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 名乗ってみた。テオバルトは私の名前を聞けば、ダッシュで逃げるだろうなと思いながら。私は会って話をつけたいと思っていたが、テオバルトはこれまで避け続けていた相手が、思いもかけない場所にいたのだ。だから逃げるだろうと思った訳だ。

 でも逃げない。予想は外れてしまったようだ。国を代表として来ている王女としては、ここで外交を忘れるわけにはいかないので、意味不明な微笑みをしてやった。愛想なんか売ってやるものか。私の愛想は高額なんだぞ。意味不明な微笑みを続けていたら、テオバルトの麗しい顔がだんだんと赤くなって来た。小水でも我慢しているのか?厠にはさっさと行けよ。と言ってやりたいが、自己紹介の後はあっちの方が地位が上なので名乗り以外声は掛けられない。

「殿下、顔を赤いですよ。どうなさったのですか。厠は廊下に出て右に回った所ですよ」

 ナイス、アシスト!リヒャルトが私の言いたいことを言ってくれた。テイバルトの方が身分が高いが、この二人は主従の仲だし、許されているのだろう。
 そう指摘されたテオバルトはさらに顔を赤くして、リヒャルトに向かって大きな声を出した。

「ば!バカ言うな!子供じゃ有るまいし!」

「子供じゃ無いとおっしゃるのでしたら、王女殿下がご挨拶なさったのです。これは外交です。きちんと返礼なさって下さい」

 ぐっと詰まったテオバルトはしぶしぶと言う感じでこちらを向いた。

「失礼した。私はテオバルト。この国の王太子だ」

 愛想なしか!私は意味不明な微笑みですらもったいなくて、引っ込めてしまった。そしたら慌てたように言葉を重ねてきた。

「王女はなぜ魔術師塔などに?ここに出入りするには許可がいるのだが」

 なんだよ。私が無許可で入り込んだとでも言ってんのか、おら!
 こいつのせいでだんだん私の言葉使いが壊滅的になって来た。

「殿下、失礼です。婚約者である殿下が王宮を案内しなければいけないのに逃げ回るから、私が代わりに案内しているだけです。それに魔術師の塔には魔術師になるほどの魔力が無ければ出入りできません。王女殿下とお付きは私が招き入れたのです」

 そう言われてさすがに決まりが悪かったのだろう。

「そ、それはすまないな。仕事が立て込んでいて面会の時間も取れなかった。許して欲しい」

 だれが許すか。いや婚約解消してくれたら許してもいいな。

「王太子殿下、わたくし、お願いがありますの。それをかなえていただけたら、今までのことを水に流してもよろしいですわ」

 にっこりと今度は愛想良く微笑みかけてやったら、テオバルトは二~三歩後ろに引き下がって顔を赤くした。
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