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第一章 前世
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しおりを挟むコンラート再び意識を無くした頃、国王は私室に戻っていた。王妃共々コンラートが目覚めたからと言って、ずっと付き添うような親子の間柄でもなかった。
「陛下、リッチェ伯爵夫人が拝謁を申し出ておられます」
国王付きの侍従長が国王の前に跪いて申し上げた。
「コンラートの乳母殿か。会おう。こちらに通してくれ」
「謁見の間でなくて、よろしいのでしょうか」
「リッチェ伯爵夫人の用件はわかっている。こちらで良い」
「承りました」
立ち上がって、扉に向かう侍従長の後ろ姿を見ながら、国王はつぶやく。
「乳母はコンラートに、代償を支払わせたのか」
国王が私室のソファに座ったままでいると、黒一色の装いのリッチェ伯爵夫人が入ってきた。顔色はコンラートの部屋にいた時より、かなり明るくすっきりしている。国王はそれを見て、自分が感じたことは間違いないと思った。
「まず座ってくれ。コンラートを長らく看病してくれた事、親として礼を言う」
国王のその言葉に、リッチェ伯爵夫人は首を振る。
「いいえ、すぐ去らせて頂きますので、このままで失礼致します。私が殿下の目覚めをお待ちしていたのは、我が息子カールが殿下のした事で、自死した事を教えるため。決して殿下を案じたわけではありません。コンラート殿下のなされた事で、これだけ犠牲が出ていますのに、何も知らずに夢の世界で楽しく暮らすなど、私は許せません」
きっぱりと言い切る姿には、コンラートを慈しみ、大事に育てた過去の気持ちのかけらも残ってないように見えた。
「ーーーーすでに許した事であるから問題はない。親としては言葉もない。それより、十年も看病させて申し訳なかった」
国王はリッチェ伯爵夫人に礼を述べた。
「陛下、臣下に礼など申されないでくださいまし。私こそ、こんな事を許していただいた事に、お礼を申し上げます。コンラート殿下を憎いだけではありませんでした。お育てした王子殿下です。助かってほしいと言う気持ちと、報いを受けてほしいと言う気持ちがせめぎ合っておりました」
「そうか、苦労をかけた」
その言葉に子供を思いやる気持ちなどなかったが、リッチェ伯爵夫人は人差し指でそっと目尻を拭った。
国王は頭を上げて、リッチェ伯爵夫人に尋ねた。
「アネットのこと、コンラートには言ってないな?」
「もちろんでございます。アネット様の分の代償はギーセヘルト公爵家が受け取るべき物。私はこれでやっと喪服が脱げます。これより我が息子が眠る場所に参ります。御前失礼させていただきます。もう、登城することもありません」
そう言ってカーテシーをして、出て行く黒衣のリッチェ伯爵夫人を国王は見送った。国王は近くにいた侍従長に声をかけた。
「ギーセヘルト公爵家に早馬を飛ばしたか」
「はい、コンラート殿下の覚醒と共に早馬を邸に送ってあります」
「そうか、ローゼンベルガーを呼んでくれ」
「魔術庁長官をお呼びいたします」
侍従長は復唱して、命じるために出て行った。そこに入れ替わるように、王妃付きの女官が先触れを持って来た。
「王妃陛下が国王陛下にお会いしたいと申されております」
正直国王は面倒だとと思った。すでに十何年も別居をしているのだ。公的な場で会うだけで十分だと思っていた。それでもコンラートの件がある以上会わないとは言えない。仕方なく許可を与えた。
しばらくして、魔術士長官のローゼンベルガーがやって来たと同時に王妃もやって来た。王妃はローゼンベルガーがいるのを見て言った。
「陛下、わたくしもローゼンベルガー魔術庁長官に聞きたいことがあります。同席してもよろしいかしら」
顔色の悪い王妃が、侍女に支えられて声をかけてきた。国王は立ち上がり、王妃の手を取った。
「無理して出て来なくとも良い」
労って居るようで実際は会いたくないということが言外に含められて居る。
王妃も悟っているるだろうが、それを無視して国王の手を取って、ソファに沈み込んだ。
「ローゼンベルガー魔術庁長官に、コンラートがどうなるか聞きたいのです。わたくしにも責任があります」
国王は正直面倒と思ったが、それをあまり表に出すわけにはいかない。
その時、侍従長が急いだ風に入室して来た。
「陛下、王太子殿下が同席したいと先触れが来ました」
「そうか、あれにも関わることだ。入室を許可する」
侍従長が扉まで行くと、王太子の侍従がやって来た。
「王太子殿下がおいでになりましーー」
王太子の侍従の言葉が終わらないうちに、ドミニクが飛びこんで来た。
「父上、ローゼンベルガー魔術庁長官をお呼びになっていると聞きました。私を除け者にしないで下さい」
ドミニクはそう言いながら、ソファに力なく座る母親を見つけた。王妃が公的な場以外で国王と同席するのは珍しいので、母親の姿を見てびっくりした。
「母上、お具合がお悪いのに大丈夫ですか」
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