春にとける、透明な白。

葵依幸

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(4-1) 神様に願い事を

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 入学式にせよ、始業式にせよ、社会人になったとしても世間の行事は4月を頭に回っているように思える。海外だと学校は9月はじまりのところもあるとかいうし、12月と1月の違いなんて季節的にもほとんど無いのに、どうしてここに一年の終わりと始まりを持ってきているのか、僕にはあまり意味が分からない。

 小学生の頃はお年玉を貰っていたからなんとなく、お正月を迎えればお小遣いが増えてラッキーって感じもしたけど、中学になってからはその喜びも随分と薄れてしまっていて、今年は特に、喪中だってこともあって大々的におめでたいって感じはなかった。

 ただのんびりと、静かに大晦日を過ごしてなんの代わり映えもしない今朝に至る。

「今年も一念よろしく! で、新年早々、あんた独り?」

 微妙にピントの合わない頭で玄関の扉を開けると寝起きにはやかましすぎるテンションに襲われ、思わず肩を竦め、目をつぶる。欠伸交じりに目をこすれば薄っすらと積もった雪景色の上に立っていたのは舞花だった。

「見ての通り眠いんだけど……、バカなの、おまえ……」

 玄関脇に置かれた時計の針は6時過ぎを指している。さっきまで布団の中にいた僕はまだ寝たりなくて、そんな僕を無理やりにでも目を覚まそうとするかの如く、冷たい風が吹き付けてきて身震いする。

「ううっ……さむっ……」
「はーっ? 馬鹿はそっちじゃないのバカ葉流ぅっ? お正月早々寝てんじゃないわよ」

 こいつとは価値観が違いすぎてるのは良ーく知ってるけど、普通、寝るだろう。正月は。寝なきゃ勿体ない……。

 ていうか、受験生なら出歩く方が馬鹿だと思うのだけど、舞花にとってはそうでもないらしい。しっかりと着込んだ厚手のコートで、頭には毛糸のニット帽までかぶりマフラーぐるぐるの完全防備だ。

「どっか行くの」
「どっか行くの! ほら、準備しなさいよ。っていうか、外寒いんだから早く中入れてッ、風邪ひいちゃう」
「ぁー……、」

 なんだかもう、強引だよなぁ、昔から……と押されるがままに押し込まれ、リビングに腰を下ろした舞花を横目に0顔を洗いに行く。鏡越しの僕は随分と眠そうだ。やっぱり睡眠が足りてない……。

 面白くも何ともないテレビを柄にもなく「どうせ年越しなら見ておくかな」とか変な理屈で眺めていたのが全ての元凶。寝落ちして、確か目が覚めて布団に入ったのは3時を回ってからだった。昼間から冬華さんに付き合っていた事を思えばもっと勉強に時間を割いておくべきだというのは分かっているのだけれど、どうにも繋いだ手の感覚が忘れられず、僕を落ち着かせてくれなかった。

 冷たかったな、と温度を奪われていくばかりだった細い指を思う。
 無事に送り届けることはできたけれど、あんな無断外出も冬華さんにとっては息苦しい病室生活を際立たせてしまうだけなんじゃないかという無駄な心配も。
 想う必要なんてないのに、無視できない。

 それはやっぱり父親と重なるからだろうか、なんて。冬華さんに失礼だよな、死人に似てるだなんて。
 顔を冷水で洗って目を覚まさせ、タオルで拭いていると舞花の声が飛んでくる。

「なんて?」

 うまく聞き取れなかったのでリビングを覗いて尋ねると「何処行ってたの、昨日」となんだか睨まれる。
 テレビからは芸人さんたちの笑い声が聞こえてきていて、何が面白いのか観客席のお客さんたちもつられて笑う。

「あー、昨日も来てたんだ。ごめん、ちょっと出かけてた」
「何処に?」
「除夜の鐘を、見に……?」
「……ふーん」

 僕もわざわざ雪の日に出かけるようなキャラじゃないから胡散臭さはぬぐえない。舞花は舞花で、僕が留守にしていたのが相当気に入らないのか、そのままむくれてテレビに姿勢を直してしまう。

