『少女、始めました。』

葵依幸

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【2】始めましてでしょう女。

2-3

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 その家は俺たちのマンションから電車を乗り継いで20分程行った所にあった。閑静な住宅街の中に建てられた少し古めのマンション。その一室で待っていたのは50も半ばになるであろう、岸田と名乗る男だった。

「遠い所大変だったろう。何か飲むかい?」

 そういいながら冷蔵庫から缶コーヒーを、人数分取り出してくれる。買い置きしてあるのか台所の隅には同じ銘柄の段ボールが積まれていた。それほど広く無い部屋に所狭しと雑多に物が置かれ、如何にも「男の一人暮らし」という感じだ。

 人柄もよく、優しそうな印象を受けた。まぁ、この隣に座る(恐らく引きこもりであろう)少年が慕うような人物だ、悪い人ではないんだろう。だが――、

「君のパートナーは可愛らしいね」

 俺の隣に座るバカを見つめる視線は少し犯罪者の香りがした。

「…………」

 6畳半程の居間に腰を下ろし、柔らかな笑みを浮かべるおっさん。

 ――まぁ、この人も「少女を飼う」だなんてコトしてるんだからロリコンか何かなんだろう。圭介の場合、ミコノと歳は同じに見えるから何となく受け入れてしまっていたがこのおっさんの場合そうも言えない。やはり怪しい匂いがぷんぷんする。

 ここまで案内した圭介は来て慣れているのか、部屋の隅に座っていた。その隣にはミコノも腰を下ろし、圭介に寄り添っている。その姿はまるで普通に高校生カップルだ。

「……はぁ……」

 お手軽な世の中になったものだと心底呆れる。口は出さないが……、何かが間違ってると思わないんだろうか……?

「聞きたい事があるって言うのは圭介クンから聞いてるよ。君はまだ疑ってるんだね?」

 一通りバカと話し尽くしたおっさんが俺にも話を振ってくる。

「疑ってるというか、流石に突拍子もない話なので上手く飲み込めないんです」
「安心するといい。未来創造館はちゃんとした企業だし、その子も悪さはしないよ」
「……利用して長いんですか?」

 おっさんは落ち着いた態度で頷き「まぁね」と湯のみを持ち上げた。

「もう2年ぐらいになるかな。生活に潤いが出て楽しいよ」
「そうですか」

 俺も貰った缶コーヒーに口を付け、一息ついて辺りを見回す。潤い――というには余りにも散らかりすぎてやしないか?

「そろそろ掃除した方がよろしいのでは?」

 ミコノに言われ、おっさんは照れくさそう笑い、髪の少なくなった頭を掻いた。

「いやはや、恥ずかしい限りだがなかなか手がつけられなくてね」

 その言い分だとおっさんのなんとかパートナーも掃除はしないらしい。

「……ウチのと同じか」
「むっ……! なにか失礼な事を言われた気がしますよ!?」
「失礼な所かバカにしてるから安心しろ」
「きーッ!」

 相変わらず五月蝿い事この上ない。どうしてこうも落ち着きが無いのか……。

「少しはミコノを見習え」

 急に話を振られたミコノは笑って答えるが、バカは拗ねてそっぽを向く。この個体差は欠陥どころの騒ぎじゃないと思うんだがなぁ……。とはいえ、経営理念に「それぞれに合ったパートナーを」とか書いていたとハズなのでそれ相応の相手が派遣されてるんだろう。事実、ウチは別に掃除してくれなくても構わないしな――、おっさんもそうなんだろう。

「そういえば貴方の……あー……貴方の子は何処に居るんですか?」

 その流れでずっと気になっていた事を切り出す。出掛けているのかも知れないと思ったが玄関に靴はあった。恐らく家の中に居るはずなんだが――姿どころか、物音一つ聞こえなかった。

