ロストデイズ

葵依幸

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本編

第19話 さいあいのひと

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 雨音はもう聞こえなくなっていた。
 それでも街は静まり返り、まるで目覚めを待っているかのように感じる。
 振り返り、見つめた先に見慣れた姿があった。
 何度も、何度も何度も、助けたいと思った姿が。
 でも、 

「どうして貴方がここに……、わたくしはっ……だって……!」

 ここに彼女がいるハズはなかった。
 ここに、彼女がいるのは間違ってる……!
 だって私はーー、

「……アカネ」
「っ……」

 何処かで、間違えてしまったんだろうか。
 差し込んだ光の中に浮かび上がった陰影は儚く虚ろだった。彼女の抱きかかえる桃井さんの腕からは血が滴り、雨水と混ざって血に堕ちる。

「大丈夫、まだ生きてる」

 何を思ったのか、キョーコさんは困ったように苦笑し、微笑んだ。

「大丈夫だよ」
「いえ……でもっ……!」

 彼女には、何も話してこなかったはずだ。何も。
 そして、彼女自身何も思い出していなかった。私との思い出も、私との関係も。
 何らかのキッカケで記憶が戻った? いや、そんなわけない。あの神様《ポセイドン》はそこまで協力的じゃない!
 これまで彼女は私と接点を持ちすぎたが故に、命を落としてきた。
 持ってしまった繋がりが故に惨劇を生んで来た。だから私は極力距離を置こうとしていたのにーー、

「アカネ……?」
「わっ、わたくしはっ……! だ、だって……!!」

 言ってから、彼女は何を知っているんだろうと怖くなった。隠し事が母親にバレてしまった子供のように足がいうことを聞かなくなり、その癖、その場から逃げ出したい衝動にかられる。
 だってあの目は私を責める目だ。
 まだ二度目の相手に向ける目じゃない。

 ……知らないところで桃井さんと親交があった……? いや、傷を負った彼女はサナエさんが助けたようだからきっと関わりがあったとすればーー、

「……ミユさんね……」

 その名前が出たことに僅かばかりの反応が見えた。そしてそのことを少し寂しく思う。
 自分が一人になっている裏で、他の皆さんは変わらず集まりつつあったらしい。
 仲間外れにされたような感覚に胸が痛む。
 だけど、そのこと自体が間違いなんだ。

 事の始まりの一週目、私が神無月ミユに殺される最終局面に至るまで、私たちは殆ど知り合いと呼べるものではなかった。私とサナエさんとは出会ってなかったし、ミユさんと黒江さんとだって最後の3人になるまで知り合わなかった。桃井さんと出会ったのはキョーコさん絡みの一件で、キョーコさんとも2度、言葉を交わしたにすぎない。
 それなのに造り直された世界で私たちは「友人」として配置され、一時の夢を見ることになった。いまはもう、私以外覚えていないであろう、夢を。

「……ミユさんは覚えていらっしゃるのでしょうね、あの様子だと」

 私の記憶にあるだけでも数え切れないほど、この戦いは繰り返されている。
 最初の1回目はミユさんの勝利で終わり、造り直された2回目の世界ではよくわからないまま幕が引かれた、そして3回目、4回目、それ以降の戦いでは1回目をなぞるような形で決着がついている。外からの影響がなければ最初の1回を繰り返すだけになるのは当然の話だ。その都度、殺し合わされて、そして殺され、大切な人を奪われる。

「貴方だけでも救いたいと思う私の心は……届きませんか……?」

 何を吹き込まれたのかは知らない。もう少しミユさんの動向を探っておいたほうがよかったと思う反面、桃井さんを打たなければキョーコさんの命が危ないという運命も変えられなかった。
 運命を……変えたと思ったのにーー。

「……あのさ、アカネ」

 長い沈黙を破るように彼女は呟き、濡れて艶やかな光を放つ瞳で私を見つめると顔を歪ませながらも言葉を紡いだ。

「もうやめようよ、こんなこと。確かにさ、こいつは酷い奴かもしれないけど……殺しちまったらアンタも同じになんじゃん……? 私さ、アンタとは友達になれそうな気がしてたんだ……、だからーー、」

 言葉を聞きながら、胸の内に懐かしさが広がっていくのを感じた。
 私はつくづく、この人が好きなんだと、実感させられた。

「だから……、もう、やめようよーー?」

 彼女が取り出したのはポセイドンの槍だった。
 雨に温度を奪い取られた視線は彼女の存在が幻であるかのように錯覚させる。

「 噛み砕け、ポセイドン 」

 視界を三体の巨大な龍のアギトが埋め尽くした。

 ーーああ、こうなっちゃうんですね……?

 僅かばかりの後悔と寂しさ。
 いずれはこうなることは分かっていたけれど、受け入れるしかないーー。


 私は静かに世界を閉じた。



「 咲き散らせ、ゼウス 」



 閉じた瞳の向こう側で閃光は炸裂し、暗闇の中ですら光を感じる。
 蒸発する水分と弾け飛ぶ雷光。剣を振るい、水気を飛ばすようにして改めてその姿を見つめる。
 水島キョーコ、私が守りたかった人を。

「……私は……貴方にでしたら殺されても構いません。貴方の為なら……、ですが、いまはその時ではありませんわ?」

 神無月ミユがどう動いているのかがわからない。

「誤解です、と言っても聞いてくださりはしないんでしょうね……」

 それに、私が桃井さんを殺そうとしていた事は嘘ではないのだから。
 私は彼女を守りたい一心で動いている。でも、そのことを理解してもらうにはあまりにも彼女は優しすぎる。きっと私を説得しようとしてくるに決まってる。

 ーーそこがキョーコさんの良いところなんですけどね……?

 巻き戻されることによって失われた記憶を想うという行為は何だか不思議なものだった。
 一歩間違えばただの妄想だったり、幻想とでも思えそうなそれは実在しない記憶であるはずなのに確かな温かみを持って今はもう根付いている。その実感は今も尚私を突き動かし、この足を止めさせてはくれない。

「貴方を助けたいんです……」

 もしかするとこれが最後の別れになるかもしれない。
 彼女の姿を視界に収めつつ、後ろに下がる。
 桃井さんを抱えている以上、そう追撃はしてこないだろう。

 今すぐにでもミユさんの所に向かう必要があった。

 そして、場合によっては彼女を殺す必要がある。

 ミユさんはハーデスの巫女、力を使うごとに周囲の命を刈り取り力を得るチカラ。繰り返された戦いの中で彼女は何度もその力を使い、私は手も足も出なくなった。今までは彼女が力を使わないように監視してきたつもりだけど、記憶を引き継いでいることを思えば、彼女の力も引き継がれている可能性が有る。

「っ……」
「アカネ!!」

 呼ばれる声に体は止まりそうになる。
 いますぐにでも彼女の元へ駆け寄りたくもなる。
 けれど振り払い、跳ぶ。
 自分の体を纏う電気が水気を弾き飛ばし、加速しつつもその気配を探った。

 大切な人を、守るために。
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