 ていうか、いくら暖房入れてないからってマフラーと帽子は外せばいいのに。第一、家の中はそれほど寒くない。外は、……めちゅくちゃ寒いんだよなぁ……?
 正直言って、全く気乗りしない。けれどこのまま布団に出戻りしてしまえば蹴り飛ばされそうなので渋々服を着替える。ご機嫌を取る必要なんてないけど、代わり映えのしない朝だとしても新年早々蹴られたくはなかった。何処に行くつもりかは知らないけど、たぶん初詣だろう。上着を羽織る。舞花はそういう迷信じみたこと、好きだから。

 財布と携帯と。……別に他にはいらないか。
 そういえば、と母の寝室を覗いてみるが中は空だった。

 どうやら職場で仮眠をとってそのまま仕事らしい。
 よくもまぁ、働くもんだと我が母親ながら感心する。

「あれ? マフラーまかないの? 今日寒いよ、わりと」

 玄関で靴を履いていると気配を感じたらしい舞花がテレビを消してやってきた。

「あー、うん。なんか、気分じゃない」
「なによそれ」
「行こ。遅くなると混むよ」
「あ、ちょっとー!」

 先に玄関を出るけれど鍵を閉める必要があって、結局そこで一度待つ。

 もたもたとブーツを履いて転びそうになりながら出てきた舞花は「むぅ」と睨み上げて来る。だけど、こちとら新年早々付き合ってやってるっていうのにそりゃないだろう。二日連続で神様に会いに行くほど信仰深くもないのに。まったくもって面倒くさい。

 案の定、何処に向かうつもりなのか尋ねれば昨日行った神社の名前を告げられる。早い話が初詣だ。なら自転車かな、と愛車を引っ張り出そうとするけれど「足元滑るのにばっかじゃないの!? 受験生なのにンなもん乗るな!」とこれまたご立腹。確かにうっすらと白くなったアスファルトは滑るかもしれないけど、だったら出かけなきゃいいのに。そもそも学校始まったら乗るだろ。自転車。

 しかしながら今日はその気分ではないらしい。僕もサドルの上にうっすらと積もった雪を見て跨る気が失せた。早く来いと促す舞花に渋々従い、徒歩で駅へと向かう。
 河川敷は一面が白く塗り固められていて、いつもより広くなったようにも思える。吹き抜ける風が肌を削るようで寒いというよりも、痛い。

 途中、病院の横を通ったけれど、冬華さんの姿は見えなかった。

 当たり前だ。まだ7時も回っていない。そもそもあの人の病室がここから見えるからと言って、窓辺でずっとあの人が外の景色を眺めていなければ目が合うはずもない。
 舞花のどうでもいい年末のテレビ番組についての話題に適当に相槌を打ちながら進む。

「ていうか、全然勉強してないじゃん。平気なの、それ」

 どうやら大晦日の特番を昼からずっと眺めていたらしい。人の事は言えないけれど受験生だろ、お前は。

「だからこその神頼みなんじゃない!」

 神様も万能じゃないと思うんだけど。
 お願いする時間があったら数式の一つでも覚えればいいのに、無駄なことを……。

「論理的に考える問題苦手だもんな。いつも目先の嘘に引っかかるし」

 だから凡ミスが多くて点数拾いきれないんだ。
 親身になって教えてやってるつもりなんだけど、当の本人は気に食わなかったらしく、そのまま本年一回目の体当たりを食らう。子供の頃のノリでぶつかってくるのは別に良いけど、そろそろ大人になる努力はして欲しいもんだ。

「子供じゃあるまいに」

 実は割と切実な願いだったのだけれど、

「なにそれ。つまんないんですけど」

 身もふたもない言葉で切り捨てられる。
 冬華さんは冬華さんでめんどくさいけど、舞花は舞花でめんどくさいんだよなぁ……。

 僕は大人しく一歩先を行く後姿を追いつつ、いつの間にか追い抜き返した身長差を測ってみる。大体8cmぐらいかな。抜かれたときは驚いたけど、今となってみればいい思い出だ。舞花は止まって、僕はまだ伸びる。伸び続けてる。
 そういえば子供の頃は体当たりされたらもっと吹き飛ばされていたようんな気もするけどーー、……運動部と帰宅部の体格差は男女の区別の前では特に意味をなさないらしい。

