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【5】少年少女。
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秋も深まって来た頃、外から吹き込む風は夕暮れになれば少し肌寒く、一枚上着を羽織りたくもなる。
そんな季節でも先輩はよく、窓からぼーっと外を眺めながら煙草を噴かしていた。それがどんな味がするのか、それ程美味いものなのかは知らないし知ろうとも思わないが、ただ暇さえあれば白いその煙を噴かしていた。
「……先輩、窓開けてくれてるのは良いんですけど入って来てます」
「……何が」
「煙が」
「……ああ、そう。そりゃ悪いね」
一応その流れ込んでくる煙を一瞥はした物の、特には気にする事無くまた煙草を口に咥える。大抵こういう時はなにか考え事をしてるのだと、最近になって気付いた。いつもの先輩なら後数センチは指先を外に出してくれるはずだ。数センチぐらいは。
「……何かあったんですか、話、聞きますよ」
手元で先日撮影した映像をチェックしながら話しかけてみる。
荒太がロケハンに出掛けている間は俺と先輩、二人きりだ。それがどうって事は無いのだけど、自然と話し相手になるのが通例だ。
「何かあった訳じゃないよ」
とは言う物のぼーっと、煙を見てるんだか空を見てんだか……。なんともまぁ、気の抜けた状態だこって。
呆れ、溜め息が溢れた。心ここにあらずとはこの事で、本当に世話の焼ける先輩だ。
一度カメラを置いて立ち上がり、先輩のすぐ傍にまで移動する。
「考え事するかタバコ吸うかどっちかにして下さい、灰落ちかけてますよ」
そう言ってタバコを奪うと窓枠に置いてあった灰皿で火を消した。
そもそも俺としては、余り吸って欲しくはなかった。煙が苦手なのもあるし、まぁ、その……体に良く無いからな――。
……なんて、言える訳も無く、案の定かなり不機嫌そうな目で睨まれる。
「まだ半分以上残ってただろうが」
「すみませんね。でも、焚火するには気が早いですから」
そう言って、先輩の膝の上に置いてあった脚本を奪う。先週仕上がったばかりの出来立てホヤホヤ――、だって言うのにホントにぼろぼろだなぁ。
何度も読み返したのだろう、ページの端はすり切れ、手あかとインクで紙自体が茶色だかなんだかに染まってしまっている。そうになるまで撮影と向き合っている先輩は、なんかちょっとかっこ良かった。不覚にもそのぼろぼろになった脚本に見蕩れる。
「おい、返せアホ」
そのせいで先輩のチョップに気付かず、頭から腰まで、一気に衝撃が突き抜けた。
「……っ……だぁ……」
声にならない痛みに涙が滲む。若干折れ曲がった膝が情けないけどそのまま抗議代わりに睨んでやる。が、睨み返されて逆に小さくなる。――情けねぇ……。
「……で、なんなんですか、先輩。どうしたんです」
「しつこいぞ」
「んな事言ったって……」
先輩は不機嫌に窓に向き直り、タバコをまた取り出す。その動作もまた様になるのだから何ともまぁ……。
「せーんぱーい?」
でも、辞めて欲しい物は辞めて欲しい。っていうか、人の話聞いてんのかなぁ……。
そんな俺の気遣いに気を書ける事も無いようで、一本吸い終わるとまたもう一本箱から取り出した。俺の言葉なんて届いちゃいねぇ……。けれど今度は火をつける事も、口にくわえる事も無く。ただ、それをじーっとしばらく見つめ、
「……私、あんたの事好きだよ」
赤く夕日に染まった先輩は、そう呟いた。
「こう言っちゃなんだけど、愛してる」
真顔で振り返り、放たれた突拍子のない台詞に言葉を突きつける。
「だからさ、結婚してよ?」
部屋の中が静まり返る。
「…………は」
秋の静かな風が部屋に吹き込んで来ると、微かに残るヤニの匂いが鼻を突いた。
夕日に染まり、亜麻色に煌めく長い髪が肩から零れ落ち、その光景にも目を奪われてしまった。
――俺の事を、愛してる……?
