ただ押しただけじゃないっ‼︎」
「――ふざけるなっ‼︎」
フィリベルトの怒声が響き、お義母様が閉口する。
「……アニカのお腹には、私達の子供がいるんだ!あんな勢いで突き飛ばされて倒れていたら、お腹の子供は死んでいたかもしれないんだぞっ⁉︎」
「――えっ」
そう、お義父様へのとびきりのプレゼントとは、私が懐妊したという話だった。
お義母様は三年も子供が出来ないと言われたけど、フィリベルトが暫くは二人の時間を過ごしたいと言ってくれ、計画的に子供を作らなかっただけだった。
「本当はこんな形で知らせるつもりじゃなかった。みんなで祝って欲しかったのに……残念だよ。ごめん、お父様、アニカ」
「いや、こちらこそ悪かったな。アニカさん、大丈夫かい?」
「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます、お義父様」
せっかく、お義父様のお祝いにおめでたい報告をしようとしたのに、お義父様に暗い表情をさせてしまった。
「わ、私達に孫が出来るのねぇ!嫁は不満だけどまぁいいわ!フィリベルトの子ですもの!あぁ!早く抱っこしたいわぁ!」
場違いなテンションで嬉しそうにはしゃぐお義母様。
さっきフィリベルトに突き飛ばされたのを忘れたのかしら。
「――は?何言ってるんだ?殺人未遂犯に大事な子供を抱かせるわけないだろ」
「え?フィリベルト?」
「そうだ。大事な孫を殺人未遂犯に抱かせるものか」
「あなた?」
二人の冷ややかな視線に気づいたのか、お義母様が焦りを見せる。
「だから、殺人未遂なんて大袈裟……」
「それだけじゃない。アニカに対して暴言と嫌がらせをしていたんだろ?見ていた使用人達からも話は聞いた。……大切な人を傷つけられ、大事な子供まで殺されそうになったんだ。――絶対に許さない」
「そんなっ……ねぇ、あなたっ……」
「私もフィリベルトと同じ考えだ。お前は許さん。貴族院に報告し、厳罰を与えてもらう」
「い、嫌よっ!なんで私が⁉︎――アニカさん!貴女も生まれてくる子供の祖母を犯罪者にしたくないわよねっ⁉︎ねっ⁉︎」
フィリベルトとお義父様に縋りつきダメだとわかると、あんなに嫌っていた私に助けを乞うお義母様。
「……大丈夫ですよ、お義母様」
努めて穏やかに声をかけると、お義母様は安堵した様子で私の手を取ろうと手を伸ばす。
「あ、ありが――」
「子供には、お婆様は亡くなったと伝えますから」
「……ぇ」
今までで一番の笑顔でお義母様に告げると、お義母様は放心してしまった。
当たり前じゃない。
フィリベルトもお義父様も見限った、貴女を許すはずがないでしょう。
今まで貴女が私にしてきた事は忘れないし許さない。
良かったじゃないですか、大嫌いな私を見なくてよくなったんですから。
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