「ああ、ウチの子か隣の部屋にいるよ?」

 視線が襖に向けられるが案内する気はないらしい。

「……? 体調でも悪いんですか?」
「あはは、そうじゃないんだけどね人様にお見せするのは少し恥ずかしいんだ。……会っておきたいかい?」
「は、はい……?」

 もったいぶられて断る訳にも行かず、どちらでも良かったんだがとりあえず頷く。

「分かった。こっちだよ」

 渋っているのか照れているのか分からないが、なんだか言葉通り少し恥ずかしそうに襖に手を掛けてこちらを見る。

「――彼女がミサキだ」

 言ってそれをゆっくり開けると襖の向こう側が顔を覗かせた。

「――――」

 思わず言葉を失う。カーテンで閉め切られた薄暗い部屋の中には沢山の女性が横たわり、空虚な瞳が宙を見上げていた。

 ――ラブドール……か。

 生気を感じさせないそれらは並ぶと気味が悪い。等身大の人形達は何体もメタルラックの上に並べられ、着せ替えの服などがハンガーに掛けられていて部屋の中の空気を異様な物にしていた。そうして、その部屋の異様さはそれだけじゃなかった。

「…………?」

 鼻を突く異臭と何処からか聞こえるモーター音に目を凝らす。よく見ると部屋の真ん中に水色のワンピースを着た少女がしゃがみ込んでいるのに気が付いた。

「――――」

 隣でバカが息を飲むのがハッキリと分かった。同時に俺もそれが何なのか、何が行われているのかを直感的に理解する。

「おい……、あんた、これ……」

 言葉は詰まり、上手く出てこなかった。

「――どうです、素晴らしい物でしょう?」


 ――少女は文字通り、玩具にされていた。


「どうですじゃねぇだろ……! いますぐ解放してやれ……!」

 モーター音は少女のワンピースの中から聞こえ、その両足は開かれたままガムテープで固定されていた。口には拘束用のボールが噛まされて目隠しが彼女の視界を奪っている。両手両足を縛られた小さな体は時折小さく体を跳ね、微かに呻き声を上げ続けていた。

「大丈夫ですよ、安心して下さい。壊れたとしてもすぐ別の物を派遣してくれるんですから」
「別の物って、あんた――……、」

 思わず胸ぐらを掴んだ手から力が抜ける。

「そうそう、ちゃんと両方の穴使ってるんですよ? ほら、見て下さいっ」

 誇らしげに部屋の中へと入っていくとスカートを巡り上げ「ほら」と嬉しそうにこちらに笑った。

「っ……」

 ――狂ってやがる。

 何が間違ってるとか、何がおかしいとかそう言う問題じゃない。こんな事は――、こんな仕打ちは許される訳が無いッ――。おっさんに再び掴み掛かろうとしてシャツの裾を引っ張られている事に気が付いた。小さな手がそこで震えていた。

「ご、ご主人サマ……」

 怯えたように助けを求める目が――、縋るように俺を掴む手が何を意味してるかは考えるまでもなかった。

「……あんたに取ってその子は何なんだ」

 バカに答える代わりにおっさんに問いかける。

「あんたに取っての癒しってのはそう言う事なのかッ――!」

 俺の苛立ちが伝わったのか嬉しそうに目隠しを取ろうとしていた手は止まり、丸い瞳が俺を見上げた。

「あんたに取って――、アンタにソイツらはただのオモチャなのか……!」

 ロボットなのか人間なのか、そもそも何者なのか分からないコイツらだが、コイツが自由気ままに漫画を読み、ポテチを頬張るように、一人一人に人格があり意思が有った。服の裾を強く握る手は震え、その事を俺に尋ねる事さえも出来ず、怯えている。――そうだ、何も人と変わらない。ロボットだろうが何だろうがコイツ等は自分の意志を持って生きてる――。それをこんな風に扱うなんて許されない――、許される訳が無いッ――。だが、

