ロストデイズ

葵依幸

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本編

第15話 はじめまして?

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 このゲームの帳尻は一切どうやってつけてるんだろうと疑問に思ったことがある。公園での一件を始め、他の子達の戦った影響は少なからず社会に影響を及ぼしている。しかしニュースのチャンネルを回していてもそれらしい報道は見かけず、本当にそんな戦いが起きているのかさえ最初は疑問に思っていた。

 ……けど、今回の一件で確信した。彼奴らはムカつくけど、ちゃんと神様だった。

 死んだ人たちは確かにいる。その遺族だって、関係者だって沢山いる。
 けど、そういった人たちの声は他のあらゆる事情によって揉み消され、雑音の中へと消えている。
 いま、私とサナエは一昨日桃井が襲ってきたファミレスの入っていたビルを眺めていた。今となってはビニールシートが張り巡らされ、瓦礫の撤去作業と並行して行方不明者の捜索も続けられている。

 死者多数、行方不明者多数。

 8階建てのビルは真っ直ぐに崩れ落ち、私たちはジュンとかいう子に抱えられて逃げだせたけど……一歩遅ければあの瓦礫の下敷きになっていたことだろう。
 他の人たちと、同じように。

「……何が違ったんだろうね」

 道端に添えられた花束の前で屈み、手を合わせていたサナエが不思議そうに顔を上げる。

「誰だって良かったハズなのに、なんで私たちだったんだろ……」

 願い事が叶わないとわかることの方が幸せなのかもしれない。
 だって殆どの人たちは叶うかも分からない願い事の為に一生を費やし、老いていく。
 ならば、最初から「叶わない」と教えられてる私たちは少しだけ幸せなのかもしれない。

 ……とか言っても、結局諦めきれないんだけど……。

 叶わないと誰が決めた、それは神様が言ってるだけだ。
 私が叶わないと決めたわけじゃない。だから叶うかもしれない。
 そんなのはただの言葉遊びで、誤魔化しでしかない。
 悔しいけど神様達は本当にいて、そいつらは私たちの夢が叶わないことを知っている。
 どうしようもなく、願って、祈ることしか出来ないような現実を「その通りなのだ」と突きつけてくる。
 悪趣味でイケ好かない、居てもいなくても良いくせにいやがる神様ーー。

「思うんだけどさ、打倒神様とか企ててみたりどうだろ?」
「うぅん……? どうでしょう……、あくまでも力を貸してもらってる立場ですし……」
「だよねぇ……」

 結局手のひらの上で踊らされてるだけなのかー……。
 どうしたって覆せない言質に気持ちは重くなる。

「うっす」

 ぼんやり雲の浮かぶ青空を見上げていると隣から話しかけられた。
 黒江ジュンと神無月ミユだ。

「ごめんっ、待った?」
「あーいや、別に。……場所移そ?」
「うんっ」

 あまり、この場所には居たくない。
 あの後、桃井との一件の後に自己紹介をかわし連絡先を交換した。
 あくまでも戦わない事を望んでるっていう姿勢に同調してのことだったけど、黒江ジュンの桃井と戦っているときの表情はとてもそうには見えなかった。このミユって子だってそうだ。何を考えてるかわかったもんじゃない。

「……んっ? どーかしたっ?」
「べっ、別に……」

 あまりにジロジロ見すぎたせいか気づかれてしまった。
 貼り付けたみたいな可愛らしい笑顔に肌がざわざわする。
 サナエは意気投合しているようだけど、どうにも馬が合わない。本心を隠しているようで、なんだか落ち着かなかった。

「あのですね! おいしいクレープ屋さんがそこにあるのですよっ! テーブルも出てるからそこでどーでしょっ?」

 楽しそうに提案する姿は悪い子には見えないけど、でもそれだけだった。

「まぁ……良いんじゃない……?」

 ざわざわと胸騒ぎがする。だけど、その正体をつかめないまま私は彼女たちについていく。
 探らないことにはわからない。兎にも角にも今は飛び込んでみるしかなかった。
 道を曲がり、坂を登って開けた場所に出る。
 ワゴン車を改造し、公園の空きスペースに停車させただけのそのお店を見た途端、浮かんだのは寂しげなアカネの横顔だった。