 本気でぶつかってこられたとしても少しバランスを崩すぐらいだろうし、良かった。背が伸びて。

「なんかすっごいムカつく顔してるんですけど」
「え? ああ、そんなつもりないから安心してよ」
「はーっ……!? なんかよけいむかつく!!」

 新年を迎えた商店街は昨日よりは人通りは多いけれど、賑やかというわけでもなかった。お正月早々の厳かな雰囲気といえばいいんだろうか。何処となく張り詰めた、ひんやりとした空気を心地よく感じながら、横で騒ぐ舞花をいつも通りにいなす。周りの雰囲気がどうであれ、結局僕らはいつものままだ。

 しかし、そんな舞花も電車の中では周りの雰囲気もあってか黙り込んでしまった。
 心なしか、昨日よりも騒がしく運ばれていく車両。
 一つ目の駅で座席が半分以上埋まり、次の駅ではほんの少し人が減った。

 目的地で大半の人が降りて、僕らもその流れに乗る。駅前から聞こえてくる華やかな活気のある音色に即発されてか、それまで静かだった人々も口々に話し始めていた。県外から足を運ぶ人がいる程ではないけれど、地元の人は割と来るんだなーなんて考えていたら舞花に腕を引っ張られ、ぐいぐいと運ばれていく。

「はぐれるじゃん。ボケッとしてないでよ」

 それって、はぐれるのは僕じゃなくて舞花の方だよね?

 思ったけど蹴られそうだったので口には出さなかった。早くも小さい背中は人混みに隠れていて見失いそうになる。掴まれた手首だけが舞花の存在で、何処に向かっているのかを示してくれる。ていうか、ちょっと痛い。けれど、なんだか後ろから見える舞花の表情が真剣そのものだったのでそれに関しても指摘はしなかった。昨日は手を引いて、今日は引かれてる。なんだか変な毎日だなぁ、とは思ったけど。

 そのまま僕らは石階段の参道へと向かい、黙々と地獄の階段上りに取り掛かる。正直、手首とかよりも太ももが痛い。周りをうかがう余裕もなく、息も絶え絶えで登りきるまでに随分と体が温まってしまった。それでも昨日より随分早く到着できたのは舞花のハイペースもあっての事だろう。

「ふっ、はーっ……! いい運動になったわーっ」
「そうだね……」

 地獄の石階段を上り終え、ふぅーっとベンチに腰を下ろした僕を舞花は鼻で笑う。

「だらしないわね文化部」
「一緒にすんなよ、運動部」

 文化部と言っても僕は文芸部の幽霊部員でしかなく。放課後の大半を同じような幽霊部員な友人とうだうだして過ごしていただけだ。それも気まぐれだから殆ど帰宅部と変わらない。そもそも文芸部が本当に体力がないってのはどうなんだろう。少なくとも吹奏楽部や演劇部なんかは走りこんでいたようだし、なんなら文芸部には学校の部活に所属しないような「外部のクラブ活動」に参加している奴らが何人かいたので、体育祭の部対抗リレーでは例年一位だった。

 境内の賑わいは昨日の比ではない。
 めちゃくちゃ混んでるってわけでもないけど、それでもお賽銭箱の前には行列が出来ていた。

「さっさとお参りすませてきたら?」

 僕は甘酒でも飲んで待ってようかな。
 ベンチに腰かけたまま昨日と同じ売り場を眺めていると目の前に舞花が仁王立ちした。

「バッカじゃないの? 何のためにここまで来たと思ってんのよ」
「初詣だろ?」

 言いたいことは分かるけど、昨日もお参りしたし、二日連続で「高校受験が成功しますように」とか神頼みが過ぎるって逆に見放されそうで怖いんだけどな。お百度参りって百回神様にお願いしたから聞いてもらえたんじゃなくて、百回も来られて迷惑だからもう来るなよって意味合いで叶えてくれるって説もあるんじゃないかっていまふと思ってみたり。