言われた言葉が頭の中で反復され、意味が理解出来ず、もう一度頭の中で反復する。――愛してる? 誰が……? 先輩が、俺を……? そのうち額から汗が流れ落ち、ゴクリと唾を飲み込む。
「ど、どうしたんすか、……先輩」
きっと何かの罠だ、もしくは聞き間違いだ。笑い飛ばせば良い、そう、いつも見たいに。「なにいってんすか」って「寝ぼけてます?」と。冗談を真に受ける必要は無い、適当に返してやれば良いんだ……。――だって先輩が俺の事を……好き、だなんて――。
「…………」
先輩が諦めた様にまた窓の外に目をやった。
手に持っていたタバコを再び口にくわえ、ライターをそれに近づけて行く。
その姿はいつも通りだった。何一つ、違った所は無い。
なのに、何故だかそこに先輩がいないような気がして、
「せん、ぱい……?」
少し怖かった。
「せんぱいっ!」
「――――ッ?」
思わず、ライターを取ろうしていた腕を掴んでしまった。
「な、なんだよっ……?」
丸くなった目が、微かに揺れながらも見つめ返す。
ドキドキ、と自分の心臓の音が聞こえてくるようだった。まるで掴んだ腕を伝って先輩にまでそれが伝わってしまいそうで――、そう思うと急に顔が熱くなる。でもそんな先輩の顔もだんだん赤くなっていって――、
「すっ、すみませんっ……!」
耐えきれず、腕を放した。
「…………」
「ぇ、ぇっと……」
何も言えず、恥ずかしいやらなんやらで、目を逸らす。心臓の高鳴りは一向に収まる気配がなかった。きっと耳の後ろまで真っ赤になってる気がする。それでも先輩の反応が気になって恐る恐る視線を向け――、同じ様にこちらを伺ったであろう先輩と目が合った。
「ッ――――」
「――ぁ、あの、せんぱい……、」
口の中がカラカラだった。それでも何かを言わねばと必死に喉の奥から言葉を捻り出す。捻り出そうとするのだが――、
「ぇ、あ、えっと……、」
奥の方で何かに引っかかって上手く出てこない。上手く出てこない上にその事で余計に頭が混乱し、何を言いたいのか、何を言うべきなのか分からなくなり――、そうこうしている内に先輩が顔を伏せた。
「せ、せんぱい……?」
恐る恐る伺ってみる。その顔を覗き込もうとして――、
「っの! あほぉっ!!!」
「げっ――」
突然叩き付けられた台本が目の前を通り過ぎた。それを仰け反って躱した所へ――、
「――――へ……?」
思いっきり投げ飛ばされた台本が直撃した。空中で円盤の様に回転し、見事に角の一番固い部分で俺の額を貫く。
「――――」
視界が一瞬(台本で)白くなり、そのままバランスを崩して後ろに倒れ込む。後ろの机で腰を打ったようでそのまま色んな物を巻き添えにして盛大に物音が立つ。
「……お、おい……、大丈夫か……?」
「…………」
腰がジンジンと痛んだ。頭の中もクラクラする。目を瞑ってるのに白い光みたいな物が飛び交っていて、自然と口からは呻き声も溢れる。
「ぁー……」
幸いにも脚本が俺の顔にかぶさる様にして落ちて来ていたのでそのまま死んだフリ。暗闇の向こう側で先輩が慌て、戸惑う――相変わらず可愛い人だ、と呑気にも考え、少し頭の中を整理しはじめた。何がどうなってこんなことになってるのかさっぱりだ……、さっぱりだけど――。先輩が何かに悩んでいるのは確かだった。
普段は偉そうにして、どんな相手にも睨みを利かせる癖に根は小心者で、ちょっと突っつくと意外と簡単にボロが出る。
「な、なぁ……佐々木ぃ……?」
俺が起き上がらない事が怖くなって来たのか、恐る恐る声をかけて来る姿は何だか先輩らしく無くて。
「おーい……佐々木ぃ……」
そんな姿もまた先輩らしくて好きだった。
「……せんぱーい」
「よっ、よかった! 生きてた!」
返事をすると同時に慌てて顔の上から脚本が取り除かれる。逆光越しに覗き込む先輩の顔が視界に入って来ると眩しくて目を細めた。
綺麗な茶色に染まった長い髪が夕日に染まってオレンジ色に輝いていて、まるで映画の1シーンのようだ。