「……?」

 たった一度、あの公園でしか会ったことのないあの子の事をどうしてそこまで思い出すのか分からず、私は首をかしげる。

「ねぇ、注文しないのっ?」
「あー、うん。するする」

 気を使ってかミユが尋ねてくれるけれど、なんなんだろう、この感じ……。

「おすすめは?」
「えっとねー」

 楽しそうに笑うミユ。ワイワイと賑やかなのは得意じゃないから、こういうお店で買い食いするのは久しぶりだった。
 各々にチョイスし、イスに腰掛けると普通の女子高生みたいでほっとする。
 もう、あんな生活には戻れないんだろうけど。

「…………」

 他愛のない話をしているうちに少しずつ空に雲が増えてきていた。
 何だか話の行く末を暗示しているようで、少しだけ気が滅入る。

「ねぇ、ミユ? 単刀直入に聞くけどさ?」

 サナエと談笑しているところに強引に割り込み、それはジュンの反感を買った。
 微かに睨まれるのを感じつつ、それでも表情を変えないミユに何処か確信に似たものを抱く。

「……あたしたち、この前が初対面だよね?」

 思いの外にきつくなった口調にサナエがビクビクと私とミユを行ったり来たり視線を泳がせる。しかしジュンには心当たりがあるらしく今度は神妙な面持ちで静かに見守ってくれた。

「……サナエとも会ったことがなかった。だよね?」
「……まぁ……うん……?」

 肯定とも否定とも取れる曖昧な返事。
 遠くで地鳴りを始めた雷に額に汗が滲んだ。
 一体私は何を追求しようとしているのかわからない……、わからないけど、この子は何かを隠してる。そんな予感がどんどん大きくなっていく。

「……ねぇ、ミユ……? アンタは何を知ってんの……? 戦いを終わらせたいって思ってるなら話れくんないかな……、協力できることはなんでもするからさ……?」

 そこに座っているのは間違い無く私とそう年の変わらない少女で、にこにこと楽しそうに笑みを浮かべ続けるミユなのだけれどーー。変わらず、そう、全く変わらず笑みを浮かべ続ける姿は異様だ。
 そんなミユの様子に私たちの緊張は次第に高まっていった。

「……俺からも頼むよ。どーにも話が食い違う。あくまでも神様は力を貸し与えるだけで、巫女かどうかの確認はしてくれねー。お前んとこのハーデスって野郎が特別なのか、ルールを破ってんのか、どっちなんだ?」

 責めるつもりはなかった。
 ただ、ファミレスでの一件の後、黒江ジュンと私たちは「互いに巫女ではないか」という感覚を覚えたもののその確証を得ることができなかったことについて話し合っていた。
 それは彼女も同じだったらしく、基本的に「神様」は戦いに関してはノータッチ。戦闘に力を貸しても、そこに至る経緯には触れない掟らしい。
 しかしそうなると彼女は疑問があるといった。

「ミユは判別が付いているようだった」と。

 お互いの神の声は聞こえない。直接脳に話しかけられている感覚だ。ミユの神様・ハーデスが何かを吹き込んでいるのか、それとも彼女自身が私たちの知らない何かを握っているのか。
 本当に戦いを止めるのであれば、腹の中の探り合いなんてさっさと終わらせておきたい。
 変なところで食い違ったまま進んでもめても仕方がないし、寝首をかかれるかわからないのでは協力も何もあったもんじゃない。

「……ミユさん……?」

 長い沈黙に耐えかねてサナエが尋ねた。
 手に持っていたクレープの包み紙ににポツポツと雨粒が落ち始め、見上げたミユにつられるようにして私たちもゆっくりと空を見上げる。
 さっきまで広がっていた青空はかき消され、重苦しい雨雲が一面に広がっている。
 雨脚はまだ強くはなく、忘れた頃に額を打つようにして落ちてくる。

「どうなのさ、ミユ」

 視線を戻す。
 これで何も知らないといえば嘘だ。
 ミユは何かを隠してる。
 私たちの知らない“何か”を。

「……ねぇ、キョーコさん? 未来って、変えられると思いますか?」

 微笑みにも似た。何処までも優しげな笑みに添えて告げられた言葉は、私から言葉を奪うには十分な威力を持っていた。


「私たちは、何のために戦っていると思いますか?」


 小さくこぼされた言葉は遠くに聞こえる雷の音にすら掻き消されそうだった。
 ぽつぽつと徐々に勢いを増し始めた雨にお店の人が店の前のものをしまい始める。
 傘を持たずに歩いていた人たちが慌ただしく小走りになり、街から音が消えていくーー。

「……どういう……こと……?」
「願いが叶う、生き残った人について……ですよ」
 

 ーー胸騒ぎが、した。

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