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第21話 血染めの騎士
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誰もが言葉を失っていた。
その胸の内に抱く心はなんであるかを知ろうとは思わない。
ただ目の前で国王の首は地面に転がり、呪縛の解かれた体は力なく崩れ落ちる。
王国に遣え、忠誠を示していた騎士は己の剣を伝い落ちてくる雫を見つめる。
赤く、汚らわしいほどに澱んだ血はゆっくりと刃を伝い義手を濡らした。
まるで泥のように纏わり付いたそれを男は見つめ、
「ぁ、あ、あ、ああああああアアアアアア」
吼えた。
絶叫し、剣を落として唸る。
「私はっ……私はァっ……??!」
未だに信じられぬと、夢であって欲しいと願うかのように頭を抱え、それは周囲の騎士たちが言葉を紡ぐ機会を奪った。
あるものは呆然とし、あるものは額を抑え壁に寄り掛かる。しかし、誰一人として討たれた国王へと駆け寄る者はいない。
「……見ろ」
無様にも這いつくばった頭を掴み、そこに転がる国王へと目を向けさせる。
「国王は死んだ。恨むなら私を恨め」
「貴様ァっーー、」
「じゃが、コトはまだ済んでおらぬ。遺されたものまで奪われて良いのか?」
「ッ……?!」
良い目をするようになった、と思う。
鬼神の如く血走ったそれは迷いなく敵の首を撥ねる事ができる兵士の目だ。
この者は優しすぎた、己の騎士道に従うばかりで本当に守らなければ為らぬ物に気付けていなかった。
理想では何も守れない。
守るためには力がいる。
「見逃してやるつもりはないが、そういうことなのだろう?」
唯一、束縛を解かれずに磔にされている二人の魔族に語りかける。
あの路地裏の男の言っていた王都からの密偵、周辺各国との力関係と連合国家として成り立っている背景を見れば彼らの役割は明白だ。いくら愚王に仕える者とはいえ、関係の危うい隣国の使者を突然切り捨てるとは思えない。例えそれ自体は仕組まれたものではなく、自然に起こったことだったのだとしても“キッカケにした”者たちがいる。
国を解体し、“自分たちの支配しやすい下地を作ろうとしようとした者たち”が。
こんな方法を私は取ろうとは思わない。
こんな回りくどく、性格の悪い事を考えはしない。
これは人種《ひとしゅ》独特の政《まつりごと》だ。
自然とともに生きようとする我らが魔族の生き方とは異なる。
「どうして魔族であるお主らが人種《ひとしゅ》に付いているのかは理解に苦しむが、これで終わりというわけではなかろう」
二人は国王の死を前にしても沈黙を貫いている。
守るそぶりを見せつつも、いざそうなってみれば大人しいのが何よりも証拠だった。
娘を嫁がせた後で始末するつもりだったのかもしれん。そうなれば先王の血筋である“あの娘”を旗に内政干渉という名の占領も容易い。
「……私たちからすれば貴方が異常なのよ」
「私が……?」
静かに、捕らえられているというのに少しも怒りを感じさせることはなく。悲しみさえも思わせる静けさで女が言った。
「刃向かったって弾圧されるだけ……、なら取り入り、身を守るしかないでしょ」
幾度となく聞かされてきた言葉だった。
戦ったって勝てるわけがない。
多勢に無勢。どれだけ潰したところで次々と湧いてくる。
魔族は異端であると迫害される他ない。
「守ってどうなる」
女の言うことは間違いではない。
「己の身一つ守って一体どうする?」
事実、私は数多くの仲間たちを死地に置いてきた。
流さなくとも良い血を、数え切れないほど流させてきた。
しかし引き返さなかった。引き返すことはできなかった。
「生き延びたところで、いつかは滅びる。……ならば、盤上を覆す他無かろう」
私は、人という種を喰らい尽くすまで戦い抜くと誓ったのだから。
我ら異端とされる者たちが、そして声すら上げることの許されぬ森たちが生き続ける為に。
「賛同してもらおうとは思わんがな」
例え一人であっても突き進むと決めた道だ。
「でっ、伝令!」
と死に体の屋上に駆け込んでくる姿があった。
「隣国・シークランスのが進軍して参りましたッ……その数10万を超えると思われます……!!」
予期していなかった訳ではないのだろう、兵たちの間で騒めきが広がり諦めるようにため息を漏らすものさえいた。
「へーかッ!! 陛下っ!!」
続いて息をあげて飛び込んできたのはあの白髪だ。兵士たちの間を分け入ってやってきたバカはその惨状に言葉を失い、
「だだだだだっお前かぁあああああ!!!」
近くにいた兵士の剣を奪い取ると切りかかってくる。
「なんということっなんというこりょをォおお!!」
「煩いのゥ……」
この際だからこのバカも殺してしまうか?
