ロストデイズ

葵依幸

文字の大きさ
上 下
12 / 26
本編

第11話 友人

しおりを挟む
 
「         」

 白く染まる世界。
 全身を絡み取っていた根が吹き飛ばされる感触。

「……へら……」

 僅かな気力で“神様の能力”を発動させ、しかし、足には力が入らずにそのまま顔からコンクリートに倒れこむ。
 鈍い痛み。
 ズキズキと痛み始める身体ーー。
 けれどそれは自分の体が再び正常に作動し始めたことを意味する。

「っ……たく……、ろくでもねぇ……」

 ふらつく足に力を込め、ようやく繋がった骨と肉で地を踏む。
 嫉妬深き神、ヘラ。その神様から与えられた力は「不老不死」の一部だった。
 死なない限り能力を使えば体の傷を治すことができる。無論、意識を失えば意味がないし、使えば痛みから解放されるわけでもなく傷が治る痛みは傷を受ける痛みと同格だ。

「ッ……」

 ミンチにされた体が治っていく感覚は悲鳴をあげることすら許されない。

「っ……はぁー……」

 深呼吸をし、頭の中の霧を振り払う。完治し、回り始めた思考を焦点を目の前の現実に合わせる。屋上に広がっていた不気味な木の根は吹き飛ばされ、ミユが剣先が突きつけられていた。

「ミユッ……!?」

 咄嗟に叫び体が駆け出そうとするが、それは突き出された手のひらによって遮られる。栗色の髪がふわりと宙を舞い、電気でも纏っているみたいにパチパチと放電を繰り返している。 ーー生徒会長とは又違った意味で、お嬢様みたいな女の子だった。

「平気ですよ、ジュンさん……?」
「……?」

 右手に持った西洋造りの大剣をミユの喉元に突きつけながらこちらに向かって微笑みかける。浮かぶ笑顔は美しく、どこか儚いーー。
 まるで古い友人に再開したかのように感じられるそれは、自然と過去の記憶を辿らせた。

「……どっかで会ったことあったか……? 祖父じじいの集会とか……?」

 身に纏う雰囲気が庶民のものじゃなかった。
 儀礼を尽くし、振る舞い方を教え込まれた堅苦しさが匂ってくる。

「いえ、まぁ……、でもいまはそんなことよりもーー、」

 ピタリと張り付くようにして構えられていた剣先が僅かに肌に触れるのが見えた。

「……ミユさん……? 貴方はいま、何をしようとしていたかお分かりですか?」
「……わかってるよ……?」

 僅かに身構えられたまま視線は倒れている生徒会長に向けられる。それを追うようにし突然然現れたそいつもチラリと後ろを伺った。

「……貴方の力は決して使っていいものじゃない」
「言われなくてもわかってるよ……? アカネさん?」
「…………」

 二人の間に緊迫した空気が流れていた。
 普段のミユからは想像もつかないようなピリピリとした肌を裂くような真剣さが感じられ、それをアカネと呼ばれた少女は冷めた顔で受け止めている。

 ……顔見知り……? いや、“このゲームが始まってから知り合った”……?

 当然のようにミユのことを何も知らないんだということを突きつけられる。
 いままで絡んでくるのをひたすらスルーし続けてたんだから当然っちゃぁ当然かもしれないがーー、

「……おい、俺は蚊帳の外かよ?」

 こうもトントン拍子に無視されると腹が立つ。
 ゆったりと歩みを進めつつ、隙を窺った。
 下手を打てばミユが殺られるーー、そう思わせるだけのものをそいつは持ってる。

「黒江さん……、貴方はこの戦いを“どうしたい”のですか?」
「……は?」
「命をかけて殺し合い、自分の願いのために誰かを傷つけるーー……。そうまでして得た願いに価値はあるとお思いですか?」
「……知るかよ。第一、俺は神様の言うことなんて信じちゃいねぇ。神様が叶わないって言ったからって、はいそうですかって信じられんのかよ? こんなくだらねーこと思いつく奴らだぞ? はいそーですかっていいなりになれっかよ」
「あなたは……そうですわよね?」

 その表情に影が差し、突きつけられていた腕は下された。
 落胆ににも似た姿が妙に胸をざわつかせる。

「……安心しましたわ?」

 寂しげな瞳が、痛々しいほどの微笑みを持って笑う。

「……なんなんだ……あんた……」

 生徒会長のように狂っているようには見えない。
 ただ、普通じゃないってのは確かにわかる。

「ミユさん……、私はこの争いを止めますわ……? 例え、貴方と敵対することになったとしてもーー」

 私の問いかけは無視され、アカネとミユは静かに睨み合う。

「アカネさんは、何を知ってるのかな……?」
「まだなにもーー?」

 くすっと小さく笑い少女はふわりと宙を舞った。
 距離を取るようにして屋上の貯水タンクの上に着地し、優雅にお辞儀をするとーー消えた。
 瞬きの瞬間に消え、
 バチバチと、残り香のように弾ける電流の音だけがその存在を囀っている。

「……なんだったんだ……いまの……」

 突然現れて、ぶち壊して、突然意味のわからねーことを言い始めた。
 だがまぁ、仮に、彼奴がミユの知り合いならば尋ねれば良いだけの話だ。

「なぁ、ミユーー?」

 そう思って話しかけ、

「ーーーー…………?」

 ミユの浮かべている表情に首をかしげた。

 困惑、苦渋、焦燥、ーー怒り……?

 複雑に折り重なり、ほんのわずかに伺えたその感情は「らしくない」。
 それほどコイツのことを知っているわけでもないが、普段のミユからはかけ離れたものに感じた。

「……ばーっか。一人で悩んでんじゃねーっよ」
「わぁ!?」

 だから肩を組み、わざと声のトーンを上げて微笑みかける。
 らしくなくて上等。ミユもミユなら私も私だ。本当に調子が狂う。

「力貸してやるっつってんだろ。みずくせーことはすんな」
「ジュンちゃん……」

 以前までの自分が聞けば笑い飛ばしそうなセリフだが、別段友人を作らないと決めたわけじゃない。……どうせ、コイツはどれだけ跳ね返してもくっついてくるだろうし。

「うんっ、ありがとねっ」

 ミユらしいーー、といえばおかしな話だけど見慣れた笑顔が戻ってきた。そんな様子に何処かホッとし、居心地の良さみたいなものを感じてしまう自分が少しくすぐったい。

「さて……と。とりあえずこの困った生徒会長さんをどうにかすっか。……午後の授業は中止だろうしな」

 さっきの雷で騒ぎが大きくなったのか、屋上に向かってくる足音が聞こえてきた。
 青天の霹靂ーー。
 チャイムは昼休みの終わりを告げているが、事件はまだまだ終わっちゃいない。

「説得、できるといいな……」

 静かにこぼしたその言葉に、私は何も返すことができなかった。

 ーー争いが止められないことは、人間の長い歴史が物語っているのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...