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第一章 前世
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しおりを挟む「アネット、君とは婚約をなかったことにさせてもらう。反論は認めない。これは決まった事だ。大人しく身を引いてくれ」
そう言ってこの国の第一王子コンラートは、婚約の印として婚約式の日にお互い贈りあったお互いの瞳の色の魔石が入った腕輪を己の腕から引き抜いた。何やらピリリと痛みが心臓まで走ったが、それがどう言う意味かわかっているコンラートは気にもとめなかった。
目の前に呆然と立っている婚約者ギーセヘルト公爵令嬢アネットの足元にその腕輪を投げ捨てた。
コンラートはわざとらしくみえないように注意して、愛おしげに二年前に妾所生の庶子からフロイント伯爵家に養女として引き取られたミリアムを見つめ、その肉感的な身体を己に引き寄せた。
「学園でミリアムと巡り合って、愛のない政略結婚など、虚しいものでしかないと気がついたのだよ。ああ、ミリアム、君はなんと愛しいのだろう」
瞬きを繰り返して、瞳を潤ませて、コンラートを見上げるミリアムの肩を抱き寄せて、コンラートは二人の世界に浸った。ミリアムも目の前のアネットなど居ないかのように、コンラートの腕を取り、豊満な胸を擦り寄せた。
「コンラート、あなただけを愛してます」
「ああ、ミリアムーーー」
二人の世界に入ろうとするミリアムを見ながら、コンラートは目の前の冷たく青い顔したアネットに最後通牒を告げねばと思った。
婚約破棄を申しつけるために、学園でなく、わざと王宮の自分の私室に呼びつけたのはアネットの名誉を守るためだ。
「アネット、君との婚約は無かったことにする。手続きはこれからだが、君はもう無理をすることはない。これから、ミリアムが身体を張って頑張ってくれるそうだよ」
「もちろんです。コンラートのためなら、何でもします」
潤んだ瞳で見上げるミリアムを、コンラートはアネットに見せつけるために強く抱きしめる。
「まあ、コンラートったら。人前で恥ずかしい」
とてもそう思ってないだろうとコンラートは頭の片隅で思うが、コンラートはアネットに言わなければいけない事を言った。
「アネット、君は学園でミリアムにしつこく注意したそうだね。私の婚約者だからって、身分を笠に着て、下の身分のものを虐げるような事をして、軽蔑するよ。ミリアムは優しいから、許してくれるそうだ。未来の王妃の慈悲の心に免じて、見逃してあげるから、黙って引き下がるように」
一言も発せず、黙って聞いていたアネットは、カーテシーをして、足元のコンラートのものだった腕輪を拾って出て行こうとした。
「待て、君の腕にはまってる私が渡した腕輪を置いていけ」
コンラートにそう言われて、アネットはコンラートの目をじっと見てから自分の左腕を見た。それでもコンラートは何も言わない。アネットは諦めた様に無言で左腕の腕輪を外した。外した瞬間アネットは目を閉じて何かを堪えた。だが、近くの机に近寄り二つの腕輪を置いて、ふらふらしながら、今度こそ出て行った。
コンラートは元婚約者が黙って引き下がってくれて、これ以上言いたくないことを言わないで済んでほっとした。
腕輪を外した事でふらついたアネットの事は心配だったがそれを表に出すわけにはいかない。自分で決めた事なのだ。アネットと長い間一緒にいたがこれが最後なのだ。
自分がした事でアネットのこれからの貴族令嬢としての立場は悪くなるだろう。それでも今の状況よりましだろう。これからまだ難関が立ちはだかるのだ。今はアネットのことは頭の中から追い出そうとした。
だが、どうしても、一言も言い返さなかったアネットの事は気にかかった。
「もう!コンラート」
そんな思考に陥っていたら、ミリアムが取り縋っていたコンラートの腕を揺さぶった。
「何を考えているの?まだ行くところがあるって」
「ああ、そうだな。父上に謁見の許可を得ている。そろそろ時間だ。向かおう」
「でも、親子なのに会うのに、え…け?の許可なんておかしくない?」
コンラートはそんな初歩的なことを言う恋人に少し困った気持ちになったが、王族の自分でも、正妻しか持てないのだ。ミリアムには、頑張ってもらうしかない。
この国は、一夫一妻だ。国王でも正式には王妃以外娶れない。後は愛妾を既婚者にしてそばにおくしかない。愛妾から生まれた子供は、庶子になり王位継承権はない。
過去に王妃に子供ができないと言うことにして、王妃を代えた国王もいたが、結局次の王妃に子供が出来ずに、色好みの暴君として早々に退位させられた。
それから、子が生まれなくとも、定められた王位継承権順に引き継ぐのが普通になった。
貴族も正妻の子供しか嫡子になれない。それ以外では正妻が認めて、愛妾の産んだ庶子を養子に引き取る事はできる。あくまで正妻が認めればだ。
しかも養子は家を継げない。自国の貴族に嫁に行くことも、婿養子に行くこともできない。貴族の身分は一代限りなのだ。同じ様な立場の庶子から養子になったものと婚姻を結んで平民になるか、平民と結婚するしかないのだ。妻に子供ができなくても、親族の妻から生まれた子を迎え入れる。だから意味のない庶子をわざわざ引き取るのは大変珍しいのだ。
ミリアムはその珍しい庶子からの養子だ。伯爵家の入婿が市井で囲っていた平民の妾の子だ。本当ならそのまま平民になるのだが、美しく育ったので、父親がある目的で、妻に無理強いして養女として引き取ったのだ。
父親は美しいミリアムに海老で鯛を釣り上げる事を期待したのだ。
ミリアムは見事期待に応えた。
が、庶子からの養子が王子妃になれるわけはない。コンラートはそれを知らないわけはない。ミリアムは知らないだろうが。
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