「いや、ないか。流石に」
「なにぶつくさ言ってんのよ……」

 神様どんだけ懐浅いんだよって話になるし。

 ぱんぱん、って二礼二拍一礼が「実は最近になって作られた参拝方法なんだよ」って昨晩仕入れたらしい豆知識を聞かされながら「今年もどうか健康でありますように」って昨日とは違うことをお願いしておく。受験はそこまでお願いしなくても平気だろうし。横を見たらそれはもう真面目に神様じゃなくてもドン引きするレベルで手をこすり合わせて「受験受験受験ぅ……」と呟く姿があった。悪いけれど知り合いだと思われたくない。

「じゃ、そういうことでよろしくお願いしますね、神様」

 願いが聞き遂げられるかどうかは別にして、自分の世界に入って人を寄せ付けないオーラを放つ幼馴染を置いてその場を離れる。離れるときもなんだかまだぶつぶつ言っていて、願い多すぎだろ。昨日煩悩を捨てきれなかったのか、コイツは。

 まだまだ時間がかかりそうだったし、ぱっと見回した辺りには自販機がなかったのでそのまま甘酒を買いに向かう。
 なんだかんだでここの甘酒は美味しかった。お正月ぐらいしか口にすることもないから他のと比べるのは難しいけど、不味くはなかった。舞花の分と二人分、それを買ってベンチに戻るとちょうど満足した顔の舞花がこちらに戻ってくるところだった。

「どーよ」

 いや、神様にどれだけお願いしたところで受験の結果は変わんないからな。たぶん。
 変に言い返したところで僕が折れる羽目になるだけなのだし大人しく甘酒を差し出す。

 本気で幼馴染の来年が心配だ。こんなところに付き合うぐらいなら一緒に受験勉強してやったほうがよかったんじゃないだろうか。

「昼からは勉強するか」
「ぇ……」

 親切心からそう提案してみたけれど舞花の反応は芳しくない。嬉しそうに紙コップに着けていた唇は徐々に歪んでいく。

「いやいや、ありえないでしょぉ……? お正月だよ?! 新年だよ!? 何が楽しくて勉強しなきゃいけないのよ!」
「楽しいからするもんじゃないと思うけど」

 そもそも論でいえば勉強したくないのに進学するのもおかしな話だし、その上で僕らが志望校として選んだ学校は進学校だ。高校入学の時点で大学への進学を念頭に置いた授業が待っている。いくら家から近くて通学が楽だからって舞花はこれからの三年間をどうするつもりなんだ。それを言えば、「なんとなく」まだ進路が決まっていないから「なんとなく」何処の大学でも進めるようにとそこを選んだ僕も僕だけど。

「……あー、いや。三年間もないのか」
「ん?」
「いや、独り言」

 舞花に聞こえてなかったんならそれでいい。

 思えばきっとあそこで両手を合わせている人たちは同じ一つの願い事を告げているに違いない。

 今日もまた雲の向こう側へ姿を隠している彗星。
 この惑星に着々と近づいてきている死の象徴。

 そのことに関するニュースを最近見かけていないのは新年を迎える間は忘れさせたいというテレビ側の計らいなのかもしれない。おかげで僕は神様にそのことをお願いするのを忘れていた。

 まぁ、僕一人が願わなくてもこれだけの参拝客が同じ願いを告げていれば流石の神様の耳にも届くだろう。叶えてくれるかは別にしても、彗星の事を知らなかったとは言えなくなるはずだ。あとは神様次第。人の願いを万が一にでも叶えようとはしてくれない他力本願の象徴次第だ。

「どちらにせよ勉強しなくちゃいけないのは変わんないもんな。用も済んだし変えろっか?」
「え、あ、ちょっと待ってよー! おみくじとか、ほらっ、やんないの?」
「ンなことで一喜一憂したくない」
「はぁ?! バカ葉流もここまで来るとほんとにバカみたいっ」