「……先輩」
嬉しそうに覗き込んでいたその顔に手を伸ばし、頬をそっと撫でる。一瞬、誰かの事が頭をよぎった気がした。けど、目の前の先輩の――、触れられた事で少し驚き、ビクッと体を強張らせる様子が何だか愛おしくて、
「俺も、好きです。先輩の事」
そっと、口づけをした。
そんな季節でも先輩はよく、窓からぼーっと外を眺めながら煙草を噴かしていた。それがどんな味がするのか、それ程美味いものなのかは知らないし知ろうとも思わないが、ただ暇さえあれば白いその煙を噴かしていた。
「……先輩、窓開けてくれてるのは良いんですけど入って来てます」
「……何が」
「煙が」
「……ああ、そう。そりゃ悪いね」
一応その流れ込んでくる煙を一瞥はした物の、特には気にする事無くまた煙草を口に咥える。大抵こういう時はなにか考え事をしてるのだと、最近になって気付いた。いつもの先輩なら後数センチは指先を外に出してくれるはずだ。数センチぐらいは。
「……何かあったんですか、話、聞きますよ」
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荒太がロケハンに出掛けている間は俺と先輩、二人きりだ。それがどうって事は無いのだけど、自然と話し相手になるのが通例だ。
「何かあった訳じゃないよ」
とは言う物のぼーっと、煙を見てるんだか空を見てんだか……。なんともまぁ、気の抜けた状態だこって。
呆れ、溜め息が溢れた。心ここにあらずとはこの事で、本当に世話の焼ける先輩だ。
一度カメラを置いて立ち上がり、先輩のすぐ傍にまで移動する。
「考え事するかタバコ吸うかどっちかにして下さい、灰落ちかけてますよ」
そう言ってタバコを奪うと窓枠に置いてあった灰皿で火を消した。
そもそも俺としては、余り吸って欲しくはなかった。煙が苦手なのもあるし、まぁ、その……体に良く無いからな――。
……なんて、言える訳も無く、案の定かなり不機嫌そうな目で睨まれる。
「まだ半分以上残ってただろうが」
「すみませんね。でも、焚火するには気が早いですから」
そう言って、先輩の膝の上に置いてあった脚本を奪う。先週仕上がったばかりの出来立てホヤホヤ――、だって言うのにホントにぼろぼろだなぁ。
何度も読み返したのだろう、ページの端はすり切れ、手あかとインクで紙自体が茶色だかなんだかに染まってしまっている。そうになるまで撮影と向き合っている先輩は、なんかちょっとかっこ良かった。不覚にもそのぼろぼろになった脚本に見蕩れる。
「おい、返せアホ」
そのせいで先輩のチョップに気付かず、頭から腰まで、一気に衝撃が突き抜けた。
「……っ……だぁ……」
声にならない痛みに涙が滲む。若干折れ曲がった膝が情けないけどそのまま抗議代わりに睨んでやる。が、睨み返されて逆に小さくなる。――情けねぇ……。
「……で、なんなんですか、先輩。どうしたんです」
「しつこいぞ」
「んな事言ったって……」
先輩は不機嫌に窓に向き直り、タバコをまた取り出す。その動作もまた様になるのだから何ともまぁ……。
「せーんぱーい?」
でも、辞めて欲しい物は辞めて欲しい。っていうか、人の話聞いてんのかなぁ……。
そんな俺の気遣いに気を書ける事も無いようで、一本吸い終わるとまたもう一本箱から取り出した。俺の言葉なんて届いちゃいねぇ……。けれど今度は火をつける事も、口にくわえる事も無く。ただ、それをじーっとしばらく見つめ、
「……私、あんたの事好きだよ」
赤く夕日に染まった先輩は、そう呟いた。
「こう言っちゃなんだけど、愛してる」
真顔で振り返り、放たれた突拍子のない台詞に言葉を突きつける。
「だからさ、結婚してよ?」
部屋の中が静まり返る。
「…………は」
秋の静かな風が部屋に吹き込んで来ると、微かに残るヤニの匂いが鼻を突いた。
夕日に染まり、亜麻色に煌めく長い髪が肩から零れ落ち、その光景にも目を奪われてしまった。
――俺の事を、愛してる……?
