悪役令嬢が死んだ後

ぐう

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 からりと開けられた扉の向こうに、アルベルトの前に屈んでいる初老の男性がいた。

「ーーーボートン医官総長ーーーー」

 そうフェリクスが呼びかけると、その男性はフェリクスの方に振り向いた。

「これはフェリクス殿下。ご挨拶もせずにまかり通りました。御無礼の段ご容赦下さい」

「そんな事はいい。それより意識のないアルベルトになにをしていた?」

 フェリクスが尋ねるとボートンは眉を顰めて言った。

「私をお呼びになったのは、フェリクス殿下だと聞いておりますが。医師のする事は治療と決まっております」

 フェリクスがつかつかとアルベルトに歩み寄り首の動脈に手を当て、次いで鼻と口に手を当てた。

「ーーーー亡くなっているーーーー」

「おや、フェリクス殿下は医学の心得もおありになる。世の平凡以下の王子などと言う評判は当てになりませんな」

 ボートンは低く忍び笑いをした。

「何をした?」

 フェリクスに問い詰められて、ボートンは重い瞼の下の目を大きく見開いた。

「例え『呪』の呪いから助かったとしても、重い薬物中毒で正常な意識は持てません。一生監禁生活です。だったら母君と同じく今亡くなった方がアルベルト殿下のお為ですので、眠ったまま逝ける薬を差し上げました」

「なぜ!そんな勝手な事を!」

 いきりたったジョエルが叫んだ。

「我が国のものが、しでかした事でございます。最後まできちんと後始末をしていきませんと」

 ボートンはジョエルに怒鳴りつけられても、顔色も変えずにフェリクスに向き合った。

「我が国とはどう言うことか。ボートン医官総長はデングラー公爵の犬の元締めと聞いたが」

 ボートンは性急に答えを求められてもアルベルトの方に向き直り、手首の脈を診てから、フェリクスに言った。

「お亡くなりあそばされました。最後は苦しんで、おられませんので」

「だからなぜそんな事をしたのかと聞いている」

 フェリクスが低い声で言うと

「全く接点のない従兄弟でも、亡くなると取り乱されるのですね」

 ボートンにそう言われて、フェリクスは知る人の少ない秘密を、当然の様に言うボートンにびっくりした。

「なぜ知っている」

「先程ご自分で、私がデングラー公爵の犬だと言われたではありませんか。デングラー公爵が消したい二人の秘密など、知っていて当たり前です。私がデングラー公爵の犬である事は、ダニエル・アンカーあたりが漏らしましたか?」

「ダニエルの事も知っていたのか」

 ボートンはなんでもないことの様に言った。

「元締めでございますよ。配下の目当てなど知っていて当然でございます」

「あなたはーーー」

 フェリクスが言い掛けた言葉を、ボートンが引き取った。

「端的に言うと、二重諜報ですかね」

 その言葉にフェリクス、アラン、ジョエルが慄く。

「当初の目的はこの国と嫁いで来た王女の監視です。あの方は自国でも思い込みが激しく、絶えずトラブルがありました。嫁ぐに当たって『呪』の血筋の侍女を人員に入れた事で、国王陛下は私どもに密命を下されました。『万一の場合は殺せ』と」

「だったら侍女を連れて行かせないと言う選択肢はなかったのか」

 フェリクスの問いに軽くボートンが頷く。

「我が国でも『呪』は過去の遺物になり、民間の伝承に過ぎませんでした。それをわざわざ血筋のものを探させて、身近においたのが我が国の王妃なのです。王妃は王女しか産めませんでした。王太子を産んだ側妃を憎んでおり『呪』の血筋を探させたのだと思います。そのため国王陛下は王妃の身辺を探らせておりましたが、しばらくして王妃が亡くなり、証拠が掴めなくなりました。王女が全て引き継いだのでは、ないかと推察されていました。そして嫁ぎ先に、その侍女達を連れて行く事を、反対した国王に王女は『お父様も呪われたい?』と言われたそうです」

 フェリクス、アラン、ジョエルはぞーとするものが背中を駆け上がって行くのを感じていた。
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