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悪役令嬢が諦めたら
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しおりを挟むマルガリーテはこの国の公爵令嬢で第二王子の婚約者だった。容姿は平均だと自分では思う。でも、婚約者の第二王子は光り輝く容姿の持ち主だ。釣り合わないと人が言い、自分でもそう思う。
ほんの幼児の頃に王命で結ばれた婚約。本人たちの意思は入っていない。
それでもマルガリーテは第二王子のマルクに誠実に向き合って来たつもりだ。
幼い頃は遊び相手として、王宮に上がり交流をするように命令された。この頃はまだよかった。遊び相手としてだけだから、仲良くしていたと思う。
でも、年を経て、王族教育に時間が割かれるようになるとマルクに会うのも週に一度とかになった。そして、その頃からマルクに避けられるようなった。週に一度の面会も来たことは数えるほど。来ても側近候補を引き連れて来て、さっと去っていく。そこまでされる理由はマルガリーテにはわからない。多分、気に入らないのだろうとしか。
極め付けはデビュタント。エスコートはしてもらえた。王命での婚約者だから、さすがの第二王子でも逆らえなかったようだ。
でも、ファーストダンスが済むと、これで義務は済んだとばかりに、マルガリーテから目を背けて、自分の側近候補の元に行き、他の多数の令嬢方に取り囲まれた。
デビュタントでの出来事以来、マルガリーテはマルクとの仲を改善する事は諦めた。幼い頃に感じていた同士としての共鳴する気持ちや、仄かな思慕、思いやりの気持ちはマルクの所業で擦り切れていた。
マルガリーテがマルクと婚約することになったのは、国王の女癖の悪さが原因だ。国王は幼い頃に決められた政略結婚の相手である侯爵令嬢がいるのに、婚約者は置き去りにして学園で浮気をした。身分の低い子爵令嬢と恋仲になったのだ。
いくら恋仲になってもこの国は身分の縛りがきつい。いくら国王の恋人とて高位貴族は易々と養女になど取らない。血筋への誇りだ。それがあるのが高位貴族とされていた。
当時の王太子がいくら画策しても、子爵令嬢が高位貴族の養女になることはできなかった。自分の王太子の地位を守るためには、婚約者である侯爵令嬢と婚姻するしか無かった。自分の控えに高位貴族令嬢を婚約者に持つ第二、第三王子が居たからだ。
王太子は婚約者と婚姻して、国王に即位した。王妃になった侯爵令嬢から、第一子である現王太子と第二子の王女が生まれてから、子爵令嬢を愛妾として召し上げた。
子爵家では側妃にもなれないのだ。正妃は公爵、侯爵家から、側妃は伯爵家以上から、それ以下は愛妾にしかなれない。側妃だったら予算が潤沢に付き、そのかわり公務がある。
愛妾は離宮で国王を待つだけの生活で他にすることはない。またなんら権限もない。その代わり予算も最低限で子爵令嬢としてより、少しいい生活ができるだけ。
マルクはその子爵令嬢を母として生まれた。王太子は隣国の王女と早々と婚約していたために、国王は後ろ盾のない第二王子を王命で公爵家の令嬢と婚約させたのだ。王太子が即位して国王になっても、公爵家が付いていれば、軽くは扱われないだろうと言う見込みで。
貴族の通う学舎の一つの王立学園入学後、マルクとその側近候補は、平民から男爵令嬢になったマリアに骨抜きだ。
マリアはピンクブロンドに澄んだ青い空の色の瞳。透き通った白い肌に整った小造りの顔。少し垂れ目だけどアーモンドの様な形でくっきり二重の目、そしてピンクの下唇がぷっくりしてる。身体付きも小柄で華奢なのに出てるところは出ている男の理想のような超絶美少女だ。
第二王子とその側近候補は、周りの生徒達から血は争えないものだと囁かれていることも知らなかった。
それまで整った容姿の第二王子に群がっていた令嬢方もマリアを寵愛するマルクを見て、波が引くように近寄らなくなった。
マリアを中心に第二王子、騎士団団長令息、宰相令息、外相の令息が今日もマリアに侍っている。全員婚約者がいるのにだ。その姿に顰蹙をかっているとも知らないで。
騎士団団長の令息クラウスは最近父親の執務室に呼ばれた。目の前に書類をばさりと投げ捨てられた。
「お前に婚約者は居なくなった」
「誠ですか」
嬉々として問い返すクラウス。
「ああ、お前の行状を調べ上げられて、貴族院に訴えをあげられた。この婚約はお前が是非にと幼馴染のマリーアンヌ嬢を望んだから成立したもの。家同士の契約もないので、あちらの家の言い分が通った」
「俺が望んだ?そんな覚えはありません。父親同士が仲がいいから勝手に決めたのでしょう?」
「お前の記憶力の悪さに絶望した。お前は三男だ。一人娘のマリーアンヌ嬢の伯爵家の元に婿入りが消えたなら、卒業後平民となるだけだ。わしはお前を王立騎士団に推薦をしない」
「心配していただかなくとも、マルク殿下の護衛として採用は決まっています。結婚などしなくともマルク殿下ご夫妻を守っていくつもりです!」
マルク殿下に機会を見て爵位は与えると言われている。が、それは今、口に出さない。
「ほぉお。では何も言うまい。ただ、慰謝料は自分で支払え」
「あの女!金に汚ない!」
