ロストデイズ

葵依幸

文字の大きさ
上 下
8 / 26
本編

第7話 巫女

しおりを挟む
「でねでねーっ? クレープの生地って結構大事だと思うんだよぉっ!」

 うちのクラスに入ってきた神無月ミユは不思議な奴だった。
 人付き合いがうまいとはお世辞にも言えない私に必要以上に絡んできて、事あるごとに行動を共にしたがった。部活の練習で帰りが遅くなるときも何故か校門で待っていて、家の方向が一緒だからっていう理由だけで共に電車に乗る。
 季節外れの転校で、父親の仕事柄「こういうこと」には慣れてるらしい。
 制服も買い直すのが面倒だからっていう理由で、それは京都か何処かの物だと言っていた。

「目立っちゃうけど、弟たちがいるから。無駄遣いはしていられないのですよ!」

 弟思いのしっかり者のお姉ちゃん。だけど、天然。私から見たミユはそんな感じだった。
 そういう人柄は人を寄せ付けるのか、事実クラスにも溶け込み、可愛がられていた。

「…………」

 笑顔を振りまく姿は流石転校し慣れていると言っていいのかもしれない。本人はどう思っているか知らないけれど、そうそう誰とでも仲良くなれるってのは簡単なことじゃない。少なくとも私はそんな面倒なことゴメンだ。よくもまぁ、付き合えるものだと思う。

 ーーそして、私にも。

「……なぁ、おまえさ? なんで俺に構うんだよ。席が隣同士ってだけでそこまでするか、ふつう」

 電車のつり革につかまり、ぼんやりと沈んでいく夕陽を眺めながら隣に並ぶ頭に尋ねる。
 小柄ってわけでもないけど、私が長身なほうなのでわりと小さく見えた。
 一緒に帰るようになってから何日も経っていた。ことあるごとに付き纏うミユに面倒さは感じつつも煩わしさは感じず、ずっとこんな感じに下校している。特になんの面白みもないのに。

「んー……? ジュンちゃんの“ふつう”って言うのは良く分かんないけど、好きな人と一緒にいたいって思うのは普通じゃない?」
「……はぁ……?」
「えへへー、違うー?」

 ……天然だ。取り合うだけ無駄だコイツ。分かってはいたけど見当はずれな答えから目をそらし、考える事を放棄する。どうせ放っておいても半年後にはいなくなってるような奴なんだから、真剣に取り合うだけ無駄だろう。

 私はこいつみたいにお人好しではないし、取り合う必要もさほど感じない。 

「ジュンちゃんはさー、なんか変わってるよねー」
「お前に言われるとなんか心外」
「そうっ?」
「……」
「えへへ」

 よく笑う奴だなぁ……。まんざら作り笑いってわけでもないんだろうけど。

「……へんなの」
「んー?」

 考えるの、やめようって思ったハナからくだらないことを考えていた。

「ぁー……まぁいいや」

 めんどくさい……。
 お家柄とか、黒江家がどーとか。考えなきゃいけないことは沢山あるけどいちいち取り合うのが面倒くさい。いや、考えることがあるから面倒なのか……? どっちだっていいや……。

「……ほんと、退屈な世界にしてくれらぁ……」

 神様に同情するよ。ほんと。……だからって、人様を巻き込むなとは思うけどな。

「とにかくさ。あんま近づかねェ方がいいと思うぞ? 正直物騒な話に巻き込まれてるしな」
「んぅ……?」

 きょとーんとわかってるのかわかってねーのか。

「…………」

 いや、わかってんのかなぁ……? たぶん……。勘だけど。
 ならさっさとどっかに行けばいいものを、変わり者の考えることはわからん。
 なんとなく間を持て余してつり革広告に視線をやっていると「ーーーー」何か聞き逃した。

「……? なんだって?」

 よしておけばいいのにこうやって取り合ってしまうのが私の弱さなのかもしれない、なんて。柄にもないことを考えつつ隣の笑顔に視線を落とす。するとミユは何処か困ったかのように笑顔を浮かべて尋ねてきた。

「ジュンちゃんはさ? ヘラの巫女なんだよね?」
「ーーーー」

 思考が止まったと同時に電車がスピードを緩めていく。
 それと同時に心臓の音が少しずつ大きく聞こえるようになった気がした。

「……ね? だよね?」

 無邪気な笑顔。なんの疑いもなく、その事実を確信しているようだった。
 車両は駅のホームにたどり着き。乗っていた乗客は私たち以外みんな降りてしまう。
 扉が閉められ、再びゆっくりと動き始めた空気は心なしか生ぬるく感じた。

「……なにいってだ……おまえ……」

 ざわざわと胸の中で渦巻く感情。もしかしてーー、そんな風に額に汗が流れた時には自然と体はいつでも動けるように警戒態勢に移行していた。

 ……悪い癖だ。

 ミユのことを何か知っているわけじゃない。むしろ、何も知らないと言ったほうがいいかもしれない。だけど、好きか嫌いかといえば別に嫌いじゃあない。……そんな風に傾き始めていた自分の気持ちとは裏腹にそいつの一挙一動を見逃さんと目は動いていた。ほんと嫌な性格してる。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ミユは笑った。

「えへへっ、私も選ばれちゃったのです! 神様にっ」

 嬉しそうに。それでいて、何処か恥ずかしそうに笑って私を見上げ、ちらりと隣の車両に目を向ける。

「は……?」
「いやはや、参った参ったーっ」

 苦笑し、可愛らしく舌を出すと連結部の扉が開いた。

「……ミユ……おまえ……」

 姿を現した少女を視界にとらえ、私は言葉に詰まる。

「ジュンちゃん、ーー助けてくれると嬉しいな……?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...