 なんだよそれは。僕の信仰の薄さは一応分かっているらしく、舞花は一人で巫女さんのもとへと勇んでいく。
 たとえ引いた紙に書いてある文字が吉だろうか凶だろうが結局は受け止め方次第でくじ運だ。朝のテレビでやってる占いとか、今週のラッキーアイテムとか、いちいち気にして、楽しそうだなぁとは思うけどマネしたいとは思わない。

 運が悪けりゃ神様のせいにできるってのは、まぁ、楽かもしれないけど。ーーまぁ、神社で思うことではないかもしれないけど、神様はなんの罰も与えてはこない。きっと次々投げつけられる言葉に耳を傾けるので忙しいんだろう。そういえば「新年の抱負」って神様にお願いするんじゃなくて神様に「宣言する」ものだったような気がする。あくまで実現させるのは自分次第って奴だ。

「ふふふっ、どうっ、葉流も引いて来れば?」

 どうでもいいことを思っているうちに舞花が戻ってきていた。大吉でも引いたのか実にうれしそうな笑顔で。

「そういうの僕はいいんだよ。知ってるだろ」
「うえぇー?」
「ほら、いこ」

 人もだんだん増えてきたし、こんなところで雑談してるのも邪魔だろう。
 ジャンパーに両手を突っ込み、徐々に冷えてきている体に身震いする。石階段越しに眼下に広がる景色を眺めると冷たい風が吹き上げてきて思わず肩を強張らせた。

 マフラー、巻いてくりゃ良かったな。

 首元まで上着を締め切っているとはいえやはり冷たい風が吹き込んできてかなりきつい。あんまりぶらぶらしてると風邪ひきそうだ。

「で、昼からだけどさ。勉強しなくていいの?」
「んぅ~っ……、しなくていいかって聞かれるとしなきゃいけないわけでぇ~……」

 合格ラインに達しているか微妙な受験生にとってお正月は関係ない。当然のごとく舞花は問題集と向かい合うほかないのだけど、ごにゃごにゃと言い訳を羅列し始める。こいつなりの最期の抵抗なのだろう。受験勉強といがみ合ってどうすんだよ。

「——まぁ、しゃぁっない。葉流がそこまでいうなら私も付き合ってあげますよぉっ」

 別に、一人でも勉強するつもりではいるから来なくていいんだけど。そういったら思いっきり脛を蹴り飛ばされた。階段を降りてんだから真面目に危ない。

「葉流ってさぁー、そういうとこ、ほんと変わんないよね」
「変わんなくて悪かったな」

 すぐ蹴飛ばすとこもお前変わってないだろ。

 残念ながら舞花と違って少しは成長した僕は今度こそ口を紡ぐ。黙々と参道を降りることに徹した。しかし、昨日とは比べ物にならないほど賑やかな掛け声に引かれ、喚く舞花に釣られてりんご飴を買う羽目になったり、流石に僕は遠慮したけど舞花の左手にはりんご飴、右手には綿菓子という状況になった。本人は満足しているようだったけど呆れるばかりだ。

 とはいえ、僕もなんだかんだ言ってお祭りの雰囲気に多少当てられていた。その少しだけ浮ついた気持ちのまま電車に乗り込み、疲れたのか持たれかかってくる舞花の肩を押し返しつつ、流れる景色に目をやる。

 昨日とは、何一つ変わることのない、同じ光景。
 なのにこうも違って見えるのは年を一つ跨いだからなんだろうか。
 何の変化もないハズの日の代わりを、「年越し」というイベントでこうも変えられてしまうのだから、人間はとても単純な生き物だ。

 そうするうちにウトウトと、昨日の雪を考慮してか、暖かめに設定された暖房に包まれて意識が遠のいた。いつの間にか眠っているような、起きているような、そんな曖昧な感覚が心地よくて。寝たら乗り過ごすっていう危機感と、眠ってしまえば気持ちよくいびきをかけるんだろうなぁっていう幸福感と、リズムよく揺れる電車が揺りかごのように僕らを運んでいく。

 そうして、気が付けば最寄り駅は過ぎていた。
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