「口を慎め!馬鹿者。不貞をされた方の当然の権利だ」
「父上、私は気持ちはマリア嬢にありますが、それ以上は何も!それは不貞ではありません」
「婚約者のエスコートはしない。学園で出会っても無視をする。最近はついにマリアとか言う男爵令嬢をいじめたとか言い掛かりを付けたそうではないか」
「マリア嬢は王子妃になる人です。マルク殿下は国王陛下の鍾愛のお子様。王太子殿下になら……」
「ばかもの!不敬だ!いい加減にしろ!もういい!とにかく慰謝料は自分で分割で支払え。卒業式の後すぐ出て行け!」
こうして、クラウスは自由の身を手に入れ、宰相子息と外相子息に羨ましがられたが、数日後、同じように二人も自由の身を手に入れた。卒業後に家を放逐されても、マルク殿下の側近に決まっているので、暮らしは困らず、最愛のマリアの側にも居られる。こんなにいいことはない三人は思っていた。
そして今、卒業パーティにて、第二王子が叫んでいる。
「マルガリーテ・ヴィヴィッド!前に出てこい!」
それまで、ざわざわと卒業式後の高揚のままに歓談していた声がぴたりと止んだ。
「臆したのか!マルク殿下がお呼びだ!」
側近候補の宰相子息も雄叫びを上げる。
静まり返った卒業パーティの会場から、咳きひとつも聞こえない。
「くっ」
焦れたのかクラウスが目の前の令嬢、令息を掻き分けて、マルガリーテを探す。が、ふと思った。
「殿下、マルガリーテはどんな女でしたか?」
「え?」
クラウスに問われて、マルクもぱっとマルガリーテの容姿を思い出せなかった。平凡な容姿で自分に相応しくないと常々思っていたから、まともに見たことすらなかったのだ。
「か、髪の色は……確か……」
宰相子息と外相子息に振り返って聞いた。
「お前達!覚えてないか!」
二人は首を振るばかりだ。
静まっていた生徒達がざわざわと話し始めた。生徒達の間を一人の初老の男性が歩いて来る。
「困りますな。生徒達の記念のパーティで騒ぎを起こされるのは」
そう言うのは学園の理事長だ。
「理事長だが!」
叫ぶマルクを冷たく見て言った。
「マルガリーテ・ヴィヴィッドという名の生徒は在籍していません」
「なに!逃げたのか!」
「逃げたも何も入学もしていません」
「じゃあ!マルガリーテはどこ行った!」
「入学しなかったしか、我ら学園側はわかりません」
冷たく言い放たれてそれ以上言えない。
「じゃあ、マリアが言っていたマルガリーテにいじめられたと言うことは?」
宰相子息が初めて気がついてマルクに言う。
「そうだ。マルガリーテがいないのなら階段の上から突き落とされたと言っていたあれは?」
外相子息がつぶやく。
マリアは不味いことになったとそろそろと四人から距離を取って、出口に駆け出そうとした。
「おっと。逃げられては困ります。ボンズ男爵令嬢には色々と嫌疑がかかっています」
立ちはだかるのは、王立騎士団団員のクラウスの次兄だ。
「兄上!」
「お前とはもう他人だ。兄などと呼ぶな。王太子殿下からのご指示だ。ボンズ男爵令嬢とお前達四人に国家転覆罪の嫌疑がかかっている。連れて行け!」
「無礼な!私を誰だと思っている!」
「国王陛下があなたを廃嫡されましたので、あなたは平民です。平民四人を連れて行け!」
「は、廃嫡?馬鹿な……父上は私を……」
ショックを受けて座り込むマルクは引き摺られるように騎士に連れて行かれた。
その後、マリアは公爵令嬢への誣告罪と婚約者のいる四人を誘惑して、国家転覆をさせようとしたとして絞首刑になった。
マルクと側近候補の三人は国家転覆を図ったとして、マリアと同じく絞首刑になった。
マルクは自分の母がいつまでも国王の寵愛が深く、国王は自分を王太子に望んでいると思い込んでいて、側近候補にも常々そう伝えていた。
実際には着飾ることしか興味のない贅沢をしたがるだけの愛妾と自分を支えて公務を健気に果たしてくれる王妃を比べて、愛妾への愛はとっくに消えていた。愛妾を捨てるわけにも行かず、第二王子だけ引き取って離宮に押し込めていたのだ。もちろん国王が通うこともない。
それでも第二王子が国王の子であることは間違いないので、公爵の後ろ盾で臣籍降下させるつもりだったのに、まさか王位を望んでいたとは思わなかった。これで国王は王太子に頭が上がらなくなった。王太子は全権を委任されて、第二王子達を裁いたのだ。
全てが終わった頃マルガリーテが帰国した。
「マルガリーテ嬢、申し訳なかった」
非公式の場とは言え、王太子に頭を下げられてマルガリーテは慌てた。
「殿下、おやめください。それより、私の婚約解消のお願いを認めてくださり、殿下の婚約者の王女殿下の元に行かせて下さって、お礼を申し上げます」
「いや、まさかあいつが不貞までするとは思っていなかった。あなたを早く避難させてよかった」
マルガリーテからマルクと側近候補達が王位を望んでいる事を報告された王太子が迅速に調査に入ったのだ。そして王命の婚約もマルクに知らせずに解消させて、巻き込まれないように自分の婚約者の元に避難させたのだ。
こうしてマルガリーテは嫁いできた王女に信頼され、やがて王女の紹介で隣国に嫁いで行った。
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