こうなってしまえば頭の一つや二つ、増えたところで変わらぬだろう。
そう思って腕を上げたのだが「ぬっ……ぬぅうっ……?!」振り下ろされる剣を後ろから掴み、白髪の動きを止めるものがいた。
「ファ、ファルガスゥうう……何をしているファルガス?!」
「おやめくださいマクベス様……、其の者は何もしておりませぬ……」
「嘘をつくなっ!! このものに私は「 私がやったことです 」
白髪の言葉を遮るようにしてステインが宣言し、その剣を義手の指先でへし折った。
「これ以上騒ぎだて致すのでしたら私は……更に罪を重ねる事と致しましょう」
込められていたのは見違えるほどの覇気。怒りの感情だった。
まるで別人の様な視線を向けてくる騎士に白髪は思わず黙り込み、「う……うにゅ……」と剣を足元に落とすに至った。
「……ん……」
腕の中で呻き声が聞こえ、支えていた腕を掴み返空感触に視線を向けると娘がうっすらと目を開けた。
顔色は良くないが、傷口は塞がり始めている。時間が経てば自分の足でも立てるようになるだろう。
「私は……、マオ……? どうして笑ってるの……?」
「ん……?」
言われて自分の顔に手をやると確かに頬が上がっていた。
「ふふっ……どうしてじゃろうな?」
何をそれほど気に入ったのか。
未だに意識が朦朧とし、周囲が見えぬ娘に代わって重苦しい空気の漂うこの場を見回す。
ーーなかなかに面白いことになって来たではないか。
遥か彼方、灰色の空の向こう側にかすかに見える小さな軍勢たちに私は笑みを向け告げた。
「本当に……哀れじゃのう?」
その胸の内に抱く心はなんであるかを知ろうとは思わない。
ただ目の前で国王の首は地面に転がり、呪縛の解かれた体は力なく崩れ落ちる。
王国に遣え、忠誠を示していた騎士は己の剣を伝い落ちてくる雫を見つめる。
赤く、汚らわしいほどに澱んだ血はゆっくりと刃を伝い義手を濡らした。
まるで泥のように纏わり付いたそれを男は見つめ、
「ぁ、あ、あ、ああああああアアアアアア」
吼えた。
絶叫し、剣を落として唸る。
「私はっ……私はァっ……??!」
未だに信じられぬと、夢であって欲しいと願うかのように頭を抱え、それは周囲の騎士たちが言葉を紡ぐ機会を奪った。
あるものは呆然とし、あるものは額を抑え壁に寄り掛かる。しかし、誰一人として討たれた国王へと駆け寄る者はいない。
「……見ろ」
無様にも這いつくばった頭を掴み、そこに転がる国王へと目を向けさせる。
「国王は死んだ。恨むなら私を恨め」
「貴様ァっーー、」
「じゃが、コトはまだ済んでおらぬ。遺されたものまで奪われて良いのか?」
「ッ……?!」
良い目をするようになった、と思う。
鬼神の如く血走ったそれは迷いなく敵の首を撥ねる事ができる兵士の目だ。
この者は優しすぎた、己の騎士道に従うばかりで本当に守らなければ為らぬ物に気付けていなかった。
理想では何も守れない。
守るためには力がいる。
「見逃してやるつもりはないが、そういうことなのだろう?」
唯一、束縛を解かれずに磔にされている二人の魔族に語りかける。
あの路地裏の男の言っていた王都からの密偵、周辺各国との力関係と連合国家として成り立っている背景を見れば彼らの役割は明白だ。いくら愚王に仕える者とはいえ、関係の危うい隣国の使者を突然切り捨てるとは思えない。例えそれ自体は仕組まれたものではなく、自然に起こったことだったのだとしても“キッカケにした”者たちがいる。
国を解体し、“自分たちの支配しやすい下地を作ろうとしようとした者たち”が。
こんな方法を私は取ろうとは思わない。
こんな回りくどく、性格の悪い事を考えはしない。
これは人種《ひとしゅ》独特の政《まつりごと》だ。
自然とともに生きようとする我らが魔族の生き方とは異なる。
「どうして魔族であるお主らが人種《ひとしゅ》に付いているのかは理解に苦しむが、これで終わりというわけではなかろう」
