ロストデイズ

葵依幸

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本編

第21話 残響の名前

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 雨はいつの間にか音を潜め、消えてしまった残響を私はぼんやりと眺めていた。

「んぅっ……」

 腕の中にはピンクの大バカ。
 傷口は塞がりつつあるようだけど、あちこちが黒こげだ。

「うごくなって。傷口開くぞ」
「わたしは……負けたんです……?」
「そーだよ、だからおとなしくしとけ」
「うへへ……りんぅ、もっと遊びたいですぅ……」

 ミユから聞いた話がそうさせているのか、それとも「あったハズの記憶」がそうさせているのか、腕の中で呻く桃井を見ても苛立ちは湧いてこなかった。あるのはどうしようもない無気力感だけだ。

「あなた、どこかでお会いしました……? リンのふぁんです……?」
「生憎アイドルにはきょーみないのよ。それに、やっぱあんたムカつく」
「むぅ……しんがいですよー?」

 そうやって浮かんだ微笑みはすぐに落ちてしまう。気を失ったのかそれとも眠ったのか。静かに聞こえる呼吸音だけがこいつが生きていることを実感させてくれる。ーーちっこいと、ぼんやり思う。こいつがしてきたことを考えれば驚くほどに小さい。
 平均よりも背が低くて、体重も全然私より軽い。腕は握れば折れてしまいそうだし閉じられた睫毛は長くきれいに揃っていて、頬は可愛らしいピンク色だ。アイドルをやれている理由をまじまじと見せつけられる。

「……はぁ……」

 そんなどうでもいいことばかりに考えを巡らせて、自然と重要なことから逃げていた。

 “ーー大空アカネは私たちを全員殺し、最後は水島キョーコを残して自殺する。そして貴方はその事実を受け入れられず、また最初からやり直させる。信じられないかもしれないけど、この世界はずっとそのループの中にあるんだよ。”

 確かに俄かには信じられない話だった。あの子が本当のことを言っているとも限らない。

 ……けど、なんとなくそうじゃないかなって思える節はいくつかある。アカネに対して抱いた懐かしい感じや、黒江やサナエに出会った時に感じた知っているという感覚。もしかすると記憶にはなくても、体は覚えていたのかもしれない。彼女たちと過ごした時間を。

「ってことはさ……あんたが戦う理由とかも、私は知ってたのかな?」

 このピンクのバカとも何かしら交流があったのかも。気があうとは到底思えないけれど、そんな時間があったのかもしれないと思うとやはり捨て置けなかった。
 アカネと戦っているだろうという話を聞いて駆けつけたのはその為だ。それに、こいつに対して湧いた怒りはどっちかというと他人に対して思うものじゃなかった気がする。古い友人に裏切られたような、そんな感じ。よくわかんないけど……。

「……です……」
「どした?」

 遠くから聞こえる車の音にもかき消されそうなか細い声が耳に届いた。ツインテールは解けて表情を覆い隠しているからその表情は見えない。けれども口元ははっきりと後悔の色を滲ませている。

「りん……、殺しちゃったらつまんなかったです……。すず……りんのこと……嫌いだったのに……なんででしょうね……。えへへ、こまるんですー」
「…………」

 そういえば、舞台挨拶の時にそのことについてコメントを出していた。
 数週間前に亡くなった自分の姉について。
 メディア向きの作り笑顔だったんだろうけど、あながちあの辛そうな雰囲気は嘘じゃなかったんだと思い知らされる。

 ……そっか、自分で、殺したのか……こいつは……。

 もしかするとこいつはこいつなりにがむしゃらだったのかもしれない。失ってしまったものを取り戻すために。自分に空いてしまった穴を誤魔化す為に。不器用だと笑うしかないけど、私たちってそんな器用には生きられないもんなんだろう。

「嫌いだけど……ないとないで寂しいもんな」

 私だってそうだった。家族のことを嫌ってる癖に離れられないでいる。家を飛び出してやろうって思うのに、多分そうしたら家に帰りたくなる。
 どっかで甘えてるんだろう。あの人たちに。そして期待していたんだろう、この子も。
 分かりあいたいと、そんな日が来るんじゃないかって。
 叶わない願いだとわかっていても、それでも。

「……確かに取り戻せるなら取り戻したいってのはわかるけどさ……」

 でも、その結果がこの現状なのだとしたら、私たちは向き合わなきゃいけない。失ったものを取り戻そうとする弱さと、手に入るものを諦める強さに。

「なんだって答えが出ちまったほうが楽なんだ。ただ、そうしちゃいけないときだってある」
 再び暗闇に包まれ、重く沈み込んだ街並み。狩り取られ、静まり返った世界。
 ぼんやりと自分のなすべきことを心に決めた。

 ーー私は、戦う。

 遠くで轟き始めた雷鳴を睨んで私は告げる。
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