言われた言葉が頭の中で反復され、意味が理解出来ず、もう一度頭の中で反復する。――愛してる? 誰が……? 先輩が、俺を……? そのうち額から汗が流れ落ち、ゴクリと唾を飲み込む。
「ど、どうしたんすか、……先輩」
きっと何かの罠だ、もしくは聞き間違いだ。笑い飛ばせば良い、そう、いつも見たいに。「なにいってんすか」って「寝ぼけてます?」と。冗談を真に受ける必要は無い、適当に返してやれば良いんだ……。――だって先輩が俺の事を……好き、だなんて――。
「…………」
先輩が諦めた様にまた窓の外に目をやった。
手に持っていたタバコを再び口にくわえ、ライターをそれに近づけて行く。
その姿はいつも通りだった。何一つ、違った所は無い。
なのに、何故だかそこに先輩がいないような気がして、
「せん、ぱい……?」
少し怖かった。
「せんぱいっ!」
「――――ッ?」
思わず、ライターを取ろうしていた腕を掴んでしまった。
「な、なんだよっ……?」
丸くなった目が、微かに揺れながらも見つめ返す。
ドキドキ、と自分の心臓の音が聞こえてくるようだった。まるで掴んだ腕を伝って先輩にまでそれが伝わってしまいそうで――、そう思うと急に顔が熱くなる。でもそんな先輩の顔もだんだん赤くなっていって――、
「すっ、すみませんっ……!」
耐えきれず、腕を放した。
「…………」
「ぇ、ぇっと……」
何も言えず、恥ずかしいやらなんやらで、目を逸らす。心臓の高鳴りは一向に収まる気配がなかった。きっと耳の後ろまで真っ赤になってる気がする。それでも先輩の反応が気になって恐る恐る視線を向け――、同じ様にこちらを伺ったであろう先輩と目が合った。
「ッ――――」
「――ぁ、あの、せんぱい……、」
口の中がカラカラだった。それでも何かを言わねばと必死に喉の奥から言葉を捻り出す。捻り出そうとするのだが――、
「ぇ、あ、えっと……、」
奥の方で何かに引っかかって上手く出てこない。上手く出てこない上にその事で余計に頭が混乱し、何を言いたいのか、何を言うべきなのか分からなくなり――、そうこうしている内に先輩が顔を伏せた。
「せ、せんぱい……?」
恐る恐る伺ってみる。その顔を覗き込もうとして――、
「っの! あほぉっ!!!」
「げっ――」
突然叩き付けられた台本が目の前を通り過ぎた。それを仰け反って躱した所へ――、
「――――へ……?」
思いっきり投げ飛ばされた台本が直撃した。空中で円盤の様に回転し、見事に角の一番固い部分で俺の額を貫く。
「――――」
視界が一瞬(台本で)白くなり、そのままバランスを崩して後ろに倒れ込む。後ろの机で腰を打ったようでそのまま色んな物を巻き添えにして盛大に物音が立つ。
「……お、おい……、大丈夫か……?」
「…………」
腰がジンジンと痛んだ。頭の中もクラクラする。目を瞑ってるのに白い光みたいな物が飛び交っていて、自然と口からは呻き声も溢れる。
「ぁー……」
幸いにも脚本が俺の顔にかぶさる様にして落ちて来ていたのでそのまま死んだフリ。暗闇の向こう側で先輩が慌て、戸惑う――相変わらず可愛い人だ、と呑気にも考え、少し頭の中を整理しはじめた。何がどうなってこんなことになってるのかさっぱりだ……、さっぱりだけど――。先輩が何かに悩んでいるのは確かだった。
普段は偉そうにして、どんな相手にも睨みを利かせる癖に根は小心者で、ちょっと突っつくと意外と簡単にボロが出る。
「な、なぁ……佐々木ぃ……?」
俺が起き上がらない事が怖くなって来たのか、恐る恐る声をかけて来る姿は何だか先輩らしく無くて。
「おーい……佐々木ぃ……」
そんな姿もまた先輩らしくて好きだった。
「……せんぱーい」
「よっ、よかった! 生きてた!」
返事をすると同時に慌てて顔の上から脚本が取り除かれる。逆光越しに覗き込む先輩の顔が視界に入って来ると眩しくて目を細めた。
綺麗な茶色に染まった長い髪が夕日に染まってオレンジ色に輝いていて、まるで映画の1シーンのようだ。
「……先輩」
嬉しそうに覗き込んでいたその顔に手を伸ばし、頬をそっと撫でる。一瞬、誰かの事が頭をよぎった気がした。けど、目の前の先輩の――、触れられた事で少し驚き、ビクッと体を強張らせる様子が何だか愛おしくて、
「俺も、好きです。先輩の事」
そっと、口づけをした。
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