二人は国王の死を前にしても沈黙を貫いている。
守るそぶりを見せつつも、いざそうなってみれば大人しいのが何よりも証拠だった。
娘を嫁がせた後で始末するつもりだったのかもしれん。そうなれば先王の血筋である“あの娘”を旗に内政干渉という名の占領も容易い。
「……私たちからすれば貴方が異常なのよ」
「私が……?」
静かに、捕らえられているというのに少しも怒りを感じさせることはなく。悲しみさえも思わせる静けさで女が言った。
「刃向かったって弾圧されるだけ……、なら取り入り、身を守るしかないでしょ」
幾度となく聞かされてきた言葉だった。
戦ったって勝てるわけがない。
多勢に無勢。どれだけ潰したところで次々と湧いてくる。
魔族は異端であると迫害される他ない。
「守ってどうなる」
女の言うことは間違いではない。
「己の身一つ守って一体どうする?」
事実、私は数多くの仲間たちを死地に置いてきた。
流さなくとも良い血を、数え切れないほど流させてきた。
しかし引き返さなかった。引き返すことはできなかった。
「生き延びたところで、いつかは滅びる。……ならば、盤上を覆す他無かろう」
私は、人という種を喰らい尽くすまで戦い抜くと誓ったのだから。
我ら異端とされる者たちが、そして声すら上げることの許されぬ森たちが生き続ける為に。
「賛同してもらおうとは思わんがな」
例え一人であっても突き進むと決めた道だ。
「でっ、伝令!」
と死に体の屋上に駆け込んでくる姿があった。
「隣国・シークランスのが進軍して参りましたッ……その数10万を超えると思われます……!!」
予期していなかった訳ではないのだろう、兵たちの間で騒めきが広がり諦めるようにため息を漏らすものさえいた。
「へーかッ!! 陛下っ!!」
続いて息をあげて飛び込んできたのはあの白髪だ。兵士たちの間を分け入ってやってきたバカはその惨状に言葉を失い、
「だだだだだっお前かぁあああああ!!!」
近くにいた兵士の剣を奪い取ると切りかかってくる。
「なんということっなんというこりょをォおお!!」
「煩いのゥ……」
この際だからこのバカも殺してしまうか?
こうなってしまえば頭の一つや二つ、増えたところで変わらぬだろう。
そう思って腕を上げたのだが「ぬっ……ぬぅうっ……?!」振り下ろされる剣を後ろから掴み、白髪の動きを止めるものがいた。
「ファ、ファルガスゥうう……何をしているファルガス?!」
「おやめくださいマクベス様……、其の者は何もしておりませぬ……」
「嘘をつくなっ!! このものに私は「 私がやったことです 」
白髪の言葉を遮るようにしてステインが宣言し、その剣を義手の指先でへし折った。
「これ以上騒ぎだて致すのでしたら私は……更に罪を重ねる事と致しましょう」
込められていたのは見違えるほどの覇気。怒りの感情だった。
まるで別人の様な視線を向けてくる騎士に白髪は思わず黙り込み、「う……うにゅ……」と剣を足元に落とすに至った。
「……ん……」
腕の中で呻き声が聞こえ、支えていた腕を掴み返空感触に視線を向けると娘がうっすらと目を開けた。
顔色は良くないが、傷口は塞がり始めている。時間が経てば自分の足でも立てるようになるだろう。
「私は……、マオ……? どうして笑ってるの……?」
「ん……?」
言われて自分の顔に手をやると確かに頬が上がっていた。
「ふふっ……どうしてじゃろうな?」
何をそれほど気に入ったのか。
未だに意識が朦朧とし、周囲が見えぬ娘に代わって重苦しい空気の漂うこの場を見回す。
ーーなかなかに面白いことになって来たではないか。
遥か彼方、灰色の空の向こう側にかすかに見える小さな軍勢たちに私は笑みを向け告げた。
「本当に……哀れじゃのう?」
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