「玩具、以外の何なんですか?」

 おっさんは当然のように言い放った。

「このハートフルパートナーは私たちの満たされない欲望を満たす為に派遣されるんですよ? それをどう使うかは我々オーナーの勝手だと思うのですが……、ねぇ、ミサキ?」

 目隠しを取られ、問われた少女は宙を見つめるばかりで反応を示さなかった。


「貴方もその子に何か求めているのでしょう?」


 そのおっさんの言葉に、


「タバコ、止めようかな」

 ――先輩の姿が一瞬浮かんだ。


「一緒にするな……!」

 その姿を振り払うかのように怒鳴り、

「帰るぞ!」

 バカの手を引っ張って玄関へと急ぐ。これ以上こんな部屋に居たくは無かった。靴を履き、ドアノブに手を掛けるが――、

「おい……!」

 バカは名残惜しそうに部屋の中に向かって視線を送っていた。

「……ほら、ご主人様が待ってるわよ?」

 その先にいた彼女が微笑む。あの笑顔で。

「早く行きなさい?」

 その言葉にバカの顔がくしゃくしゃになった。俺の手を引き、自分から外へと出て行く。

 ――そうか、ミコノも。

 おっさんを「師匠」と呼び、慕っているような間柄だ。恐らく圭介も少なからず同じような感情をミコノに抱いており、「恋愛ごっこ」をしているのだろう。最初から、好き勝手に扱ってるだけなんだ、彼奴等は……。

 自分の欲求を満たす為に少女を「買い」、そうして「飼う」。

 考えてみれば男の欲求なんて簡単な物で、そういう風に扱われる事は人間でもロボットでも変わらないハズだった。ロボットだからその対象にならないという訳ではなく、ロボットだからこそ、人間じゃないからこそ好き勝手に出来る。それこそ恋愛シュミレーションのように――、所詮彼奴等に取ってコイツ等はオモチャでしかないのか。

「……行くぞ」
「……はい」

 ――胸くそわりぃ……。 

 しばらく無言が続いた。駅までの道のりは曖昧だったが、バカはバカなりに道筋を覚えているらしく、繋いだ手を引いて行く。昼過ぎに家を出たはずなのにいつの間にか日は傾き、俺達の足取りは重くしていた。思うように先には進めず、気怠い空気を背負いつつ駅へと向かう。

「…………?」

 手を引っ張られ、振り返るとバカが俯いて立ち止まっていた。

「……どうした」

 聞くまでもない、理由なんて分かってる。だが自分からフォローは入れられなかった。
 ただその姿を眺め、言葉を待つ。慰めた所で何も変わらない。

「私、自分のこの仕事に誇りを持ってました……」
「……ああ」
「……でもこんなのって……あんまりです……」
「…………」

 嬉しそうに自分の仕事の内容を語った姿が思い出される。こいつは少なくとも自分なりに――、何も出来無いバカだが、バカなりに誰かの心の傷を癒し、誰かを助けられるという事に胸を張っていた。そうして生きる事に誇りを持っていた。

 確かに部屋でゴロゴロして菓子ばかり食って、俺に貸しばかり作り続けるどうしようも無いバカだし、俺自身このバカに何かを求めてる訳じゃない。――だが、自分には誰かの傷を癒せるとこいつは信じていた。そうしたいと思っていた。それなのにその理想を、いとも容易く現実で塗りつぶされてしまった。お前の仕事はそんな綺麗事じゃないのだと突きつけられてしまった。

「あんまりですよぉ……」
「……ああ……、そうだな」

 今にも泣き出しそうなその手を握り、頷く。

 おっさん達は何も間違ってないのかもしれない。恐らくはあの二人が求めていた物がそれだった。それだけの話なんだ。ただ、それだけの話なのだ。自分の所有物をどう扱おうが個人の自由であって、俺たちがとやかく言う事ではない。言う資格なんて何処にも無い。何処にもありはしない。――だが、

「……俺は、ああいうのは好きじゃない」

 それに対し、俺がどう思おうがそれも俺の自由だ。

「気分直しに、なんか美味いもんでも食いにいくぞ」
「……うな重が、食べたいです」

 俯き、顔は見えないがその見栄を張った声に微かに笑みがこぼれる。

「ああ、そうするか」
「はい……」

 躍り出た先の駅前は騒々しく、はぐれてしまいそうになるその小さな手を仕方なく、握り直し歩いた。
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