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新章「春に舞う言の葉に告白を。」
ー まえがき -
しおりを挟む死後の世界は川の向こうにあるらしいというのはどの国でも同じだという。
川を渡る方法は多種多様だそうだ。私たちの世界は一つの大きな川によってあの世とこの世が区切られていて、こちら側からあちら側へ渡ることは出来るのに、向こう側からこちら側へと戻ってくることは出来ない。一方通行の緩やかな流れの中に、私たちは多くの故人を見送って来た。
帰って来た人はいない。死んでしまった体は魂を繋ぎとめることが出来ず、私たちの手の届かないところへと連れていかれてしまう。身体は、この世に魂を封じ込める為の牢獄だと言った人もいたらしい。なんとも「ろまんちすと」な話だと私は思う。
目の前に広がる河川敷は沈み始めた夕日によって暗く影が落とされていて、対照的に流れる川は水面が眩しかった。吹き抜ける風は冷たく、夜桜見物が目当てなら少し着こまなければ風邪をひいてしまいそうだ。桜の花びらも随分と少なくなり、葉桜も目立ちつつある。ただ、満開の桜よりも散り際の桜の方が綺麗だと私は思う。
夜風に舞う花びら一枚一枚に、何の意味などないけれど。そこに想いを重ねるのはきっと思い入れの強い、何かを抱き続けている人だからだ。過去に残して来た物が多ければ多いほど、見えないものに想いを馳せる時間は多くなる。――なんて、
「……さむっ」
何かの本で読んだ寒い台詞を思い出して身震いしてしまった。長居する必要はない。
要らない事ばかり思い出して肝心な記憶は零れ落ちてしまう。舞い落ちる桜のように。
賑やかに笑い合いながらすれ違っていく家族を見るたびに思ってしまう、もしもあの時、私も一緒に川を渡ることが出来たのなら、と。
気が付けば母の真似をして伸ばし始めた髪は随分と長くなっていた。色素が薄く、光の当たり具合によっては茶色に見えるこの髪は校則検査に時々引っかかる厄介なものだけれど、なかなか切ることが出来ずにいる。いまとなっては母よりも長いかもしれない。
吐く息が徐々に白くなる。さっきの身震いは臭い台詞のせいではなく、単純に気温が下がって来ていたからのようだ。桜の花びらに混じって季節外れの雪が舞っていた。もう四月だというのに。
あの時は白い雪のような灰と共に真っ黒に焦げた世界の破片が舞っていた。
キラキラと、燃え盛る炎を反射しながら消えていくそれは亡くなった人々の魂が漂っているようにも見えて、幼い私は必死に搔き集めようと足掻いた。足掻いた、足掻いたはずなのに、もう殆ど思い出せない。何度も夢に見えてうなされた記憶は時の流れに削られ、悪夢とはいえ忘れる事なんて許されないもののハズなのに、知らぬ間に指の隙間から零れ落ちていくらしい。
地球が隕石の衝突によって破壊され、人類は絶滅すると言われてから9年。
隕石を破壊する世界初の共同軍事作戦がおおよそ成功してから8年。
僅かに燃え尽きる事のできなかった隕石の破片が、私たちの街を襲ってから8年と1日。
私はまだ、川のこちら側にいて、髪を伸ばし続けている。未練がましく、未だにまだ、渡り切れずにいる。
死にそびれた私だけが誰の目にも止まることなく、未だにこの景色の中に漂い続けていた。
そんな私はまるで幽霊みたいで、本当に幽霊だとしたらお母さん達にも会いに行けるだろうか。この川を渡ることが出来れば――。
そんな馬鹿げた想いを鼻で笑って吐き捨てられるぐらいには私ももう、大人になりつつあった。
肝心なところをあの頃に置き去りにしたままのような感覚のまま。
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