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前編
しおりを挟む私は暗殺者シーラ。
要人や高貴な身分の暗殺対象を専門にした、暗殺ギルドに属している。
ただ、私は望んで暗殺者に身を窶したわけではない。
元は伯爵令嬢だったけど、浪費家だった両親の所為で没落し一家離散。
両親に見捨てられた私は人攫いに遭い、オークションにかけられるために乗せられていた馬車が襲われ、更に別の人攫いに遭い、売られた先が暗殺ギルドだったという不運塗れの人生。
そして暗殺者として鍛えられ、初めての単独任務に就いている。
隣国の王太子ルイスが今回の暗殺対象。
情報では、女好きのダメ王子らしい。
依頼者が私を指名してきたと聞いて、まだ暗殺経験の無い私が何故指名されたのか疑問に思ったけど、ギルドに年齢の近い女は私しかいなかったからだと解釈した。
(……色仕掛けで行けって事ね)
賑やかしとして参加している商家の使用人を装い、王城で開かれたパーティーに潜入した私は、胸元が大胆に開いたドレスで王太子の近くまで接近する。
王太子の側に人が少なくなったタイミングでわざとよろけると、当然、倒れそうになった女性を支えようと王太子は腕を回し私を支えた。
「大丈夫ですか?」
「申し訳ありません、少し目眩が……」
腰に回された腕が思いの外力強く、少しだけドキッとした。
「少し顔色が悪いようですね。休める所へご案内しましょう」
(――掛かった!)
でも少しだけ焦らして……。
「いえ、大丈夫です。王太子殿下のお手を煩わせるわけには……」
「お気になさらず。実は私も少し抜け出したかったのです」
少し身を離そうとすると、離さないと言わんばかりに抱き寄せる腕に力を込められ、王太子に胸を押し付ける様に引き戻された。
上目遣いで王太子を見上げれば、心なしか熱を帯びたような瞳と視線が交わった。
「さぁ、こちらにどうぞ」
「失礼します」
王太子に連れられ、既に人払いされた王城の一室へと招き入れられる。
(城の中とはいえ、無用心過ぎるんじゃない?)
私が部屋に入ってしまうと王太子は部屋に鍵をかけた。
「あの、殿下?」
色仕掛けするつもりだけど、二人きりになった途端あからさまに誘うような真似はせず、確実に仕留められるまでは、庇護欲を掻き立てる様な女を演じ気を抜かない。
「ドレスが窮屈でしょう、緩めて差し上げますよ」
王太子はにこやかにそう言うと、優雅な動きのはずなのに一気に距離を詰めてきた。
「い、いえ、大丈夫です」
「遠慮せずに」
手を取られ、流れる様にベッドまで連れて行かれると、驚くほど自然に優しく押し倒され、ドレスのホックもあっという間に次々と外されていく。
「えっ、え?」
(――ちょっ、手際良すぎ……っ)
想定外の手際の良さに軽く戸惑っていると、王太子が首に顔をうずめてきて、こそばゆさにビクリと身体が震えた。
「殿下、ダメです……やめてください……ッ」
肌に触れる王太子の唇が首筋から胸元まで降りてくると、隠していたナイフを取るために太ももに手を伸ばしたのにナイフが無い。
(――⁉︎なんで無いの?)
「お探し物はコレかな?」
「――っ⁉︎」
胸元にキスしていた王太子が顔を上げ、ニッコリと笑うその手には、太ももに隠していたはずのナイフが握られていた。
(――いつの間に⁉︎全然気づかなかった……っ。まさか最初からバレて……?)
失敗した……!
初めての単独任務でこんな失態を犯すなんて。
ただの好色王子じゃなかったんだ!
「今、割と失礼な事を考えたでしょう?」
「え、何でバレっ……あ」
気づかれずにナイフを抜き取れる様な人間から逃げれる気がしないし、人を呼ばれて私は捕まるだろう。
もしくはこの場で王太子に殺されるかもしれない。
なんにしても不運で短い人生だったわ……。
「今度は不穏な事を考えてる。やっぱり君は暗殺者なんか似合わないよ。正直過ぎるからね」
「……殺すなり捕まえるなり、やるなら早くやって」
楽しげにクスクス笑う目の前のこの失礼な男は一体どういうつもりなのか。
「そんな事はしないよ。これから君にしてもらう事はただ一つ」
殺しも捕まえもしない?一体何をさせる気……――。
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